橋の地蔵様
うつぶせになったその訳は

 小野の高田町には、「橋の地蔵様」という小さなお地蔵さまがお祭りされています。一年中、お供えの花が絶えないこのお地蔵様は、たいへん霊験(れいけん)あらたかだということで、近所の人たちはもちろんですが、遠くからもお参りの人がやってきます。

 けれども今立っているお地蔵さまは、目印のために新しく置かれたお地蔵様なのです。本当の橋のお地蔵様は、その後ろ側のみぞの上にうつぶせになり、まるで橋のようになっていますから、そのお顔はみぞに入って下からのぞきこまないと見えないのです。
 お地蔵様が橋になったのには、こんな訳がありました。

 ずっと昔は、このお地蔵様もみぞのそばにまっすぐ立っていらっしゃいました。そのころ、お地蔵様のそばに、ひとりぼっちで住んでいるおばあさんがありました。
 おばあさんは村でも一番の働き者で、毎朝仕事をはじめる前、お地蔵様にお花やお供え物をもってお参りするのでした。ほかにはだれも、お参りする人がありません。家を出て、田んぼのわきを通り、細いみぞをこえて、おばあさんは毎日お地蔵さまにお参りしていました。

 「お地蔵様、ひとりきりでおさびしいでしょう。私もひとりなんですよ。どうぞ仲良くしてください」
 おばあさんはそう言って、お地蔵様をきれいにそうじしてはおいのりするのでした。お地蔵さまは、ひとりぼっちのおばあさんの話し相手でもあったのです。

 そんなある朝、おばあさんは急にこしが痛くなってしまいました。すぐに良くなるだろうと思っていたのですが、だんだんひどくなって、歩くのも大変です。ご飯を作ることもせいいっぱいというありさまでした。毎朝の楽しみだったのに、お地蔵様と話すこともできません。

 何日か過ぎて、ようやく少しばかり痛みがおさまると、おばあさんは久しぶりにお地蔵様にお参りすることにしました。つえをついて二、三歩歩いては休み、休みしながら、おばあさんはやっとのことでお地蔵様の所へやってきました。

 何日か来ない間に、お地蔵様のまわりは草ぼうぼうになっています。
 「まあまあ、こんなに草がのびてしまって。さぞやうっとうしかったことでしょう」
 おばあさんはこしが痛いのをがまんして、お地蔵様のまわりの草をぬきはじめました。何本かぬくたびに、こしをさすって休まないと痛くてたまりません。それでもおばあさんは、少しずつ草をぬいてゆきました。
 「毎日お参りできたら、こんなに草がのびることもなかったのに、許してくださいね」
 ようやく草をぬきおわって、気がつくと、もうお日様が山の下にかくれそうになっていました。
 「おやおや、もう日が暮れる。足元がまっ暗になる前に帰らないと。お地蔵様、また明日来ますからね」
 おばあさんはそう言うと、つえを手にして立ち上がりました。ところがこしが痛くて、足が前に出ません。来るときはよいしょとまたいだみぞを、どうしてもこえることができないのです。
 「あいたたた。こしが痛くて足が動かんわ。どうしたらよかろうか」
 おばあさんがつぶやくと、お地蔵様がとつぜん、「おばあさん、私が橋になってあげましょう」と言って、みぞの上にばたんとうつぶせになったのです。
 「さあさあ、どうぞわたってください」
 おばあさんはおどろきました。
 「めっそうもない。お地蔵様の背中をふむなんて、そんなもったいないことをしたら、ばちがあたります」
 おばあさんがそう言うと、お地蔵様は、
 「私も、長い間立ってばかりいたから、こしが痛くなっていたのです。どうぞわたるついでに、私のこしをふんでください」 といいます。そう言われても、おばあさんはなかなか、お地蔵様の橋をわたる決心がつきませんでした。
 けれどもお地蔵様は、「早くふんでください」と何度もせかします。とうとうおばあさんも、お地蔵様をふんでわたることにしました。
 「ああ、もったいない、もったいない」おばあさんはぞうりをぬぐと、おそるおそる、できるだけそっとお地蔵様の背中をふんでわたりました。

 「ありがとうございました、お地蔵様。さぞや痛かったでしょう。本当にもったいないことをしました」
 おばあさんはそう言いながら、お地蔵様のこしのあたりを両手でそっとなでました。するとどうでしょう。あんなに痛かったこしが、すうっと楽になったのです。それだけではなく、元気だったころと同じようにこしがしゃんとして、どんどん歩けます。
 「ああ、ありがたい」
 次の日からおばあさんは、また元気に働いて、お地蔵様にもお参りできるようになりました。
 この話は、村中の人たちに伝わりました。それほどご利益(ごりやく)のあるお地蔵様ならば、と、たくさんの人たちがお参りに来るようになりました。やがてそのうわさが伝わると、遠くの村からもお参りの人が訪れるようになりました。
 それからもおばあさんは、元気で長生きして、幸せな一生を送りました。そして、おばあさんが亡くなった後にも、お地蔵様にお参りする人が絶えることはありませんでした。
 今では、お地蔵様のみぞもコンクリート造りに変わりましたが、お地蔵さまはやっぱり、橋のままでいらっしゃいます。