但馬(たじま)地方のお話です。

 ある夜、真っ暗な道を、ひとりのお百姓さんが家に向かって歩いていました。急ぎ足で帰りたいのですが、あんまり暗いのでそうもゆきません。ようやく前原清水(まえはらしみず)という所まで来たとき、前の方にぼんやりと白いものが見えました。
 「むかえに来てくれたのかな」と、喜んで立ち止まっていると、その白いものはどんどん近づいてきます。くらやみにうかびあがったその姿を見て、お百姓さんは腰をぬかしてしまいました。それは、背たけが二メートル以上もある、髪の毛をふりみだした怪物だったのです。
 はいつくばったまま、息をつまらせているお百姓さんに気づかなかったのか、怪物はずしん、ずしんと通り過ぎてゆきました。まもなく、「ずずーっ、ずーっ」という音がするので、そっと顔を上げてみると、目の前の川の水がさかさまに流れるほどの勢いで、怪物が水を飲んでいました。
 水を飲み終わると、怪物はまた、大きな足音をひびかせながら通り過ぎてゆきました。

 お百姓さんはしばらく、こしをぬかしたまま動けませんでしたが、やがて月がのぼってきたので、ぶるぶるふるえる足で、ころがるように村へかけ込みました。
 この話を聞いて、村の人たちはとほうにくれました。なにしろこの道は、山へ草かりに行くための一本道なのです。困り果てた村の人たちは、この怪物を退治してくれるよう、弁慶(べんけい)にたのむことにしました。

 弁慶はさっそく、馬に乗ってやってきました。そして怪物が出る道で、仁王立ちに立って待っていました。
 日が暮れてしばらくすると、怪物が水を飲みにあらわれました。待っていた弁慶は、大長刀(おおなぎなた)を風車のようにまわすと、「えいっ」というものすごい気合いとともにきりつけました。確かに手応えがあったと思ったとたん、怪物の姿はけむりのように消えて、あとにはくらやみだけが残っていました。
 朝になってみると、そこには昨日までなかった大岩がころがっていました。そのまん中に長刀の傷が二メートルほどもついていて、そこからたくさんの血が流れていました。
 怪物は弁慶にきられるとき、岩に化けようとしたのですが、岩になりきるより早く、弁慶の大長刀できられてしまったのでしょう。怪物が化けた大岩は、弁慶岩とよばれ、長い間そこに残っていたそうです。