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館長室へようこそ!

兵庫県立歴史博物館
館長 藪田 貫
【プロフィール】
 2014年4月1日に、端信行前館長の後任として歴史博物館長に就任しました藪田 貫です。端館長とは年齢は違いますが、大阪生まれ、京都橘女子大学教授を勤めたことなど共通点があり、初対面の時に話が盛り上りました。
 専門は歴史学、とくに日本近世史(江戸時代史)の社会史・女性史です。大阪大学大学院修士課程を終え、大阪大学助手・京都橘女子大学助教授を経て、1990年から関西大学文学部教授を勤めており、今年1年は、館長との兼務となります。
【「館長室へようこそ」について】
 「館長室へようこそ」では、歴史博物館に関する話題や、兵庫県の歴史・文化のニュース、私が折に触れて感じたことなどを、皆さんにお伝えしたいと思っています。「歴史ステーション」にお越しになった時に、気楽に立ち寄って、おくつろぎ下さい。  みなさんのお便りなども、お待ちしています。
あて先 : Rekishihakubutsu@pref.hyogo.lg.jp
 

  特別展「播磨と本願寺」と英賀城跡めぐり  2014年12月1日

 特別展「播磨と本願寺」が終了しました。期末直前の11月28日午前には、観覧者が1万5千人を越えました。平日にもかかわらず、多数の来館者が、熱心に見ておられたのがとても印象的でした。仏教各派への信仰は、いまもそれぞれの家庭に息づいている―という思いです。

 わたし自身も真宗門徒のひとりで、生家のある大阪(旧河内国)の小さな村には、東西本願寺の寺が合体した形であります。おそらく英賀御坊から、亀山・船場の両本徳寺に分かれた経緯と同様な事情があったものと思われます。

 その英賀御坊跡の散策に、同行しました。11月16日(日)に開催された友の会との共催事業「歴史の旅」に参加したのですが、定員30名を超える70名の方々と広大な英賀城跡と御坊跡を歩きました。御坊跡は昭和16年(1941)、夢前川の付け替えで河川敷になってしまったという歴史が残酷に感じるほど、現地にはほとんど痕跡が残されていません。それに対し、地元の方々が一生懸命、史跡の確認と顕彰に努められてきたことが、昭和3年(1928)、英賀村青年団によって建てられた巨大な英賀本徳寺跡碑に伺うことができます。

 英賀御坊と英賀門徒という誇るべき歴史への地元の強い思いを感じた巡見でしたが、もうひとつの収穫は、司馬遼太郎さんの祖父福田惣八さんが、夢前川の対岸広畑天満神社の一角に建立した標柱です(写真)。鳥居の左に見えますが、司馬遼太郎さんの『播磨灘物語』執筆の動機を物語る遺物に出会えた瞬間でした。

   
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