トップ > 学芸員コラム れきはく講座

学芸員コラム れきはく講座

 こんにちは。兵庫県立歴史博物館です。このコラムは、当館の学芸員が兵庫県域の歴史や、あるいはさまざまな文化財に関するちょっとしたお話をご紹介していくものです。一月から二月に一度のペースで更新していきたいと考えていますので、どうぞよろしくお付き合いください。

 

第40回:最後のお化け人形師 2013年7月17日

学芸員 香川 雅信

 

 日本で最初の「お化け屋敷」は、天保7年(1836)に両国で興行された「寺島仕込怪物問屋(てらしまじこみばけものどんや)」という見世物であるとされている。これは、『天竺徳兵衛韓噺(てんじくとくべえいこくばなし)』や『東海道四谷怪談』などのさまざまな怪談物の芝居の名場面を、からくり人形によって再現したものであった。この「怪物問屋」が大当たりを取ったことで、同様の見世物がその後続々と興行されるようになり、のちの「お化け屋敷」へとつながっていくのである。

 なかでも、泉目吉(いずみめきち)の化物細工は江戸っ子たちの人気を集めた。目吉は芝居や怪談噺などで用いられる小道具を専門に製作していた細工師で、天保9年(1838)の「変死人形競(くらべ)」、嘉永元年(1848)の「身投げ三人娘人形」などはその迫真性で大きな話題となった。

 

泉目吉細工人形 弘化4年(1847)
歌川芳艶画(個人蔵)

 

 このように、「お化け屋敷」のルーツは「化物細工」や「怪談人形」などと呼ばれた人形の見世物にあった。のちにはさまざまな仕掛けで人を怖がらせることに主眼が置かれるようになるが、本来は人形そのものの迫真性によって恐怖を呼び起こす見世物だったのである。

 岡山県倉敷市呼松の中田市男さんは、87歳になる現在も昔ながらの方法でお化け屋敷の人形を製作している。現在の遊園地などにあるお化け屋敷の人形は、もっぱらFRP(繊維強化プラスチック)製のものが主流で、昔ながらの張りぼての人形はほとんど見ることができなくなっている。中田さんは、「最後のお化け人形師」というべき方なのである。

 

中田市男さん

 

 中田さんの父・善博さんは、神戸の「岩田マネキン」で人形作りの修行をした後、呼松で人形師として活躍を始める。江戸時代の「生人形(いきにんぎょう)」――リアルに作られた等身大の人形――の技術は、明治以降は和製マネキン人形に受け継がれたので、善博さんが習得した人形作りの技術は、生人形の伝統につらなるものだといえる。善博さんは一種の発明家でもあり、さまざまな仕掛けを考案して、人形が動くようにしていた。その点で、同業者はまったく歯が立たなかったという。

 善博さんがお化けの人形を製作するようになったのは昭和10年代のことで、戦中ごろには神戸の新開地にあったスポーツランドという遊園地でお化け屋敷を興行する。お盆のころには、午前10時から午後10時まで、1日1万6千人もの人が入ったといい、聚楽館(新開地にあった有名な映画館)でもこれほどの動員はないといわれたそうである。

 姫路とも縁が深く、昭和8年(1933)に開催された播磨国総社の三ツ山大祭では、造り物の「弁慶」および「酒呑童子」が動く仕掛けを善博さんが製作している。さらに昭和28年(1953)の三ツ山大祭では、「巌流島」「浦島太郎」「元禄花見踊」「羽衣」の四つの造り物を製作しており、この時は市男さんも人形師として製作に携わっている。この時製作した「巌流島」の宮本武蔵の人形は、現在も中田さんの手元に保管されている。

 中田さんのお化け人形は、木彫りの型に紙を張って作る張り子細工の人形で、初期の「生人形」と同じ製法によるものである。目にはガラスの義眼を入れ、耳はおがくずを糊で固めた練り物で作る。表面はおがくずをパテのように使って凹凸を埋め、胡粉と膠を混ぜて地塗り、中塗り、上塗りと塗り重ねていく。胴体は角材などを組んで作り、それに着物を着せて紙などで詰め物をし、ボリュームを出す。

 

中田市男さんのお化け人形

 

 中田さんは、お化け人形は一部の塗装を塗り残すなどして、未完成の状態のままにしておくという。人形に魂が入るのを防ぐためとのことである。また、以前に北海道のお化け屋敷に「四谷怪談」のお岩の人形を作ったところ、人形が「何か変だ」ということで返されてしまった。何があったのか、興行師は決して言おうとしなかったが、それ以来、お岩の人形は頼まれても作らないことにしているという。

 

胴試真絵 江戸時代
(個人蔵)

 

 現在開催中の開館30周年特別企画展「博物館はおばけやしき―Haunted Museum―」では、この「最後のお化け人形師」中田市男さんのお化け人形をお借りして会場に展示している。そればかりでなく、江戸時代の「お化け屋敷」を描いた現時点で唯一の資料である「胴試真絵(どうだめししんえ)」に描かれたお化けの人形を、この展覧会のために特別に中田さんに製作していただき、会場に江戸時代の「お化け屋敷」を再現している。是非ともこの機会にご覧いただければ幸いである。

 

会場に再現された江戸時代のお化け屋敷