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学芸員コラム れきはく講座

 こんにちは。兵庫県立歴史博物館です。このコラムは、当館の学芸員が兵庫県域の歴史や、あるいはさまざまな文化財に関するちょっとしたお話をご紹介していくものです。一月から二月に一度のペースで更新していきたいと考えていますので、どうぞよろしくお付き合いください。

 

第32回:妖怪とからくり人形 2012年11月16日

学芸員 香川 雅信

 

 当館の所蔵品のなかに、「盃運び人形」というからくり人形がある。大阪の児童文化史研究家であった故・入江正彦氏が収集し、氏の没後に遺族の方々により当館に寄贈された児童文化史資料「入江コレクション」の一つで、もともとは著名な人形研究家・西沢笛畝(てきほ)の所蔵品だったものである。人形を置く台に安永4年(1775)に製作されたことを示す銘があるが、実はこれは製作年代のわかるからくり人形としては最古のものであることを物語っている。

 この「盃運び人形」は、よく知られた「茶運び人形」と同様のからくり人形である。茶運び人形は、捧げ持った茶台の上に茶碗を置くとゼンマイ仕掛けで動き出し、茶碗を取り上げるとストッパーが働いて動きが止まるというもので、さらにもう一度茶碗を置くと、クルリとUターンして元の場所へと戻る仕掛けもあった。「盃運び人形」は茶碗の代わりに盃を運ぶようになっており、こちらの方が初期の形であるのか、Uターンする仕掛けは備わっていない。それでも当時の人々には、じゅうぶん不思議なものに思えたであろう。江戸では明和から寛政末(1764〜1800)にかけて、「鹿の子餅」(表面に小豆をまぶした餅)を売る店に大きさ4尺(約120センチメートル)の「茶運び人形」が置かれ、客が来ると茶を運んでくるという趣向で人気を博していたという。

 

盃運び人形(当館蔵、入江コレクション)

 

 ところで、なぜ「茶運び人形」は茶を運ぶのだろうか。なぜ「茶運び人形」の製作者たちは、「茶を運ぶ」という動作をからくりで再現してみようと思いたったのか。筆者はここに、からくり人形を妖怪と重ね合わせて見ていた江戸時代の人々の心性を見る。

 当時の草双紙(くさぞうし)や錦絵などには、茶を運ぶ妖怪の姿がしばしば描き込まれている。例えば寛政7年(1795)刊の黄表紙『桃食三人子宝噺(ももくいさんにんこだからばなし)』には茶を運ぶ小僧の化物が登場し、「鹿の子餅の看板」つまり「茶運び人形」のようだと表現されている。

 こうした「茶を運ぶ化物」の原点は、源頼光(みなもとのよりみつ)の土蜘蛛(つちぐも)退治の説話に基づいた歌舞伎の「所作事(しょさごと)」と呼ばれる舞踊劇の一つ「蜘蛛糸梓弦(くものいとあずさのゆみはり)」に登場する切禿(きりかむろ)であろう。切禿というのはいわゆる「おかっぱ頭」のことで、またそうした髪型の子どものことを指す。「蜘蛛糸」では、病で伏せる源頼光のもとに怪しい切禿が現れるが、それは土蜘蛛の妖怪の変じた姿で、「四天王」と称される頼光の家来の坂田公時(さかたのきんとき)・碓井貞光(うすいさだみつ)らによって正体を見破られる。

 これは錦絵の題材としてよく描かれているが、当館に所蔵されている「組上絵(くみあげえ)」、つまり江戸時代のペーパークラフトにも、その場面を再現したものがある。これも実は「入江コレクション」の一つなのだが、切り抜いて組み立てると小さな舞台のようになる。舞台の上には坂田公時がいるが、側面に突き出た紙の帯を引っ張ると、舞台の袖から切禿の少女が現れて公時のもとへ茶を運んでくる。ところがこの少女、ひっくり返すと三つ目の化物へと姿を変えるのである。つまりこの「組上絵」は、「蜘蛛糸」の舞台を一種のからくり仕掛けで再現したもので、タイトルも「大新板切組細工物(だいしんぱんきりくみさいくもの)からくり」という。ここでも「茶運び」はからくりで再現され、しかもその正体は妖怪とされているのである。

 

大新板切組細工物からくり1
(当館蔵、入江コレクション)
大新板切組細工物からくり2
(当館蔵、入江コレクション)

 

 「茶運び人形」も、その多くは切禿姿で表現される。さすがに化物へと姿を変える仕掛けはないが、当時の人々が「茶運び人形」の上に妖怪を重ね合わせて見ていたことは、容易に想像がつくだろう。

 また、「茶運び人形」とよく似たからくり人形として、常陸国筑波郡谷田部村(現・茨城県つくば市)の名主で発明家であった飯塚伊賀七(いいづかいがしち)が作った「酒買い人形」がある。これは、自ら動いて酒屋に酒を買いに行き、人形の持っている酒ビンに酒を入れると、再び元の家に帰っていくというもので、「茶運び人形」と同様の機構を持ったからくり人形だったと推測されるが、こちらは明らかに「酒買い小僧」と呼ばれる妖怪を念頭に置いて作られたものであろう。「酒買い小僧」は、雨がショボショボ降る晩に徳利を持って酒を買いに出るという妖怪で、狸が化けたものとされている。

 

 精神分析の祖であるフロイトが、「不気味なもの」の代表として自動人形(オートマータ)と呼ばれるからくり人形を挙げていることからも知られるように、からくり人形は、その仕掛けを理解できない者にとっては、まさに不気味な妖怪そのものであったろう。現代のわれわれはそれを「ロボットの先祖」などと呼んで感心してみたりするのだが、江戸時代の人々が抱いたであろう畏怖の念に思い及ぶ者は、はたしてどれだけいるであろうか。