阪神新在家駅
阪神新在家駅
阪神電車では御影駅や石屋川駅が最寄の駅ですが、新在家駅からでも徒歩約15分です。
駅前の道を北に進むと国道2号線、JR六甲道駅に至ります。
国道2号線との交差点を右折し東に向かいます。
「徳井」の交差点 「徳井」交差点から六甲(北)を望む。
御影高校へは交差点を直進し東に向かいます。
御影高校へは「徳井」交差点を東に向かいますが、南には処女塚があります。
処女塚古墳(東灘区御影塚町2丁目) 田辺福麻呂の歌碑(左)と小山田高家の碑(右)
2人の男性から慕われた女性が身を処しかね、嘆きつつ死んでしまい、これを知った男性も悲しみ後を追った。女性の墓を中にして男性の墓を東西に造ったという伝説が伝えられています。
東求塚古墳(東灘区住吉宮町1丁目)と西求塚古墳(灘区郡通3丁目)と共に古く万葉の昔から知られた有名な古墳です。出土した壷型土器から4世紀ごろのものだそうです。
田辺福麻呂(たなべのさきまろ)の歌碑
「古の 小竹田壮士の 妻問ひし 兎原処女の 奥つ城ぞこれ」
この歌は万葉の歌人福麻呂が旅の途中で処女塚に立ち寄り、受けた感動を歌ったものという。
石碑側面には正四位加茂季鷹とある。また、建碑年号と思えるものはあるが明らかではありません。
小山田高家の碑
延元元年(1326年)湊川の戦いに敗れた新田義貞は、生田の森から敗走し、処女塚に登り敵を防いでいた。小山田高家は処女塚に駆けつけ、自分の馬に義貞を乗せて逃がれさせて敵を防いだが、ついに敵に討たれた。「太平記」の描くこの武勇を記念して弘化3年(1846年)代官の竹垣三左衛門藤原直道が建てさせたものです。
石屋川橋を渡ります。左手に御影公会堂が見えます。そのまま直進すると御影高校はもうすぐです。
写真は石屋川の北の方向です。
御影公会堂の前の東に進みます。
本校の敷地南西の角です。ここを左に曲がると西門があります。西通用門は生徒の登下校時は開いています。正門へは国道沿いにもう少し進みます。