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震災メモリアル2008

奥尻島での被災から、
北海道の防災教育について

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交流の部屋
石川県立門前高等学校
新潟県立柏崎総合高等学校
兵庫県立舞子高等学校
 校舎に耐震工事と
防災学習・環境学習

神戸市立多聞東中学校

分科会  交流の部屋

石川県立門前高等学校 ・ 新潟県立柏崎総合高等学校 ・ 兵庫県立舞子高等学校
No. タイトル
1 それぞれの学校について
お互いの地震の経験について
ひまわりおじさんの話
お茶わんプロジェクト
 
No. タイトル
神戸について
新潟の方言
普通科生徒の感想
まとめ
感想

◆ それぞれの学校について

舞子高校普通科・環境防災科、門前高校、柏崎総合高校の生徒が40人ほど集まり、交流会が行われた。 門前・柏崎両校の生徒から簡単な自己紹介と、震災体験が語られた。ベッドやこたつの中で寝ているときに地震が起こったという門前の生徒と、地震が起こった時にブラスバンド部の合宿に行っていたという柏崎の生徒が、たくさんの質問に答えてくれた。
 普通科の生徒には部活や神戸のことなど生活面についての質問、また、柏崎総合高校の山崎さんからは、環境防災科に入った理由についての質問があり、3年生の尾崎さんが環境防災科を代表して答えてくれた。尾崎さんは、小さい頃よくけがをして保健室に行っていて、保健の先生に命の大切さを学べるのはここ(環境防災科)だとすすめられたのがきっかけで興味を持ったそうだ。実際に体験入学に来て諏訪先生の話を聞いた時に、ここなら自分のやりたいことができるかもしれないと思い受験することを決めたそうだ。
 地震が起こった時のボランティアに関する質問には、門前高校の池田君が答えてくれた。普通科でボランティアグループなどはなかったが、文化祭の模擬店で集めた利益(約5万円)を寄付するなど、学校単位での活動に参加したそうだ。また柏崎総合高校では、ひまわりおじさんなどと協力してお茶わんプロジェクトが行われた。これは全国から使わないお茶わんや食器類を集めて、仮設住宅や公園・学校でお茶わん市を開催するというものだ。
 普通科の生徒からは地震後いつぐらいから学校が始まったのかという質問があり、ほかの生徒も興味を持っていた。門前高校は地震が起こったのが春休み中だったため、通常通り4月に始まったそうだ。柏崎総合高校では、夏休みが予定より1週間早く始まり、2学期も1週間早く始まったそうだ。
 交流中とても寒かったため、雪についての質問も出た。石川県では今年はまだ降っていないということだが、新潟県では前日から降っていたようで「帰りたくないぐらいです」と言葉を漏らす場面もあった。

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◆ お互いの地震の経験について

(1) 地震が起きてから初めて見たテレビ
   新潟県中越沖地震を経験した柏崎総合高校の2人は当時、妙高にブラスバンド部の合宿に行っており、その練習中に被害を受けた。揺れがおさまってから、ふもとのホテルに降りてテレビを見てみると地震についての緊急ニュースが流れて、自分の家族が心配で泣き崩れる生徒もいたそうだ。
 石川県能登半島地震を経験した池上君の場合では春休みということもあって自宅にいるときに被害を受けた。そのときテレビを見てみても、画面の上に速報として流れている程度で、ほとんどのチャンネルが今までどおりの放送をしていた。
(2) 地震で一番困ったこと
   池田君の住んでいる地域では、大勢の人が朝早くから祭の準備をしていて外に出ていたため、家が潰れるなどということがあっても、被害が少なくてすんだ。しかし、大勢の人が被災地に残っているために食料が足りなくなるという問題が起こった。池田君の場合は金沢に知り合いが住んでいるので食料などを送ってもらっていたりしていた。
 山崎さんの住んでいる地域は水が出なくなるという問題が起こった。トイレなどの問題も出てきたが家に井戸があったので助かったらしい。
 舞子高校の生徒も阪神・淡路大震災のときに水不足で、学校のプールから水をわけてもらっていた。どこの震災でも、命の次には飲料水や食料、生活用水などの生きていく上で欠かすことの出来ないものが問題になっている。
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◆ ひまわりおじさんの話

ひまわりおじさんは、NPO法人「ひまわりの夢企画」を発足させた、荒井勤さんの愛称である。阪神・淡路大震災で自らも被災した後、瓦礫だらけになった神戸のまちに花を咲かせようと、ひまわりの種を配って回った。その花に勇気づけられた神戸の人々が、親しみを込めて荒井さんのことをひまわりおじさんと呼ぶようになったのが、この愛称の始まりである。
 ひまわりおじさんは、日本だけでなく2005年に起こったハリケーン・カトリーナの被災地であるアメリカ・ニューオリンズにも出向き、ボランティア活動を行なった。新潟県にも神戸で集めたひまわりの種を持って行き、その種がひまわりとなって咲いたそうだ。
 新潟中越沖地震のとき柏崎で行った、お茶わんプロジェクトは2回めで、阪神・淡路大震災のときに神戸で行なったのが最初らしい。神戸で行なったときは、人と防災未来センターの地下を食器置き場として使わせてもらい、4tトラックで6回程掛けて自分で運んでいたそうだ。
 お茶わんプロジェクトを行なって、食器は大切だ、この活動は意味があったな、と感じたと話している。だが、石川県で起こった能登半島地震のときには、食器は持っていかなかった。それは、能登には漆器という文化があって、その文化の邪魔をしてはいけないと思ったからだそうだ。
 柏崎総合高校でお茶わんプロジェクトを行なったときは、人と防災未来センターに、今回は建物は使えないと言われたので柏崎総合高校を食器置場として使わせてもらい、高校の教師や生徒達と一緒に仕分け作業を行なった。
 ひまわりおじさんは、ボランティアはおせっかいだと思ってるそうだ。あなたにできないことを、私がやってあげましょうというものだから、嫌がられたら本当にただのおせっかいになってしまう。喜ばれて、そのとき初めてボランティアになるという考え方らしい。でも、そのものさしは自分が引くのではなく、された側、やってもらった側のものさしで決まるので、配慮が必要だとおっしゃった。そのことは、ボランティアを行おうとしている人達全員に覚えていてほしいことだとも、おっしゃった。

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◆ お茶わんプロジェクト

お茶わんプロジェクトを行なった柏崎総合高校の学校側としての意見は、「自分たちも被災者なんだから」と最初は思っていたが、最終的に自分ができるかどうか生徒で考えるという意見で落ち着いたらしい。
 実際にお茶わんプロジェクトを行なった柏崎総合高校の生徒達の考えとしては、自分の地元で地震が起こったのに、何もできないまま終わるのは嫌だと思ったから、お茶わんプロジェクトに参加したそうだ。他にも、1日で4〜5人しか集まらないのに100箱程度仕分けしなくてはならなくて、もうやりたくない、もう行きたくないと何度も思ったらしい。でも、お茶わん市場を開いているときに地域の方々から心の籠った「ありがとう」の言葉を聞くと、また次も頑張ろうという気持ちが出てきたと話していた。

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◆ 神戸について

新潟県立柏崎総合高校の人は、神戸に来るのが初めて。新潟県の田舎に住んでいるので神戸の夜景がすごく綺麗だと言っていた。田舎の夜は、星空はすごく綺麗だけど町の明かりが全然ないため夜景は全然見られない。それに比べて、神戸の夜は、明かりも多く町がにぎやかなため夜景が綺麗だと言われている。一番綺麗だと言っていたのが「明石海峡大橋」。前日に明石海峡大橋を使い淡路島に行った時に見たそうだ。私たちは神戸に住んでいるのでその凄さがわからない。でも他の県の人から見たらその凄さは別格。橋の綺麗さに驚いていた。
 柏崎総合高校の人は、神戸に電車がたくさん通っていることにも驚いていた。神戸の都会と違って電車が1時間に1本だったり、冬の電車はドアの開け閉めが手動だったり。神戸に来て冬の電車が自動だったので驚いていたそうだ。

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◆ 新潟の方言

新潟の柏崎の方言を教わった。
   ・ だあすけ=だから
   ・ おめさあ=あなた
   ・ こわい=品物が高い・固い
   ・ おった=物が下に落ちたとき
 新潟でも市町村によって方言があるようだ。その中でも柏崎総合高校の生徒の住んでいる地域では上のような方言があった。ここ神戸では聞きなれない言葉だ。

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◆ 普通科生徒の感想

普通科生徒の感想では、この交流を通じてボランティアに参加したい、ボランティアに興味を持ったなど、交流を通して災害に対する意識が強くなっていた。柏崎総合高校の人は、自分の町で起こった災害を後世に伝えて生きたい、どこかで災害が起こったとき人助けをしたい、命の大切さを知ることができたなど、災害にあったからこそ被災者の立場がわかり新しい考えが出てきたと思った。

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◆ まとめ

舞子高校の生徒も門前高校、柏崎総合高校から来た人たちも緊張があって出だしは少し硬くなっていた。それも後半になってからは次第に打ち解けていき、互いの住んでいるところのことや、自身が経験した震災についてなどのことを話し合っていた。舞子高校もこういった行事で他校との交流は珍しく、普段かかわりの少ない普通科の生徒にとっても良い機会になったようだ。この交流を通して、震災の体験を遠くに住んでいる人に伝えていくことが大切だということを、お互いに確認し合えたのではないかと思う。

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◆ 感想

普段交流することのない新潟や石川の高校生の生の震災体験が聞けてよかったです。私たちが改めて阪神・淡路大震災について考えるきっかけともなり、普通科にもよかったのではないかと思います。

F.Y

他県で同年代の地震を経験した人と話をするのは今回が初めてだった。阪神・淡路大震災とはまた違った被害の出方や対応の仕方、立て直していく上でどのような問題が出てきたかなどを聞けて、知らなかったことや気付かなかったことを知ることができたのでよかった。今回のことをこれからの活動で知らないひとにも広げていきたい。

S.R

自分と同年代の子の被災体験を聞くのは、今の自分に何が出来るのだろうということを考え直す機会になるから、この交流は大切なんじゃないかなと思いました。普段、防災についてあまり考える機会のない普通科にとっても、良い体験になったんじゃないかなと思います。

S.M

この交流会で、震災体験はたくさんの人に震災を改めて考えさせる場だと思った。みんな考えることは命が大切だということ。命を守るために備えが大切だということ。そして、防災意識を高めるということ。私たちだけでなく新潟県や石川県の人たちもそうだった。震災を経験したことのない人には難しいかもしれない。けれど、私たちが経験・体験をたくさんの人に話すことにより、少しでも多くの人が防災に興味を持ってくれると思った。

Y.M

僕はこの行事によって様々なことを学ぶことができた。この1年半、環境防災科に所属している自分にとっても良かったと思う。良い体験をすることが出来た。この交流会を土台として、これからの自分のために活かしていきたい。

M.J

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奥尻島での被災から、
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