
田ノ口遺跡発掘調査成果について
−田ノ口遺跡現地説明会−
〜平安中頃から室町時代の集落跡〜
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2001年11月29日
田ノ口遺跡は氷上郡青垣町遠阪字田ノ口にあります。青垣町の北端に近く、通称『城山』の山裾の南向きに広がる水田中にあります。遺跡の発見された場所の標高は182m前後です。発掘調査面積は約4100uで、調査区A・B・C地区を西調査区、調査区D地区を東調査区と分けて発掘調査を行いました。
「田ノ口遺跡 発掘調査成果」
〔西調査区の概要〕 西調査区では12世紀から16世紀にかけての遺構・遺物を検出しました。 遺構は全域から多数の柱穴、土壙や鍛冶炉、溝を検出しました。柱穴から掘立柱建物が20棟以上復元できました。柱穴のなかには河原石とともに須恵器椀の破片を埋め込んでいるものもあり、廃棄する際にお祀りを行ったと考えられます。 土壙には鍛冶炉と考えられるものが存在します。 出土遺物には、土師器皿や鍋・羽釜、須恵器椀・こね鉢、瓦器椀・鍋・羽釜、緑釉陶器・灰釉陶器、青白磁水滴や灰釉陶器壺などの中国製陶磁器類、鉄滓、古銭などがあります。 出土遺物の大半は13世紀のものですが、遺跡の背後の山にある 田ノ口城が築かれていた時代−16世紀代の遺物も出土しています
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| 〔東調査区の概要〕 東調査区では10世紀から13世紀にかけての時期を中心に16世紀までの遺構・遺物を検出しました。 遺構は全域から多数の柱穴、墓、集石遺構、土壙、鍛冶炉、溝などの遺構を検出しました。柱穴から掘立柱建物が5棟以上復元できました。 墓は長方形の土壙に人頭大の石を石囲い状に組んだ土葬墓であったと考えられます。 鍛冶炉は調査区の西側を中心に10箇所以上検出されています。炉跡と考えられる焼土は残りが悪い状態で検出されていますが、複雑に重なり合っていることから、何度も同じ場所で鍛冶炉が築造されたことがうかがえます。 出土遺物には、土師器皿や椀・鍋、須恵器椀・こね鉢、黒色土器椀、緑釉陶器・灰釉陶器、中国製陶磁器類などのほか、砥石、鉄滓、ふいごの羽口、古銭などがあります。これら出土遺物の大半は10 世紀から13世紀にかけて流通したものですが、9世紀代に遡るものもあります。また、15世紀〜16世紀にかけてと考えられる明時代の染付け椀・皿、青磁皿片などが出土しています。
〔まとめ〕 田ノ口遺跡は平安時代中頃から鎌倉・室町時代にかけて長い間営まれた集落の跡であったことが判明しました。
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国道427号線 遠阪トンネル有料道路青垣側入口から南へ約500m、遠阪川を渡り鹿島神社の隣 以 上 |
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