
茶すり山古墳発掘調査成果について
−現地説明会のご案内−

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2002年8月1日
兵庫県教育委員会埋蔵文化財調査事務所では、北近畿豊岡自動車道建設にともない茶すり山古墳の発掘調査を実施しています。古墳は5世紀前葉の大型円墳で、円墳としては奈良県富雄丸山古墳と並んで、近畿地方最大規模(直径約86m)を有しています。墳丘は2段築成で、葺石や埴輪がみられました。墳頂部には二つの埋葬施設があり、大型の第1主体部とこれより小さい第2主体部が並んでいます。第2主体部は昨年度に調査を終えており、今年度は第1主体部と昨年度に引き続いて墳丘の調査を実施しました。 その結果、墳丘の規模や中心主体の内容がほぼ判明し、中央政権(ヤマト政権)との強く結びついた首長の墓であることが確かめられました。また、南但馬地域の古墳時代史のみならず、日本国家形成期の周辺地域の歴史を考える上で重要な成果が得られました。そこでこうした調査成果を公表するために現地説明会を下記のとおり開催いたします。
「茶すり山古墳 発掘調査成果」 茶すり山古墳は和田山町から山東町へ抜けるちょっとした峠道、「宝珠峠」の途中にあり、標高約144mの尾根の先端に造られています。径約86m、高さ約18mの円墳で、2段に築成されていると考えられます。墳頂には東西約35m、南北約30mの楕円形の広い平坦面があり、そのやや内側には、円筒埴輪や朝顔形埴輪が巡り、北側段築平坦面にも埴輪が列状に並べられていたようです。また、斜面には葺石が見られましたが、多くは流出しています。
第1主体部は東西約13.6m、南北約10.1mもある巨大なもので、その中央に長さ約8.5m、幅約1mの組み合わせ式箱形木棺が安置されていたと想定されます。木棺の腐朽にともなう溝状の落ち込みからは大小の家形埴輪などが出土し、古墳築造時には各種の形象埴輪が立て並べられていたようです。 木棺内からは銅鏡3面をはじめ、甲冑類、多量の刀剣類・鉄鏃、盾、玉類、鉄製工具類や刀剣装飾具の漆膜など、多量の副葬品が埋納された当時の配置のまま、足の踏み場もないほど密集して出土しました。
![]() 第2主体部は昨年度発掘調査を行いました。長さ7.5m、幅3.7mの墓壙中央に、長さ約5m、幅約60pの箱形木棺が納められていました。棺内は3つに仕切られ、中央の遺体埋葬部分からは鏡、玉類、櫛、鉄刀が出土しました。その両側からは、鉄製工具類と鉄鏃がまとまって出土しています。
家形埴輪やついたて形埴輪などの形象埴輪と円筒埴輪、朝顔形埴輪が発見されています。埴輪には非常に丁寧に作られているものがあり、その製作技術の高さから、地元の工人ではなく畿内の埴輪作り工人が直接作ったと考えられます。 この他に、畿内工人の指導を受けて地元の工人が作ったと思われるものも出土しています。
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