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第72回卒業証書授与式校長式辞

本日はご多忙のところ多くのご来賓と保護者の皆様のご臨席を賜り、第72回卒業証書授与式が挙行できますことを大変うれしく思っております。ご臨席の皆様に、高いところからではございますが、厚く御礼申し上げます。

本来ならば在校生も参列し、また、卒業証書も卒業生一人一人に手渡すべきところではありますが、昨日来の国の動き、及び県の要請を受けまして、規模と時間を縮小しての運びとなりましたこと、まずもってお詫び申し上げます。

さて、ただいま卒業を許可いたしました30名の卒業生のみなさん、ご卒業おめでとうございます。働きながら夜学ぶ夜間定制高校での年月は、決して楽なものではなかったでしょう。しかし、辛いとき苦しいときに、いつも側にいて支えてくださったのは、先生や友達、保護者の皆様です。どうか自分を支えてくださった人たちへの感謝の気持ちを忘れないでください。そして、支え合うことの大切さを忘れないでください。

平成から令和へ。時代の変化に伴い、おそらくはかなりのスピードで社会そのものが変化していくものと考えられます。次世代通信と言われる5Gが実用化され、高度情報社会もさらに発展するでしょう。卒業生のみなさんは、私たちが今まで経験したことのない、文字通りの「未来」を迎えることになるわけです。このような社会の転換期に本校を巣立っていく皆様に、私からはなむけのことばとして、一つの詩を贈りたいと思います。

 もはや
 できあいの思想には椅りかかりたくない
 もはや
 
できあいの宗教には椅りかかりたくない
 もはや
 できあいの学問には椅りかかりたくない
 もはや
 いかなる権威にも椅りかかりたくはない
 ながく生きて
 心底学んだのはそれぐらい
 じぶんの耳目
 じぶんの二本足のみで立っていて
 なにか不都合のことやある

 椅りかかるとすれば
 それは
 椅子の背もたれだけ 

これは詩人の茨木のり子さんが、73歳の時に詠んだ「椅りかからず」という詩です。茨木のり子さんは、少女の頃、日本人の依存心の強さを嘆いていた父親の言葉を40年近くの歳月をかけてこの詩にまとめ上げたそうです。言葉一つ一つに重みがあるのは、その歳月の確かな裏付けがあるからでしょう。

先ほども触れましたが、みなさんが向かう「未来」は、様々な情報があふれかえる、一見「便利」な社会です。しかし、忘れてはならないのは、その情報を利用するのは「じぶん」だということです。誰かが作った「できあい」のものを信じるのではなく、「じぶんの耳目」と「じぶんの二本足」を信じること。信じるに足るだけの「じぶん」を持つことです。

君たちの「未来」は輝かしい。けれど平坦な道ばかりではないでしょう。くじけそうになったときこの詩を思い出し、「じぶん」を見つめ直してもらえたらと思います。

 最後になりますが、ご来賓の皆様並びに保護者の皆様にこころより厚く御礼申し上げ、式辞といたします。

                         令和二年二月二十八日

兵庫県立神戸工業高等学校 校長

 愛川 弘市