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第72回卒業証書授与式校長式辞

日差しに春の暖かさを感じ始めた今日の佳き日に、本校同窓会長毛利正忠様、兵庫県立兵庫工業高等学校長三輪智英様を始め、多くのご来賓と保護者の皆様のご臨席を賜り、第72回卒業証書授与式が挙行できますことは、私ども教職員にとりましても大きな喜びでございます。

ご臨席の皆様に、高いところからではございますが、厚く御礼申し上げます。

ただ今、卒業を許可いたしました30名の卒業生のみなさん、ご卒業おめでとうございます。働きながら夜学ぶ夜間定時制高校の4年、あるいは3年間は決して楽なものではありません。途中、辛くてくじけそうになったり、進級や卒業を諦めそうになったりした人も少なくないでしょう。しかし、そんなとき、いつも親身になって相談に乗ってくださったのは、先生や友達、保護者の皆様です。どうか自分を支えてくださった人たちへの感謝の気持ちを忘れないでください。そして、支え合うことの大切さを忘れないでください。

さて、今年はオリンピック、パラリンピックの年です。1964年、日本で初めて開催された東京オリンピックは、日本の高度経済成長に拍車をかけました。東海道新幹線の開通や高速道路の整備、ホテルの建設など、交通や観光の土台が築かれたのもこの時期です。また、それまで「安かろう悪かろう」という評価であった日本製の精密機械が、その性能の高さを認められ始めたのもこの時期です。今回のオリンピック、パラリンピックでも、新しい通信システムである5Gが実用化され、今度は高度情報社会への拍車がかけられることになります。

平成から令和へ。時代の変化に伴い、おそらくはかなりのスピードで社会そのものが変化していくものと考えられます。卒業生のみなさんは、私たちが今まで経験したことのない、文字通りの「未来」をこれから生き抜いていくことになります。

かつて私たちは、「形」のあるものに価値を認め、そこに秩序を見いだしてきました。高度経済成長期に築かれてきた様々な「もの」がそうであるように。しかし、情報社会に突入してからは、「形」のない「もの」に価値を認める時代になりました。ネット社会における「インフルエンサー」の存在や仮想通貨はその最たるものです。しかし、それを利用する人間の意識の成熟がそのスピードについて行けていない。高度情報社会に向け、そこに秩序を構築していくことがこれから必要になってくるということです。

もう一つ、オリンピック・パラリンピックが象徴するものに多様性が挙げられます。ダイバーシティということばがありますが、民族や性差を超え、お互いの違いを尊重し、高め合う社会の構築が今後さらに進められるでしょう。このような社会の転換期に本校を巣立っていくみなさんに、私からはなむけのことばとして、一つの詩を贈りたいと思います。

 もはや
 できあいの思想には椅りかかりたくない
 もはや
 できあいの宗教には椅りかかりたくない

 もはや
 できあいの学問には椅りかかりたくない
 もはや
 いかなる権威にも椅りかかりたくはない
 ながく生きて
 心底学んだのはそれぐらい
 じぶんの耳目
 じぶんの二本足のみで立っていて
 なにか不都合のことやある

 椅りかかるとすれば
 それは
 椅子の背もたれだけ 

これは詩人の茨木のり子さんが、73歳の時に詠んだ「椅りかからず」という詩です。茨木のり子さんは、少女の頃、日本人の依存心の強さを嘆いていた父親の言葉を40年近くの歳月をかけてこの詩にまとめ上げたそうです。言葉一つ一つに重みがあるのは、その歳月の確かな裏付けがあるからでしょう。

先ほども触れましたが、みなさんが向かう「未来」は、様々な情報があふれかえる、一見「便利」な社会です。しかし、忘れてはならないのは、その情報を利用するのは「じぶん」だということです。誰かが作った「できあい」のものを信じるのではなく、「じぶんの耳目」と「じぶんの二本足」を信じること。信じるに足るだけの「じぶん」を持つことです。

君たちの「未来」は輝かしい。けれど平坦な道ばかりではないでしょう。くじけそうになったときこの詩を思い出し、「じぶん」を見つめ直してもらえたらと思います。 

最後になりますが、ご多忙の中ご臨席賜りましたご来賓の皆様並びに保護者の皆様にこころより厚く御礼申し上げ、式辞といたします。

                         令和二年二月二十八日

兵庫県立神戸工業高等学校 校長

 愛川 弘市