第1章  スクールカウンセラー制度の現状と発展的課題

          兵庫県臨床心理士会 会長・武庫川女子大学 教授 杉村 省吾

 阪神淡路大震災の発生した年である平成7年4月より開始された文部省の「スク−ルカウンセラ−(以下SCと略記)活用調査研究委託事業」も、本年7月ごろには将来的な施策に向けての何らかの結論が下されることになった。これまでの本事業の推移は、表1に示すとおり平成7年度は総経費3億700万円をかけて各県3校で合計145校に派遣され、平成8年度は11億円の予算で各県10校、政令指定都市3校を含めた553校に、次いで平成9年度は22億円をかけて各県20校、指定都市5校を含めた1,065校に、さらに平成11年度は34億円をかけて2,015校に拡大して配置されてきた。


   表1 スク−ルカウンセラ−活用調査研究委託事業年次推移


   平成
1995年度
(7年度)
1996年度
(8年度)
1997年度
(9年度)
1998年度
(10年度)
1999年度
(11年度)
合計
予算(千円) 306,534 1,100,044 2,174,000 3,274,044 3,378,396 102億
初年度比 3.6倍 7.1倍 10.7倍 11.0倍 − 
校数(校) 154 553 1,065 1,661 2,015 5,448 
初年度比 3.6倍 6.9倍 10.8倍 13.1倍

 一方、兵庫県下では平成7年度は16校、同8年度は30校、同9年度には86校にとほぼ倍増傾向でSCが派遣され、平成10年度からは単独校方式73校、拠点校方式5校、巡回方式(市教委)3校の合計89単位に、さらに11年度は単独校方式60校、拠点校方式24校、巡回方式(市教委)10校の合計94単位に69名が派遣されている。
 周知の通り兵庫県臨床心理士会は平成5年5月に発足し登録会員数は304名を数えるが、このうち平成11年度は延べ69名(23%)の臨床心理士が県・市教委から委嘱を受けている。また文部省委託とは別に兵庫県の単独事業として県下約150校の高等学校に高校SCが派遣されているが、こちらの方は約半数の70名の臨床心理士が別途に委託されており、文部省関係と合わせると延べ139名(46%)のSCが関与していることになる。ちなみに文部省関連の69名の内訳をみれば、まず男女比では28名(41%):41名(59%)となり、女性カウンセラ−が多く、平均年齢は49.4歳で、40歳代が45%を占めている。SCを務める臨床心理士の所属職域についてみると教育臨床関係44%、産業臨床・個人開業関係が30%、医療臨床関係が19%、福祉臨床関係7%の順となっている。教育臨床関係者が多いのは、国公私立大学の教職員が比較的多く、勤務形態として出向しやすい状況にあることと、特に国立大学関係者には、文部省から委託事業への協力要請がなされてきた事情にもよると思われる。


      表2 兵庫県スク−ルカウンセラ−派遣年次推移

   小学校  中学校  高等学校 合 計
平成7年度(1995)    8校    7     1  16
平成8年度(1996)   10   17     3  30
平成9年度(1997)   30   45    11  86
   臨  時   (14)   (7)    
  単独校方式 拠点校方式 巡回方式(市) 単 位
平成10年度(1998)   73    5     3  89
平成11年度(1999)   60   24    10  94



スク−ルカウンセラ−委託事業の発展段階

 上記の通り、平成7年度より導入されたSC委託事業も研究期間が延長され、平成12年度には6年目に突入する。ここでは平成7年度より同11年度の5年間を5期に分けてその発展過程の実相を検討しておきたいと思う。

第1ステップ:導入・模索期(平成7年度)
 各県3校にSCがモデル的に配置され、当該校の制度的・設備的な受け入れ準備も整わず、SCも臨床心理モデルから離れて教育モデルの中でカウンセリングすることに戸惑いを感じ、暗中模索した段階である。

第2ステップ:理解・試行錯誤期(平成8年度)
 前年度の導入成功感触を受けて全国では前年度の3.6倍の553校に派遣され、本県でも本邦最多の51校(特例21校を含む)に配属されて試行錯誤しながら本格的な相談活動を展開した時期である。受け入れ校でも、ようやくSCの派遣に理解が示されだした段階でもある。本県臨床心理士会では学校臨床心理士専門委員会を設置して、年2回のSC研修会ばかりではなく、小・中・高校部会、県単独SC部会に別れて数回の分科研修会を実施した。

第3ステップ:導入要望・発展期(平成9年度)
 第1・第2ステップのSC派遣の有効性に基づき小、中、高等学校からのSC導入の要望が次第に増加し、初年度の7.1倍に当たる約22億円の予算規模で、これも初年度の6.9倍の全国1,065校にSCが配置されることになった。本県では小、中、高校合わせて86校に配属され、相談活動の本格的な発展期の段階に入った。日本臨床心理士会や日本心理臨床学会が東京を中心としてSCやコ−ディネ−タ−を対象に研修会が再三開催された。本県臨士会でも年2回の研修会や小・中・高校分科会が開催され、白熱した討論が展開された。時あたかも阪神大震災2年4ケ月後に発生した神戸市の猟奇的な児童連続殺傷事件に対する特例措置として周辺の21校にSCが緊急派遣され、児童生徒とその保護者のパニック症状に対処した時期でもある。この年の8月には、県教委・神戸市教委の共催で緊急派遣SCの報告会が開催された。報告会後、本県臨士会でも24名のSCと理事による臨時報告会を開催し、被害周辺校からの生々しい実態が報告され、今後、学校臨床心理士研修部会の設置と継続研修の実施が提案された。

第4ステップ:効果報告・発展拡大期(平成10年度)
 全国規模では初年度の10.7倍にもおよぶ約33億円を投じて1,661校(初年度比10.8倍)に派遣され、各都道府県でも派遣校の校長・教頭職によるSC導入のポジティブな効果性が報告がされだし、相談活動が発展拡大してきた時期である。兵庫県下では、文部省の研究委託を受けた兵庫県立教育研修所心の教育総合センタ−が、本年度派遣全校78校(小学校20校、中学校45校、高等学校13校)に対し「SC活用についてのアンケ−ト調査」を実施して導入の効果性を測定している。その結果、教職員の要望や期待にSCがどの程度満足に応えているかについては「十分に」と「ほぼ」を合わせて98%、また児童生徒の相談、保護者への相談は、それぞれ82%、87%が「応えている」と回答しており、多くの学校がSCによる相談活動を極めて高く評価していることが判明した。この成果を受けて、同センタ−では10月18日、県民会館において、SCを務める臨床心理士によるシンポジウム「SC、さらなる活用に向けて」を開催し、効用性を確認し合った。

第5ステップ:効果定着・成果発表期(平成11年度)
 研究委託事業が最終段階に入った平成11年度、文部省は初年度比の実に11.0倍におよぶ約34億円の予算措置を構じて、全国2,015校(初年度比13.1倍)に拡大して派遣した。また、教育現場でもようやくSC導入制度の効果性がポジティブに評価されるようになり、派遣要請も急増した時期でもある。兵庫県下では94単位に69名の臨床心理士によるSCを配置したが、平成10年度、全国で12万7千人に達した不登校問題をタ−ゲットにして、平成11年11月、本県のSCを対象に「SCと不登校に関するアンケ−ト調査」を実施した。その結果、配置校の不登校問題の深刻さでは「非常に深刻」と「やや深刻」と回答したSCは36名(69%)にのぼった。また「現状のSCの活動によって、不登校問題の改善は可能か」という核心に迫った質問項目では、「大きく改善」と「ある程度改善」を合わせると46名(88%)のSCがその効果性を評価していたことは注目に値しよう。またこの時期には全国規模のSC研修会も回を重ねるようになったが、従来は東京中心であったのが、今回、平成11年8月9・10日の両日、大阪国際交流センタ−を会場として近畿ブロックの臨床心理士会が中心に開催し、本県臨士会も共催として全面的に協力した。この研修会では、これまでの研修会が講演と活動報告会が主であったのを、事例研究会をメインとして、委託研究事業による成功事例が多数報告され、SC導入の成果発表の時期に突入した印象を受けた。また心の教育総合センタ−と本県臨士会の共催で11月27日、兵庫県学校厚生会館において「平成11年度SC研究連絡会」が開催され、小中高3部会に別れて活発な討論がなされた。


スク−ルカウンセラ−委託事業の効用と限界

1.効用

 現代は明治政府による学制発布、第二次世界大戦後の教育制度の改革に次ぐ第3次の教育改革の時代だといわれている。昨今の青少年をめぐる諸問題は深刻な状態にあり、不登校は5年で10倍に、校内暴力は13年で2.5倍に、少年非行は4年で1.2倍に、少女の遊ぶ金欲しさの性的逸脱行動は4年で3倍に達している。これらの青少年の心の荒廃現象の心理社会的背景には
 @ 家庭・学校・地域社会における教育機能の低下、
 A 核家族化、
 B 少子化、
 C 過保護化、
 D 知育偏重・受験競争の激化、
 E 拝物主義・金銭万能主義の蔓延、
 F 社会の複雑化・情報過多によるストレッサ−の増加、
 G 子どもの時間・空間・仲間の3間の減少、
 H 対人関係と社会的経験の不足、
 I 社会的・経済的混乱
などの多数の要因が輻輳しているだけに「いじめ」や「不登校」の防止と言っても一筋縄でいかない困難性が伴うと言えよう。しかし文部省が5年間にわたって総額102億円を投じ、延べ5,448校にSCを派遣し、少なくとも8割以上の教育的効果を発揮し得たことは、戦後の教育行政史上、未曾有で画期的な出来事であったと言えるのではなかろうか。これらの効用の背景には種々の要因が指摘されようが、ここでは
 (1)カウンセラ−のパラダイムシフト
 (2)教育システムの中でのコンステレ−ションの変化
の2点に絞って若干の考察を加えてみたい。

(1)カウンセラ−のパラダイムシフト

 筆者は阪神大震災被災者支援としての心のケアに関する小論を「カウンセラ−のパラダイムシフト」あるいは「コンセプトチェンジ」として数誌において指摘してきた。それはどういうことかと言うと、従来のカウンセリングル−ムやプレイル−ムなどの安全性が確保された場所と特定の時間に行われる「座して待つカウンセリング」から「足を運び積極的に行動するカウンセリング」へのコンセプトチェンジするということである。兵庫県下の300余名の臨床心理士の多くは、5年前の大震災に被災しながらも避難所救援、仮設住宅巡回相談、心の相談ホットラインでの電話相談、心のケアセンタ−での相談業務などに積極的に出かけて行動してきた。これらの一連の経験がSC活動の中でも、有形無形の形で生かされたのではないだろうか。
 本県で実施されたSCへのアンケ−ト調査結果にも見られるように、学校という教育システムの中でのSCの業務は多岐にわたっている。それらを列挙してみると
 @ 児童生徒への心の相談、
 A 保護者への心の相談、
 B 教職員へのコンサルテ−ション、
 C 事例研究会の開催、
 D 全校集会等での生徒への講演、
 D 保護者会等での教育講演、
 F 不登校児への家庭訪問、
 G 不登校児を抱える親の会でのコ−ディネ−タ−、
 H 養護教員との連携、
 I 授業参観、
 J ミニ広報紙を通じた相談室のアピ−ル
など十指に余る機能を果たさなければならない。従来のカウンセリングル−ムで行われてきた心理療法は、たかだか上記の @ 〜 C ぐらいの機能を果たせばよかったものが、学校という全く土俵の異なった教育システムの中で相撲を取らなければならなくなり、よほど百戦錬磨のベテランでもない限り、当惑を感じたSCも多かったのではないだろうか。しかし必要に迫られて自己の得意とする技法から少し離れて他の技法を採用したり、保護者や教員相手に話をするのが苦手であったSCが、前日まで悩みの種であったのが、やってみれば思いのほか好評を博したなどの経験も多いのではないだろうか。このように我々SCは、技法上のバリエ−ションを増やすことによってクライエントに援助的に係わるばかりではなく、我々自身の実力の向上にも資するところ大であったと思われる。

(2)教育システムの中でのコンステレ−ションの変化

 SC導入の当初は学校現場ではSCに何が出来るかと疑問視する向きも無きにしもあらずであったが、大地震や神戸事件後のPTSDが癒されてきたり、一両年登校しなかった子どもが、母親が相談室に行くようになってから再登校しだしたり、管理職と一般教員との間がしっくりいっていなかったのが、SCが勤務するようになってから、何となく職員室の雰囲気がとげとげしいものから、和やかな雰囲気に変化していったというようなこともよくありがちである。われわれSCの一つの特徴は、管理職と非管理職、教員と保護者、保護者と児童生徒といった、ともすれば対立しやすいアンビバレントな状況に身を置きながら、どちらにも一方的に荷担することなく話を聴いている内に「何となくお互いに変わってきた」ということが多いものであるが、これは対話を通じて行われる関係性の変化によるものであると言えるであろう。またこのことは、SCという外部からの第3者が、ややもすると閉鎖的になりがちな教育システムに新鮮な空気を取り入れる風穴を開け、構成員の中にコンステレ−ションの微妙な変化が生じたからであると思われる。
 例えば、不登校児を抱えた母親が、自分達の問題に気付かず、わが子と担任だけを責めていたのが、SCと話し合ううちに、次第に自分の問題性に気付きだすと、不思議と不登校児に登校への意欲が湧いてきたり、これまでワ−クホリックに陥っていた父親が、たまには早く帰宅して当の子どもと話をするようになったなどの微妙な変化が生じてくるわけである。家族システム論的に言うならば、組織は風で動く玩具のモビ−ルのようなもので、吊り下げられた一つのパ−トが揺れれば、他のパ−ツにも必ず微妙な変化が生じるものである。したがってまだ一度も来談したことのない子どもが再登校したり、育児から遠い距離にいた父親が少しは協力的になってくるなどのことはよく起こってくることである。それはキ−パ−ソンとしての母親とSCとの関係性の変化に由来していることが多いものである。筆者からみるとSCとは、昼間の月のようなもので、昼間はきわめて無力であるが、無明長夜の旅には極めて大きな力を発揮するといえるであろう。しかしSCというのは、どの状況においても心理的葛藤にさらされるもので、一期一会の実存的対決を常に迫られていると言ってよいであろう。
 例えば、親の過保護によって自立できない子を持つ親の面接で、簡単に過保護を指摘すれば、抵抗と防衛が起こって関係性が切れてしまう可能性がある。一方、いつまでもそのことに触れなければ、子どもの不登校状態は解決しないという二律背反性にさらされることになる。またこれまで攻撃性を抑圧してきた子どもがプレイセラピ−を受けるようになると、にわかに物やセラピストへの攻撃性を発揮してくることがある。遊戯療法における攻撃性の意味が分かっていると、子どもの攻撃性にある程度耐えることが出来るが、その意味が分からないと、セラピストのエネルギ−が叩かれないように振る舞う防衛の方に行ってしまって、セラピ−が展開しないというようなことが起こってくる。このようにわれわれは「言うべきか、言わざるべきか」「攻撃を阻止すべきか受け止めるべきか」の葛藤状態に陥ることがしばしばである。しかしよく考えてみると、クライエントの母親とSCの間で起こっている葛藤や、子どもとセラピストとの間で起こっている葛藤は、ふだん家庭で母子間で起こっている葛藤の基本的パタ−ンであることに気付かされるのである。このようなとき、われわれはその緊張と葛藤の狭間の中で、生きざまをかけた対決が迫られることになる。何もしないのではなく、考えながら待ち、時が至ってクライエントのためにプラスになるようであれば、ためらわず言語化するところに治療的意味がある。その迫力でもって相手の洞察を促進することになることを銘記すべきであろう。したがってSCにはどのケ−スについても内的葛藤を抱き、それに耐えられるだけの強さが要求されるであろう。 


2.限界


 前項ではSC委託事業のいわば光の部分としての効用について述べてきたが、ここでは影の部分としての限界について触れ、最後に発展的課題に言及したいと思う。

(1)予算的限界

 既に述べてきたように今回の委託事業にかける文部省の情熱には、並々ならないものがある。5年間で総額102億の予算で延べ5,448校にSCを派遣してきた施策にその姿が窺われるが、委託事業終了後にどのような対策が構じられるのかが、関係者の最大関心事であろう。ともあれ委託事業が単なる研究事業で終わるのか、現状を維持しながら今後も継続されるのか、はたまた手始めに全国の中学校約1万5千校に各校1名のSCを常勤または非常勤で配属するのか、文部省当局としては、今夏、苦しい決断を迫られることが予想される。しかしながら予算措置を国家が担うのか、地方自治体が負担するのかの最難関事が前途に横たわっているにしても「国家百年の計は教育にあり」の俚諺が示すように、昨今のわが国の青少年の心の荒廃状態を見るときに、急を要しない大型プロジェクトや建造物の公共投資を抑制し、スクラップアンドビルドの精神で、SC派遣問題の制度化に期待したいものである。

(2)人員確保の限界

 現在日本臨床心理士会に登録されている臨床心理士資格保持者は約7,500名程度と言われているが、仮にT万5千校に派遣するとすれば、一人がダブルブッキングしてようやく手の届く状態である。しかし大部分の臨床心理士は常勤の定職に従事しており、所属組織の許可がない限り出向できないのが現状である。新たに臨床心理士を増員するとしても質的低下の問題が横たわっている。このような情勢を配慮して文部省では心理学系の大学および大学院新設の規制緩和を発表し、今後、心理学関係の学部学科および大学院の新設は急速に進むことが予測される。しかし設置基準を満たし、しかも十分な学識と資質を備えた「心の専門家」を養成するための教員組織と充実したカリキュラムの構築も今後の重要課題であろう。


SC派遣制度の発展的課題

 臨床心理学に関する諸学会の中でも、ある種の流行に似たテ−マがあり、ここ数年の傾向としてはエイズカウンセリング、大震災被災者支援カウンセリング、スク−ルカウンセリング、犯罪被害者支援カウンセリングなどが注目されてきた感がある。中でもSCは予算規模や派遣人員数においても、昨今の最重点課題であると言えるだろう。ここではSCのさらなる活用に向けた発展的課題を列記してみると、
 @心理学系学部・学科・大学院での新規臨床心理士の早期要請、
 A財政的基盤の確立、
 B学校教育システムの中での臨床心理モデルの構築と創意工夫、
 C現場教職員との連携の強化、
 DSC活動に関する研修の強化、
 E外部機関との連携の強化、
 Fカウセリングネットワ−クシステムの構築、
 GSCに対する社会的要請の具現化、
 HSC活動の成果のプレゼンテ−ションとメディア対策
などが挙げられるであろう。

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