はじめに
                      心の教育総合センター所長・兵庫教育大学 教授 上地 安昭

 記念すべき西暦2000年の新しい時代を迎えている。新世紀へ向けて地球上の人類が、さらなる希望と勇気のもてる未来社会の実現を期待したいところであるが、現実世界は楽観を許さない相変わらず厳しい状況にある。民族間紛争による虐殺、発展途上国における内乱と飢餓、核戦争の恐怖、自然環境の破壊等、人類の破滅につながるような悲劇の断絶は、依然として困難をきわめている。文明の進歩に伴い、人間の心(精神)も本当に進歩し成長したのか、疑問をもっても不思議ではない感じがしてならない。このような人類が生存の危機にまさに直面しているのではないかとさえ懸念される社会情勢の中で、とりわけこれからの新しい時代の担い手である子どもたちの教育は、さらに困難な事態へ遭遇しているとの見方が強い。
 わが国の児童・生徒が引き起こす、暴力行為、窃盗、性非行や薬物乱用、殺傷事件等の子どもの問題行動は、依然として止まるところを知らない事態がつづいている。人間としての倫理観の乏しい子どもたちの「心の荒廃」の蔓延化が進行しつつある。まさに、子どもの「心を失う危機」の時代と言っても決して過言ではない。同時に、この事態は学校教育の危機をも意味している。健全な心の成長を育むことが、本来の学校教育の第一の目標であるべきだが、その教育の成果は社会の期待に十分応えているとは言えない。わが国の学校教育のあらたな見直しの下に、「心の教育」の本格的な学校現場への導入に伴い、その実践への真剣な取り組みが緊急の課題であると認識している。
 このような子どもの教育への危機感がつのる内外の教育事情を背景に、全国で初めて誕生した「心の教育総合センター」は、「心の教育」を推進する公的機関として、平成10年4月に新設された。当センターは、「児童生徒の心の教育に関する今日的課題に対応して、調査・研究、研修、啓発を行なうとともに、児童生徒や保護者および教師等への教育相談活動への充実を図ること」を、主な業務として活動を開始している。
 本研究誌は、兵庫県下の小・中・高等学校の現職教員9名とセンターのスタッフによって構成された「心の教育開発研究委員会」が、昨年度につづき、本年度(12年度)の「心の教育授業実践」に関する研究の成果をまとめ公表したものである。「心の教育」実践を目標に、現在の教育課程の学校行事、特別活動、道徳教育およびLHR等の中に、どのような教材を使用しどのような授業内容ですすめたらよいのか、本委員会のメンバーは各自の現任校で、これらの課題へ熱心に取り組んでいる。現時点において、標準的なモデルとなる「心の教育」の授業プログラムは提示されていない。同委員会では、「心の教育」の授業実践プログラムの開発をねらいに、学校現場への「心の教育」の浸透を計り、その定着に向けての具体的な方策を検討している最中にある。「心の教育」の実践にかかわる基本的理念とその実践技法は、カウンセリングの理念とその技法に学ぶべき点が多いとするのが、同委員会のメンバーの共通理解である。それ故、本誌で紹介する「心の教育」授業実践の研究内容は、全校児童生徒を対象にした開発的学校カウンセリングの実践モデルの構築へも寄与するものと確信している。
 このような意図のもとに発刊された本誌の趣旨をご理解いただき、ご一読の上、いろいろご教示願えれば誠に幸いである。(2000年3月10日)

前のページ  心の教育授業実践研究(第2号) 目次