V 数学科における構成的グループ・エンカウンターの試み
                   明石市立明石商業高等学校 松下淑江

 要約

 県立教育研修所主催の「平成11年度 小・中・高等学校 実践に生かす開発的カウンセリング講座」を受講し、その中で指導をいただきながら、この機会に「やればできる、わかれば楽しい」ということを生徒達に体験させようと考えた。そのために、数学科において「等差数列」を指導するにあたり、構成的グループエンカウンターの手法を用い、目標を「信頼体験」、「自己理解」においたエクササイズを活用した。小学校の実践の例があったので、それを参考に高校生用にアレンジし、実行してみた。この活動を通して、友人との信頼関係が深まり、子ども達に「自己効力感」、「自己達成感」を感じさせることができたように思う。
 その結果、本試案を実施したクラスと、そうでないクラスとの定期考査の平均点 の単純な比較ではあるが、実施したクラスの点数に著しい伸びが認められた。授業中の雰囲気が活発だったクラスほど、よい結果であった。教師と生徒との関係もよくなり、信頼関係も深まったように思われる。そして、授業の中でも、活発に意見が飛び交うようになり、クラス全体の学力の伸びも顕著になった。さらに、今まで低得点しかとれなかった生徒の点数の伸びが著しい。その中には、数学に対する苦手意識をある程度克服し、数学が少し好きになった生徒もいる。そして、今までとは見違えるほど熱心に授業に取り組んでいる。
 今後は実施前と実施後の比較をとり、測定したり、筆者なりのエクササイズの開発に努めてみたい。

(1)学習計画
・対象 高校1年生 (商業科情報処理類型1クラス、一般類型7クラス(女子のみのクラス1あり))
・時間 数学Tの授業 2時間×2  ・場所 各HR教室
・目標 クラスの親和度を高め、数学への苦手意識を克服し、学習意欲を高める
         (等差数列の特徴と、一般項の公式、和の公式を理解する)
・準備物 プリント3枚(前半2時間)、3枚(後半2時間)

(2)指導案
  ・対象 高校1年生
・時間 数学Tの授業 2時間×2
  ・場所 各HR教室  
・本時の目標 協力しあって、スタディスキルを高める
  (等差数列の特徴と、一般項の公式を理解する)
・準備物 プリント3枚(前半2時間)、3枚(後半2時間)〔資料のプリントについては省略〕
・展開 (前半2時間)

1校時目

場面 活動内容 留意点
導入
(インストラクション)
・等差数列とは?→簡単に説明する。(No.14-(1)右上:略)
・本時のねらいをつかむ。
・練習問題に取り組む(No.14-(1)右下:略)
代表1名が、好きな数字を2つあげる。
その数字を使って、等差数列を作る。
・初項から第10項まで求める。
・第20項を求める。
・第100項を求める。
・一般項を求める。
・一斉に問題を解く(No.14-(2)Q2:略)
・各自練習問題に取り組む。(No.14-(2)Q3:略)
・全体でやったことを自分の選んだ数字でやってみる。
・グループで学習し、意見交換をする。


・できた者から提出し、3枚目のプリント(No.14-(3):略)に取り組む。
・提出されたプリントから適切な問題5題を選んで、出題者名と問題を黒板に書く。
・この時間の感想を発表しあう。
各自、自分のプリントに記入し、自分の課題として考えるようにする







全員が挑戦するのにふさわしい問題を教師が選んで、後で全員で解くことを確認しておく。


協力しやすいように、アドバイスをする




机間巡視して、1枚目の提出がまだの者があれば、時間内に提出するように促す。
展開
(エクササイズ゙)
まとめ
(シェアリング)



 2校時目

場面 活動内容 留意点
導入
(インストラクション)
・等差数列について知識を深める。
・本時のねらいをつかむ。
・ 前回提出した2枚目のプリント(No.14-(2):略)の確認をする。(フィードバック)
・ 選んだ出題者名と問題を黒板から書き写す。
・ クラスメイトの作った問題に挑戦しながら、意見交換をする。(No.14-(3)Q6:略)
・終了時に3枚目のプリント(No.14-(3):略)を提出する。
・この時間の感想を発表しあう。
3枚目のプリント(No14-(3)Q4,Q5:略)の問の解答をする。



机間巡視して、1題でも多く解くよう、意見交換するよう、アドバイスをする。


展開
(エクササイズ)
まとめ
(シェアリング)

 同じことを等差数列の和の公式を指導したときにも実施した(後半2時間、プリントNo.15-(2),(3))。進め方も問題もほとんど同じで、授業内容が進んだため、初項から第20項までの和を求める問題と初項から第95項までの和を求める問題を追加したのみである。
 各自、問題を作って相談しながら解くという作業を2回繰り返した。そして、等差数列の学習終了後、2学期中間考査を実施した。

(3)分析方法
 今回の授業を実施したクラスとそうでないクラス(通常通りの授業を実施したクラス)との定期考査の平均点の単純な比較と、個人の成績の推移を調べた。

(4)実践の内容
まず、等差数列について説明をし、生徒が挑戦するものと同じ問題を1題やった。数列に慣れるためと、各自が次の課題に積極的に取り組むということを確認するためである(インストラクション)。そして、生徒各自が自分の能力に合った問題を作り、解答した。一人ひとり問題が違うため挑戦せざるを得ないので全員が努力していた。ほとんどの生徒が真剣に取り組み、また解答まで至ったので「自己効力感」を感じたようだ。
 教師は、観察とプリント提出で進み具合を確認した。その際、解答のチェックはさっと済ませ、努力した点をほめるコメント(「難しい問題を考えたようだけど、解答するのが大変だったでしょう」等)を添えるように留意した。間違った場合はアドバイスをし、再度挑戦するように励ました。途中で、全員が挑戦するのにふさわしい問題を後ほど紹介することを伝えておいた。すると、その時点で、やる気になった生徒はさらに難易度の増した問題を作っていた。難しい問題を作りすぎて頭を抱えている生徒もいたが、解答し終えたときには「もう解きたくない」と言いつつも満足そうであった。
 そして、クラスの半数ぐらいの生徒が提出した頃を見計らって、クラスメイトの作った問題を5問選び、全員で挑戦した。その頃、早くでき上がった生徒がまだできていない生徒に教えたり、まだできていない生徒同士がお互いに協力して問題に取り組むよう小グループでの「信頼体験」の場を設定した。特に、数学が苦手だが早めに解けた生徒が率先して、まだ解答できていない生徒に教えてあげていたようである。その生徒達は頑張って自分が理解できたことを他の生徒に一所懸命に伝えていた。彼らは友達にわかってもらえてうれしかったことにより、自らの理解がより深まり、自信がついたようであった。そして、教え合ったもの同士の信頼感も深まったようであった。また、いつもと違って、自分なりに努力しないと問題はできないし、解答もできないとあって、より一所懸命に取り組んでいた。結果として、全員がある程度の「自己達成感」を感じたと思われる。1時間目は全員がプリントを仕上げるところまでであった。
 2時間目は、先に3枚目のプリントの進んだ問題を解答した後、2枚目のプリントを返却し、生徒各自が前時までの進み具合を確認(フィードバック)した。そして、再度各グループより選んだ問題を黒板に書き、全員がそれらの問題に挑戦した。挑戦する中で、あらためてクラスメイトの作った問題を確認し、問題の良いところを感じあった。自分と同じ数字を用いたクラスメイトがいたことに照れたり、自分が思いつかなかったような数字を用いた問題に驚いたりしていた。また、自分の問題が選ばれて恥ずかしい、でも認められてうれしいといった様子も見られた。本当は全員分を紹介したり、グループごとに解答をしながら感想を述べあったりしたかったのだが、時間の都合上、各グループからできるだけこの度の学習で関心や意欲の伸びが著しい生徒たちに指名した。
 最後に3枚目のプリントも提出させて、どれだけ定着したか、努力できたかの確認をした。この作業を等差数列の導入時と、和の公式の説明時の2回、繰り返して実施した。2回繰り返したことにより、学習の定着効果も上がったように思う。

(5)結果と考察

 表1:定期考査のクラス平均点の変化

  実施クラス(A:情報処理類型、 H,I:女子のみのクラス) 非実施
1学期中間 72.0 61.2 56.0 61.2 62.2 65.5 66.3 59.8 68.8
1学期期末 69.2 55.4 53.5 48.7 58.2 56.4 57.2 52.6 71.2
夏季課題 77.2 65.0 63.4 63.5 66.5 63.7 68.8 66.6 72.5
2学期中間 88.6 79.8 79.2 72.5 82.6 71.8 80.0 75.0 74.0

表2:個人の点数の変化(1学期中間、1学期期末、夏季課題、2学期中間の得点)

  1学期中間 1学期期末 夏季課題 2学期中間
32 14 33 69
36 26 55 85
24 21 47 69
26 6 27 46
22 21 47 64
28 27 30 71
24 4 30 35
24 5 12 58
16 28 36 67
12 12 30 72
18 42 36 76
36 14 41 70
20 26 58 78
30 18 24 90

注)全て百点満点のテスト。

 まず、クラス全体で見ると、非実施クラスは4回のテストの平均点にあまり変化がないのだが、今回実施したクラスはそれまでの3回のテストの平均点に比べて、2学期中間考査の平均点に10〜20点の伸びが見られる(表1)。授業中の雰囲気がより活発だったクラスほど伸びが大きい傾向にあるといえる(特にB、E、G)。また、数学科の他の単元において常にトップクラスであった非実施クラスを、ほとんどの実施クラスが平均点で上回っており、これは筆者自身も驚きであった。(表1:2学期中間考査において、非実施クラスより5点以上平均点の高いクラスを太字で示す)。
 人間関係が好転し、クラスの親和度が高まった(早くできた生徒ができていない生徒に教えたり、できていない生徒が早くできた生徒に質問したりし易くなり、席の前後で教え合った)ことによる効果があったのだろう。他の生徒が考えた問題に挑戦したときに、「自分は思いつきもしなかったのに、こんな問題も考えられるんだ」とか「今まで数学が苦手だったのに、ずいぶん考えたな」などと感じ、それを相手に伝えたり、そのことを全体の場に教師がシェアリングしたりして、「信頼体験」の場を設定したことがこのような結果に結びついたと思われる。
 次に、個人について見ると、良い点数を取っている生徒が多いが、一学期に特に学力が低かった者の著しい伸びが見られる(表2参照)。クラスの平均点以上とれた生徒もいる。おそらく彼らは今までは消極的にテストを受けていたと思われる。しかし、今回は授業中に自分の力で問題を作成し、解いているので、授業内容を理解し、積極的に学習できたのだろう。また、クラスメイトに自分が作成した問題について説明できたということも自信につながったのだろう。これらは「友人や先生のおかげですごくわかるようになった」という感想が多かったことからもうなづける。そのため、授業中も「やればできるんだ」の実感が持て、より集中度が増し、さらにテスト直前の勉強にも身が入り、高得点に結びついたと思われる。さらに、その後の授業を受ける姿勢にも変化がみられる。真剣に授業に取り組み、ノートをとったり、各自の課題に挑戦しているのである。今までとはまるで別人のように積極的に授業に参加している。
「やればできる、わかるって楽しいことなんだ」「問題を解くという楽しみを自分の中で発見できた」これらが実感できたことにより、苦手意識が変化し、意欲が高まってきているのであろう。生徒一人ひとりが、数学科における各自の理解度等を把握でき、スタディスキルが高まったためであろう。
 また、教科としての利点もある。プリントを提出してできたことを確認しているので、担当として期を逃さずに個別指導ができること、その時に教師−生徒間のリレーションも築けること、その場で生徒本人が間違いを修正できることなどがある。 その反面、自分の問題を解き終わると、意欲が途切れてしまったり、雑談に走ってしまう生徒もいる。こういった場合は、教科担任として、いわゆる「リーダー」として、個別に対応するように心がけた。
 今回残った課題は、まず教科担任として、「リーダー」としての資質を高めるということだと思う。教材研究を充分し、生徒の実態をくわしくつかみ、子ども達が少しでも数学に対して苦手意識を減らし、より教育効果の高いクラス作りをしていくためにも研修を重ねたい。また、本試案の効果の確認をどのような方法でしていけばよいかについても検討していきたい。さらに、学習する雰囲気作りのために、呼吸法などのリラクセーションを用いて準備をしておいた方がより効果的だったのではないかとも思う。
 初めての試みだったので、これからの修正が必要である。さらに、教科教育、開発的カウンセリング等の研修を積んでいきたいと思う。

参考文献
黒田俊郎 1999 数列の授業 横山正道(編)自費出版
品田笑子 1997 授業に生かすエンカウンター エンカウンターで学級が変わる−小学校編part2 国分康孝(編)図書文化社
安田典子 1997 2人で問題づくり エンカウンターで学級が変わる−小学校編part 2 国分康孝(編)図書文化社
安達紀子 1999 こんな形、作れるかな? エンカウンターで学級が変わる−小学校編part3 国分康孝(編)図書文化社
藤川 章 1997 エンカウンターを教科指導に活用 エンカウンターで学級が変わる−中学校編part2 国分康孝(編)図書文化社
和田倫明 1999 エンカウンターで授業が変わる エンカウンターで学級が変わる− 高等学校編 国分康孝(編)図書文化社 白石紳一 1998 スタディスキルを高める数学 学級担任のための育てるカウンセリング全書第10巻 国分康孝(編)図書文化社
品田笑子 1998 楽しい体験・できる体験 学級担任のための育てるカウンセリング 全書第4巻 国分康孝(編)図書文化社

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