T ニュー・カウンセリングを通した保健学習の一試案
尼崎市立園田東小学校 斎藤直子
要 約
小学校の養護教諭として、保健指導とからめたニュー・カウンセリング(伊東,1983)を試みた。学級活動の時間に位置づけ、単時間で実施した。コンピュータソフト(筆者作)により、からだの内臓についての名前や位置、働きをグループごとに学習。その後、自分自身や友だちのからだに直接触れながら、脈や心音など『生きているからだ』に直接触れた。そのことにより、コンピュータで学習した人のからだを、『自分のからだ』のこととして実感できた。児童からは「からだのいろいろなところで、脈がわかった。」とか、「○○くんの背中から音が聞こえた」等、多くの驚きや感動の声が聞かれた。 今回の実践で、児童は、人のからだについて、そのしくみや働きを知り、重要性を認識した。そのうえで、児童が実際に自分や友だちのからだに触れるということで、 『生きているからだ』、『大切なからだ』に気づくことができた。このことにより、生命尊重への基盤作りにも有効であったと思われる。これからも今回の実践を生かし、さらに研修を積み、心の教育を深めていきたい。 |
1 学習計画
(1)教育課程としての位置づけ
小学校学習指導要領 第4章 特別活動2−A
{(2) 日常の生活や学習への適応及び健康や安全に関すること。希望や目標をもって生きる態度の形成、基本的な生活習慣の形成、望ましい人間関係の育成、学校図書館の利用、心身ともに健康で安全な生活態度の形成、学校給食と望ましい食習慣の形成など}
(2)学習計画
@ 題材 『大切なからだ』
A 対象
2年1組 40名(男子 17名 女子 23名)
3年1組 38名(男子 25名 女子 13名)
4年1組 38名(男子 24名 女子 14名)
5年2組
23名(男子 13名 女子 10名)
B 題材目標・胸部、腹部にある主な内臓の名前や位置、働きが理解できる。
・脈や心音などを感じることで、生きているからだに気づく。
・自分や他人のからだを大切にすることができる
C 準備物 エプロンシアター、コンピュータ
学習用ソフト(ミスターないぞうくん、低・高学年用)
D 展開
子どもの活動 | 子どもの思い | 支援と指導上の留意点 |
1)課題把握 ・自分のからだのなかには、何がはいってるのだろう 2)調べ学習 ・コンピュータを使いグループで考える ・理解できないことや質問等は先生に質問しながら進める。 3)学習のまとめ ・自分の友達のからだに触れながら、内臓の名前や位置、働きを確認する。 ・自分や友だちのからだに触れながら、内臓の動きを感じ、音を聞き生きているからだを実感し、からだの大切さについて考える。 |
・何がはいっているのだろう ・これはなんだろう ・なるほどそうだったのか ・内臓の様子が分かった ・いろいろな内臓があるんだな ・動いてる!! ・音が聞こえる!! ・内臓は、人のからだに大切なんだな。 ・人のからだって、すごいなあ。 |
・子どもが意欲を持てるような支援の言葉 コンピューターの使用環境を整え、使用方法確認 ・分かりづらい子どもへ個々への支援 ・ヘルプサインへの対応 ・エプロンシアターを用い学級全体で本時の内容をおさえる。 ・いやがるなどの反応を示している児童はいないか注意する。 ・自分や友だちのからだを通して、『生きているからだ』、『からだの大切さ』を実感できるような雰囲気づくりに努める。 |
2 学習活動の経過
〈児童の様子〉
写真@
コンピュータを活用した人の内臓についての調べ学習。クラスの人数により、2〜4人のグループになりすすめた。
児童はグループ毎に学習を進められるので、自分たちのペースで、楽しみながら学習に取り組めた。
「ドキドキしてるのは、心臓。このあたりやろ。」
「肝臓ってこんな働きしてるんか。」
等々、積極的に学習に参加している言葉が聞かれた。
写真A
筆者手作りの人の内臓をかたどったエプロンシアターを用い、コンピュータから児童が得た知識を、クラス全員で確認した。
エプロンシアターの利用では、指導者と児童が、直接触れ合いながら説明した。
「ぼくにもこんなの(内臓)あるの?」 「
働きやったら、もっと知ってるよ。」
等々、人のからだに関する様々な意見が聞かれた。
写真BC
コンピュータの画面やエプロンシアターで観た内臓が、自分や友だちのからだのことであるということを、実際に自分や友だちの脈や心音などを直に触れたり、聞いたりして実感した。ビジュアルな情報があふれ、遊びもテレビゲームに代表されるバーチャルになっている児童にとって、友だちと直にからだとからだが触れ合うという機会は減っている。触れ合うことに 拒否感を覚える子もいるのではないかと懸念し、注意を払ったが、どの子も嬉々として触れ合っていた。教室のあちこちから、
「わー、ほんまに聞こえるわ。」 「いろんな音がしてるよ。」
「すごい。初めて聞いた。」 「ここでも動いてる。(脈)」
等々、実際に生きているからだから感じた、様々な驚きや感動の言葉が、にぎやかに教室をとび交った。
3 分析方法
(1)内臓の名前や位置、働きについての理解度
指導前後に、主な内臓の名前や位置、働きについて質問するプリント(参考資料@) を実施。(指導前のプリントは指導日の前日、指導後のプリントは指導日の1週間後に 実施。)
(参考資料@・尼崎市園田地区養護教諭研究会作)
(2)「からだの大切さ」に対する意識について
指導前後に、参考資料AのP−Fスタディを実施。
{実施日は(1)のプリントと同じ}
(参考資料A・筆者作)
4 結果と考察
(1)内臓の名前や位置、働きについての理解度
表1の結果から、指導前より、指導後の正答率が高く、指導の成果がみられた。
表1
(一人あたりのプリント正答率を平均したもの 実施人数139名)
実施前は、内臓についての正答率は平均約35%であった(2年生28%、3年生36% 4年生32% 5年生34%)。実施1週間後に行った結果では、平均約80%(2年生87% 3年生79% 4年生77% 5年生77%)に正答率が上がった。なかでも、2年生が28%から87%に正答率が上がり、他の学年と比べても1番高率であった。これは学習の次の日に内科検診があり、児童が検診を実際に受けることで、学習の内容をより一層理解できたためと思われる。児童にとって、自らのからだで感じ、体験することの重要性が、この結果からもうかがえる。
(2)からだに対する意識について
表2 (参考資料のP−Fスタディの回答比率 実施人数99名)
指導者の主観で、児童が記入した言動を、暴力的な言動と非暴力的な言動に分けた。
表2の結果から、学習前と比較して、学習後では、非暴力的な言動を記入する児童が増え、自分や友だちなど、人のからだを大切に思う意識が芽生えていると思われる。
◇回答例 暴力的な言動
・なぐる・ける
・「やめーや、ドロボー。死ね。」
・「お前からいったんだぞ、けがをしてもお前が悪いんだぞ」
・「ころす!」
◇回答例 非暴力的な言動
・にげる
・「やめてよ。」
・「あなたのほうが悪いんだから、そんなことしないで。」
・「けんかなんかこわくてできない。」
P−Fスタディは学年の実情にあわせ、3・4・5年生に行ったが、学年によるデータの差は3%前後と、ほぼ同じような結果になった。テレビゲームで、格闘や戦闘をバーチャル体験している児童にとって、自分のじゃまをする相手は、力で倒すものという意識が、日常でもみられる。(自分の思い通りにならないと、言葉で言うより先に殴っ たり、蹴ったりする)
しかし、学習後の回答では、
・(やばそうだったら)先生をよびにいく。
・「けがをしたら大変だから、けんかはいや。」
・「けんかなんてしてもいいことない。」
・「ちゃんと話を聞いて。」
というように感情だけでなく、状況を考え、自分のからだを守ろうとする言動が記入されていた。
保健室の統計からも、学習後には、友だちにけがをさせられたケースが、学習していなかった昨年度と比べると、※激減した。(※担任がかわったり、児童自身成長したり、同じ条件のもとで比べたものではない)
これらの結果から、児童たちは、からだは大切なもの、自分や友だちのからだはテレビゲームとは違い、『生きているからだ』だと感じ、『からだは大切』だということが 実感できたものと考えられる。
〈児童の感想〉
「Aくんのせなかで、ザワザワ音がしていた。人のからだは、なんだかすごいと思った。」(2年生男子)
「からだのことで、知らなかったことまでわかった。わたしの知らないところで、いろんなことがかってにされてるなんて、ふしぎなかんじがした。」(3年生女子)
「今日べんきょうしたことは、ないぞうがどこにあるかしらべたことです。Bくんのせな
かに耳をあてたら、おもしろい音がしました。とってもたのしかったです。」
(3年生男子)
「せ中でいろんな音がしていると、Aちゃんが言った。わたしは生きていると思った。」(4年生女子)
「人間のからだのことがよくわかった。せ中で耳をすますとザワザワしている。しんぞうとかのいちもわかった。とてもいい勉強になった。」(4年生男子)
「前から、い・はい・しんぞうがあったことはしっていました。でもいはたべものをしょうかするところぐらいしかしりませんでした。コンピューターで体のことをべんきょうしたのは、はじめてで、いままで、きいたこともないようなことをしりました。体が大事ということもほん当によくわかりました。」(4年生女子)
「心臓がドキドキしているのは、当たり前だと思っていた。でもいろんな内臓が、ぼくのからだの中にはある。ぼくのからだはいろいろな生命が宿った小宇宙のようだ。」(5年生男子)
5 今後の課題
従来から養護教諭は、保健室に来る子どもとの個別のケア的なカウンセリングは行ってきた。しかし個人の対応だけでは、解決しない問題や事前に予防できたのではないかと思われるケースも多々ある。このようなケースに出会うたび、開発的カウンセリングの充実が望まれてならない。ここでの試案は、県立教育研修所の「平成11年度 実践に生かす開発的カウンセリング講座」の中で指導を受けながら、まとめたものであり、今後とも指導を仰ぎたい。
間近に総合的な学習の導入をひかえ、これからは教科やクラスなどの枠が柔軟になる傾向にある。これからもさらに研修を積み、子どもたちが無理なく自然に、「自己への気づき」ができるよう支援していくための、養護教諭という専門性を生かした実践を積み重ねていきたい。
文献
伊東 博 1983 ニュー・カウンセリング 誠信書房
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