U 高校生へのなぐり描き法、見つけ遊び、お話作りによる体験授業の試み−表面だけではない自分・他者との出会いを目指して−
                             兵庫県立明石南高等学校 中村忠生
要旨

 高校生の表面の自分と内面の自分との違和感による学校生活の困難に開発的、予防的に取り組みたい。そこで、なぐり描き、見つけ遊び、お話作り、発表会による全2時間の授業を試み、授業効果を分析した。結果、生徒の感想では、困難と抵抗も感じつつ、和やかに楽しめており、事例研究ではこだわりが低まり、見つけ遊びとお話作りが自然に関連づいたことなどを得、心理検査では自己効力感で対象群と比較して体験群が有意に上昇した。投影法としての留意を要するが、本授業が「心の教育」として自分の内面に働きかけ、創作課題に統合できる達成感を与えること効果があると考えられる。


はじめに
 昨今の高等学校教育現場のある者として抱える問題は多岐にわたるが、とりわけ不登校に至る過程の中で、言わば内面の自分と表面の自分との違和感をどこかで感じながら、その言語化の機会を逸し、心身症を経て不登校に至る例がある。内面の自分と表面の自分との言語による融和を図ることが治療的であると思われてならない。「心の教育」の授業実践でも、内面の自分としての投影的なイメージをもとに、その言語化によって現実的な場面との融和を図ることは、先の不登校の予防的側面のみならず、開発的な内面の自分と表面の自分との行き来の訓練として研究の意義は大いにあると考えられれる。
  そこで今般筆者が授業に取り上げた技法は、古くはNaumburg(1966)による治療技法への応用に始まり、市橋(1984)が風景構成法との比較において論じたものである。すなわち、市橋によれば、なぐり描き法は「紙に自由に線を描きなぐらせ、ついで何らかのものの形が見えないかを問い、答えを待って彩具を与え絵画を完成させ、その解説を求めるもので投影的誘導法であり、治療的関与として優れ、治療者は庇護的、指示的態度で見守るもの」としている。このなぐり描き法と補完的な風景構成法とともに筆者らが、主として教師を対象としたファンタジーセラピー体験の研修会で採り上げ(中村,1998)、現在では、相互なぐり描き描法(MSSM)として広く治療場面で採り上げられている(山中,1999)。
  高校生に対して筆者は、「国語表現」の授業で風景構成法と共に集団で施行しては来ているが研究としては授業を導入とした教育相談事例研究に留まっている(中村,1991)。今般先に示した問題意識に対応する技法として「心の教育」の観点から授業実践とその効果を研究考察する。

1 授業の指導案
(1)対象    2年生
(2)単元名   なぐり描き法による見つけ遊びとお話作り
(3)単元の目標 なぐり描きで見つめた自分の内面を見つけ遊びで外面化することを体験する。お話作りと発表会で創造、構成すること、共感することを体験する。
(4)指導計画  全2時間          
1時間目   こころのアンケート、なぐり描き法、見つけ遊び、お話作り
2時間目   グループごとでの発表会、感想文、心のアンケート
(5)準備    アンケート形式の心理検査用紙   クレヨンなどの描画用具、A4用紙2枚、サインペン、鉛筆 (用紙以外はできるだけ各自で用意させる)
(6)展開  表1に示す。

表1 授業展開

場面 活動内容 留意点
ねらいと説明
こころのアンケート
用紙の枠付け
なぐり描き
見つけ遊び

お話作り
発表会

感想文及びこころのアンケート
単元の目標の簡単な説明を受ける。
こころのアンケート記入。

配布された用紙を縁取りし、枠付けとする。
サインペンで用紙になぐり描きを施す。
なぐり描きの中で見えるものを見つけ彩色する。
2枚の用紙を前後として、彩色したものを自由に使って簡単なお話を創作する。
グループごとに各自の創作したお話を発表する。
感想文及びこころのアンケート記入
過度の緊張を与えないように留意する。
記入漏れのないように留意する。
縁取りに切れ目が無いように留意する。
板書で説明する。
適宜、補助する。

自由に創作していいことを適宜再確認する。
受容的な雰囲気作りに留意する。

正直に記入できるように留意するとともに記入漏れのないように留意する。

2 授業効果の分析方法
 都市部の県立普通科高校2年生1クラスで、授業を実施した。(男16名女23名計39名)分析の方法は、生徒作品、感想文、及びこころのアンケートによる。比較群1クラス(男18名女22名計40名)は通常授業が行われた。両群とも授業の前後に、自己効力感調査11項目、自己肯定度インベントリー25項目、日本版STAI状態不安尺度20項目が実施された。アンケートのデータ処理は、前後の資料がそろっているもののみで行った。

3 授業実践
(1)第1時間目
@ 日時 199x年12月4日
A 概要

 まず、単元の目標説明、こころのアンケートを記入させた。 その後、用紙を配布し、サインペンで用紙の縁取りをさせ、枠付けとした。(本法は主として中井久夫(1970)の「枠付けすると、その内部が充実し、形態も明瞭になり、描画しやすくなる」という考えに基づいて実施している。)その後、板書によってなぐり描きを実際に示し、2枚とも実施させた。
  更に、見つけ遊びとしてなぐり描きの中から見えるものを少なくとも3つ見つけて鉛筆で画面に書かせるとともにクレヨンなどで描画させる。見つけにくい生徒には筆者が机間巡視中に手伝うこととした。
  最後に2枚の用紙を先に書いたものをA、後に書いたものをBとして、見つけたものを自由に使って、AからBに展開する簡単なお話を創作させ、用紙Aの裏に書かせた。

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  写真1 授業風景


(2)第2時間目
@ 日時199x年12月6日
A 概要

 生徒によって前時の課題の完成に時間差があり、ここで時間調整し、座席で近隣の者同士でグループ分けし、各自のお話を発表させた。この間、筆者は促進者として受容的に各生徒に関わりながら、発表を促した。発表後は拍手などのねぎらいの指導もした。
 最後に、感想文、こころのアンケートを記入させた。

4 授業効果分析結果
(1)生徒の感想の分析結果
@ 他者に対する関心

(様子の観察と作品に対する関心及び全体の雰囲気の意識)(13)
みんな恥ずかしそうだった。
周りの人の様子がおもしろかった。
人によって色々見え方があっておもしろかった。(2)
みんなよい話で童話を聞いているみたいだった。(2)
友人の発表が面白かった。どうして思い付くのかと思った。
和んだ雰囲気でよかった。
クラスが一段とまとまったように思う。
A 楽しめた。
(肯定的関心と想像力の深化)(18)
面白かった。楽しかった。(11)
考えるのが楽しかった。
一つの言葉から話が広がっていくのは楽しかった。(2)
話をしながら浮かんできてよかった。
自分の世界ができて楽しかった。(2)
想像力が豊かになった気がする。
B 困難を感じた。
(授業の目的に対する戸惑いと自身の発想に対する困難の意識及び自分の内面を開示することへの抵抗)(18)
わけがわからんかった。(2)
難しかった(6)
自分で考えるのは難しい。
頭が硬いので苦手だ。
感性がないのでつらかった。(2)
もっと想像力が要ると思った。(2)
発表するのは恥ずかしい。(2)
みんなの前でやるのは恥ずかしいけど、少ない人数ならまだましだ。
普段自分の見せない内面的なものをさらけ出したみたいで恥ずかしかった。
C 過去の経験との比較 (傍観と再体験)(3)
もっと小さい頃は色々見えただろう。
小学生に戻ったようだった。
絵を描いている自分が幼いなと思った。
D 関心なし
何とも言えない。
記述なし。(2)


2)事例研究の結果
@ D君
ア 作品

 写真2で示す。

イ お話
 眼鏡をかけるとみんなの顔が魚に見えた。その魚が海で泳いでいるとヨットがやってきた。海には月が映っていた。

ウ 心理検査の結果  
表2に示す。

エ 性格と本授業の感想、意義
 自分は大体おっとりとした性格である。一方で細かいこと(身の回りのものをどこに置くかなど)にこだわるところがある。見つけ遊びでは最初不要な線が気になってできなかったが、先生に手伝ってもらって、そんなことにこだわらなくてもよいことがわかり、ほっとした。色は見えたものが塗るほどのものではなかったので、塗らなかった。お話作りは苦手。創作は以前から苦手である。発表会では何事もなかったように終わった。全体としてはできるのかなと思っていたが無事できたのでよかった。

A Mさん
ア 作品
 
写真2で示す。
イ お話
 ピエロが踊っていました。音楽に合わせて踊っていました。靴が落ちているのを見つけました。ピエロは落とし主を捜すことにしました。ピエロは車で落とし主を捜すことにしました。途中踊っている人々によって道が通行止めになっていました。しかたがないのでピエロは車を降りて、パーマンのヘルメットを使って空から踊っている人々を見てみることにしました。その中に一人片足に靴を履いていない女の人が踊っていました。ピエロは落とし主を見つけることができました。
写真2 左がD君、右がMさん
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ウ 心理検査の結果
 表2に示す。

エ 性格と本授業の感想、意義
 自分は普段は元気で声も大きく、明るい性格である。今回の課題は楽しかった。最初のなぐり描きは思いっきりできた。見つけ遊びは自然に見えたので楽しかった。お話作りでは見つけ遊びで見つけたものを使って作るというのではなく、お話を作っていくと必要なものが自然にそこにあったという感じでできた。その後の心境の変化はそう意識していない。
表2 D君とMさんの心理検査の結果

項目 対象 授業実施前(A) 授業実施後(B) 変化(B)-(A)
自己効力感 D君 31 29 -2
Mさん 27 25 -2
自己肯定度 D君 68 72 4
Mさん 62 54 -8
日本版STAI D君 43 42 -1
状態不安尺度 Mさん 42 62 20

(3)各心理検査の統計的処理による結果と分析  
表3に示す。

表3 各心理検査の結果と分析

項目 授業体験の有無()内は人数 授業実施前(A) 授業実施後(B) 変化(B)-(A)
自己効力感 体験群(38) 25.82 27.47 1.65**
比較群(34) 26.97 27.44 0.47
自己肯定度 体験群(38) 57.23 58.68 1.45*
比較群(34) 62.94 63.29 0.33+
日本版STAI 体験群(37) 49.30 46.24 -3.06
状態不安尺度 比較群(33) 45.33 4464 -0.69

注 t検定による。 +は統計的に傾向のある変化である。(+:p0.1) * 及び**は統計的に有意な変化である。( *:p0.05 **:p0.01 )なお自己効力感のみ分散分析で体験群と比較群との間で交互作用が見られた。(p0.05)

4 考察
(1)生徒の感想の分析から

 「楽しめた」と「困難を感じた」のが同数であり、楽しい反面、自分の内面を表面化する困難や抵抗が考えられる。「楽しめた」では、自由に想像力を発揮できることや、自然にそうできる楽しさが述べられ、内面の自分に自然に出会うことの楽しみが得られたのではないかと思われる。一方、「困難を感じた」は自分の内面に出会うことへの抵抗や内面から投影的に取り出したもの他者に見せることへの抵抗であり、このような感想も内面の自分を守るという意味では正当な反応だと考えられる。本授業の実践においては、なぐり描き描法が投影的誘導法であることに関わる留意が必要であろう。そのためには投影の内容に留意しなければならない。また、先に述べた枠の問題に関わるが、枠の存在によって、なぐり描きにおいても集中力が増すことが考えられ、授業参加に促進的ではあるが、内面的なものが出過ぎるとの感想は留意を要する。市橋(1984)も危険な投影が濃厚に予想されるときは枠付けしないほうがよいとしている。筆者としては一般の生徒は元より、かなりの心の問題を持つ生徒にあっても枠は保護的であるとの印象を持っている。さらに、本感想を述べた生徒に関しては、特に心理的な問題はその後生じておらず、危険な投影についても問題を感じてはいない。
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 図1 生徒の感想を含めた本授業体験による基本要素

 「他者に対する関心」でわかるように、自分はうまくできなくても他者の発表によって、防衛的でない和やかな雰囲気を感じ取り、指導者の手助けと共に生徒間でも他者の導きで自己表現の楽しさがあることだけでも感じることができていると思われる。このことは、即時的ではないが、今後の自身の自己表現の動機づけにもなると思われる。    「過去の経験との比較」の感想もあり、幼い頃の自分に帰って、他者に対する防衛を取り払って、素直に自己表現できつつあることやそこまで至らなくてもそれを望んでいることを窺わせる。傳田(1995)は、非言語的アプローチでは悪性の退行を防ぎ、治療者に直接向けられる攻撃性や依存の感情がまず作品に表され、自分への気づきと共に自我のまとまりの一助になり得るとしている。ここでも、枠付けその他自由で保護的な空間で、言わば、攻撃や依存の感情を招きにくい、言わば安心できる退行により、過去の自分にも出会えていることが考えられ、それを高等学校の授業の形態という現在に統合していることを思わせ、自我のまとまりに向かうものと思われる。実際、筆者への攻撃や依存の感情(具体的には、言葉遣いが乱暴になったり、馴れ馴れしくなったりなどで示されよう)は向けられていないと思われる。
 全体として生徒の感想からわかる本授業の基本要素として、図1の如く、課題の達成に至るまでに体験し得るものと考えられる。また、指導者の関わりも同図に示した要素が考えられる。

(2)事例研究から  
 D君は、少し堅い印象が薄れたので個別の時間を取った。
 こだわりが不要であるとの安心感は与えられ得たことを思わせる。和やかな雰囲気にもつながるのではないか。本来、柔和な生徒であるが、防衛からか強迫的な性格も持っていたので堅い印象を与えたが、それが本授業での筆者との関わりによって、防衛がいくらか解け、安心感を得て、堅い印象が薄れたと筆者には映ったのではないだろうか。いずれにしても、授業中の援助の必要性とその効果を示唆するものであろう。
 Mさんは状態不安尺度の極端な上昇を見て個別の時間を取った。
 見つけ遊びでものが自然に見えるなど感受性を感じさせる生徒であり、期末テスト前日という授業後の心理検査の日程が状態不安に大きく影響したものとも思われる。一方で、お話作りにおいては、自然に見つけたものとお話とが合致していくなど内面の自分と表面の自分が見事に統合されていくことを思わせる発言があり、授業の十分な成果に対する手応えも強く、その疲れが各種心理検査に影響したことも思わせる。十分な事後指導の必要性を示唆するものである。

(3)心理検査の結果分析から
@自己効力感

 自己効力感は分散分析によれば、体験群において有意に上がっているのに対し、比較群においては変化がなかった。このことは、本授業によって、何かをやり遂げた、参加できたという達成感はあったと考えられる一方、対象群の発問などを中心とした授業ではこのような効果は見られなかったと考えられる。したがって、本授業が、なぐり描き、見つけ遊び、お話作り、発表会による級友の受容と4段階に渡り、しかも、内面の自分と、授業という外面的な枠組みとの統合を果たしたという活動による達成感が一般の授業に比較して、感じられることが考えられる。
A自己肯定度インベントリー
 分散分析によれば、体験群と比較群との間の交互作用でも有意な差は認められなかった。元々体験群と比較群との差は大きく、授業後もその傾向は変わらなかった。(主効果における多重比較は有意な差があったp0.01)また、本授業でなくとも、比較群においても授業前後で上昇する傾向を持った。(主効果における多重比較は有意な差があった p<0.05)
 コラージュ体験において、荻野(1999)は、本インベントリーで4領域(一般的自己、仲間関係での自己、家庭場面での自己、学校場面での自己)のうち、一般的自己のみの有意差が有ることを指摘し、本インベントリーが多様な自己を領域としているのが窺える。ここではクラス編成の都合や時間割上での比較群の設定の都合もあり、多様な領域での自己を比較群で統制し得ず、比較にならなかったように思われる。また、日頃の指導法や教師の関わりによって、半年を過ぎる頃からクラス独自の雰囲気もでき、そのこととも関連あるものと思われる。
B状態不安  
 状態不安では、特に体験群の得点の平均値は下がっており、授業によって授業場面の不安傾向が小さくなる傾向を持つものだと考えられる。分散分析では体験群と比較群との間の交互作用に有意な差はなく、両群とも授業実施前に比べて得点の平均が低下していた。(主効果における多重比較は有意な差があったp0.05)したがって、本授業だけの効果とは言いきれないが、少なくとも日頃の授業以上に不安を与えるものではないということを思わせるものである。また、比較群においても筆者の日頃の授業により、発問と指名、発表内容の受け入れにおいて何らかの影響は考えられるだろう。

(4) 授業の留意点
 先にも述べたように本授業では投影的誘導法であり、生徒の学習活動は自由であり、効果的ではあるが、危険な投影の可能性もあり留意が必要である。指導者に可能な具体的留意点についてその意義を考察しておくことは重要であると考えられる。
@枠付けを守りとする
 市橋(1984)は治療関係が成立しない状況で施行するのは危険であるとし、治療者の庇 護的、指示的態度を重視している。一方、後藤(1984)は枠付け法が危険だといわれる場合があるのは無理強いしてはいけないということに関してであり、枠付けそのものではないとしている。中村(1991)でも、枠付けは自由画に際して保護的であった。集団で施行する形態となる授業では、授業者としての保護的態度の象徴としての枠付けは重要であると考えられる。すなわち、明確に指示した上で切れ目なく枠付けさせて枠の存在を意識させることが重要である。
A彩具の使用について
 中村(1991)では、なぐり描きに際してサインペンを使用せず、ボールペンを使用した 事例があった。描画は当然硬い印象のものになる。授業時には彩具による防衛によって、個人の教育相談に発展し得たとも考えられる。生徒との継続的な関係を崩さないためにも、彩具においても無理強いしないようにしたい。
B見つけ遊び
 市橋(1984)は、なぐり描きの投影は自由連想的にイメージが発展せず、危険な投影が 急展開するのを一回ずつ引き戻し、時熟を待つのが安全な理由としている。この指摘は重要で授業での応用の留意点を示している。すなわち、留意点として、見つけ遊びで手伝う場合は投影が自由連想的になるので想起するものの健康度に留意すること、投影の自由連想を促す相互なぐり描き法にならないように個人の活動とすること、無理強いしないなどが挙げられる。
Cお話作りに関して
 グループ分けに際して日頃の対人関係に留意しあまり知らない相手に自分をさらけ出す印象を生徒に持たせないようにする。また、生徒に連想を促すことのないように、解釈をしないよう、シェアリング時に留意する。
D授業後の留意
 授業終了時には本時での体験を他に持ち出さないようにイメージの払拭を促すなど授業の終了を授業時間なり教室を枠として意識させることが考えられる。また、それでも授業後に持ち越した気持ちについて教育相談で対応することを告げ、安心感を与えること。最後に蛇足めくが、より長期にわたる観察を怠らないなどが留意点として挙げられる。

(5)総合考察
 荻野(1992)は青年中期の危機と平穏の臨床像を描画から検討し、表面上の平穏と裏側の危機を指摘している。本授業では授業という枠組みを守りながら、自分を見つめるとともに自分の中のこだわりが解消に向かい、安心感を得ていると考えられる。また、表面上の自分を象徴する言葉と裏側の危機を含むなぐり描きによって誘導された自分の内面をお話作りでより自然に、やらされた、あるいははめられたという感じを与えることなく、統合させることができたと思われる。それは、状態不安を高めることがないことでも示される。一連の課題は、どれもやり終えることで達成感があるものと考えられる。それは、授業前に比して生徒の自己効力感は有意に高まり、一般の授業に比較しても達成感が得られた授業であることで示されている。その際、指導者側の留意点が指摘される。また、生徒の感想では、クラスの和やかになる雰囲気も指摘されており、既に述べた安心できる退行とあいまって、クラスでの和やかな対人関係の促進をもって、生徒指導上も集団指導としても開発的予防的な効果が期待されてもよいように思われる。更に、指導者の教科が国語であれば創作課題を中心に見て、「国語表現」あるいは「国語T、U、現代文」の表現領域としての年間計画に組み入れることも考え得る。あるいは授業の重点の置き方によっては、芸術、保健体育、公民などの教科においても同様であろう。
  「心の教育」という観点から考えて、今後このような授業が、高校生の問題行動や不登校の予防など、開発的な生徒指導の要素を含んだ教科指導あるいは特別活動として、計画的に授業形態の枠組みに採り入れられることが期待される。

5 問題
 先の枠の問題を含めて、本法を授業実践で使用する場合の限界をより明確かつ分析的に、指導者に示す必要があるが、今回の心理検査の分析以外には果せていないのが現状である。また、治療的な視点からの事例研究としての限界の考察もいまだできていない。

6 今後の課題
 本実践では、授業時数やテスト前という実施時期の関係から、なぐり描き描法のみを授業に採り入れたが、市橋(1984)の指摘にあるように、診断的、状態把握的な風景構成法との補完によって、なぐり描き描法の本来の指導者としての関与性が生かされると考えられる2。また、先の問題も風景構成法を先に施行することで生徒の状況を把握し、危険回避は可能であろう。本来筆者らは、両描法を組み合わせてのワークショップでの施行を経験しており、今後、機会があれば、風景構成法をも使用して単独、種々組み合わせで授業実践し、その効果を限界を含めて分析したい。

おわりに
 Moore(1996)は心の教育を「魂の再発見」ととらえており、魂とはJungやHillmanが建設的な意味合いで発展させた言葉で、Jungの言葉によって日常の経験を心に深く刻まれるところとした上で、その再発見に向けた取り組みについて人間の情緒、経験をすべての範囲にわたって生きることを強調している。このことは筆者にとっても示唆的である。これまでの教育の範囲に増して更に教育の範囲を心の領域まで広げる試みこそが「心の教育」としての研究であったように思われるからである。更に現実の学校臨床の中で「心の教育」での授業実践がどのように機能しうるものか研究を続けたく思う。 最後になったが、本実践及び論文の作成にあたり、多大のご指導とご配慮を賜った、当該校、心の教育総合センターの先生方はじめ、諸先生に深甚の謝意を表する次第である。また、本実践にあたり、生徒諸君の積極的な取り組みに対する労いの言葉をもって擱筆したい。

引用文献
傳田健三 1995 非言語的アプローチ pp255-256 青木省三清水將之編 青年期の精神医学   金剛出版
後藤佳珠 1984 「風景構成法(中井、1970年)」と「イメージ造形技法」を主とする心理 療法過程への適応 pp197 山中康裕編 中井久夫著作集別巻風景構成法 岩崎学術出版社
市橋秀夫 1984 他技法との比較 pp156-161 山中康裕編 中井久夫著作集別巻風景構成法 岩崎学術出版社
細木照敏・中井久夫・大森淑子・高橋直美 1971 多面的HTP法の試み 芸術療法三号
Moore,T 1996 The Education of the Heart pp11-13 HarperCollins Publishers
中井久夫 1970 精神分裂病者の精神療法における絵画の使用について 芸術療法二号
中村忠生 1991 場面緘黙生徒の心理治療に関する一考察−教育相談としての絵画での関わりを通して− pp15-23 日本学校教育相談学会研究紀要創刊号 日本学校教育相談学会
中村忠生 1998 ファンタジーワークショップの理論と実践−正受庵カウンセリング研究会の10年を通した意味付けの試み− pp18-23 CounselingNo52 兵庫県カウンセリング協会
Naumburg,M 1966 Dynamically Oriented Art Therapy Its Principles and Practice Grume&Stratton
荻野正廣 1992 風景構成法から見た高校生の心理的特徴について生徒理解のための縦断的事例研究 pp202-203 日本心理臨床学会第11回大会発表論文集 日本心理臨床学会
荻野正廣 1999 自己啓発・自己理解としてのコラージュ体験授業 pp106 心の教育実践研究第1号 心の教育総合センター
山中康裕 1999 心理臨床と表現療法 金剛出版

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