T 高校生への「生と死をみつめる授業」
                          兵庫県立芦屋南高等学校  上野仁史


要旨

本研究は、高校生を対象にした「生と死をみつめる教育」の実践的取り組みである。現在、「生と死」をめぐる青少年の事件がよく問題となっている。「死」をしっかりとみつめることが「よりよく生きる」という意識を育むと考え、本校では先駆的な取り組みをおこなった。結果としては、この教育の実践が生徒に「生きることのすばらしさ」や「命の大切さ」を気づかせる契機となったことが統計的な分析から明らかになった。この教育の実践が、生徒の「心の教育」に大きくつながったと考える。

はじめに
 高校生を含め青少年の多くは人生の次の段階を見込んで、現在の段階を過ごすことが多い。そのために高校現場では進路ホームルームや講演会を各学年で計画的に実施している。また、誰にとっても住みやすい社会づくりを目指すという目的で、年間計画に組み込まれているホームルームや講演会としては人権学習がある。これらの特別活動は、「よりよく生きる」ということを高校生に考えさせる契機となっている。
 しかし、そのような生活の中で誰にも確実に訪れる「死」というものを一体どれくらいの生徒が意識しているのだろうか。中川(1982)は「20世紀になってからの死は『禁じられた死』。隠しているだけに、よけい怖くなっている。情報のないときがいちばん怖い。」 と指摘している。そして、「死への準備教育」に対する学校現場での取り組みについて、Alfons Deeken(1987)は、ドイツには中等学校・高等学校のための「death education」の教科書がたくさんある点や、アメリカには「death education」の学会があり、小学生向けの死への準備教育が盛んに行われている点を発展的な教育として認め、それに対して、 日本では死への準備教育がまったく行われていないことを不幸な状態として嘆いている。1999年3月に、兵庫県では教職員研修資料として「生と死を考える教育」という教職引用の手引きが発行されたが、学校現場では「死の準備教育」の取り組みは、今後の課題となっている。そこで、今回高等学校での試行的な取り組みとして、ホームルームと講演会の二本立てで「生と死をみつめる授業」を実施した。
 死と生は表裏一体であり、死をみつめることが生につながっていく。そこで、この度の「生と死をみつめる授業」は高校生にとって「死」としっかりと向き合う機会になるはずである。「死」をしっかりとみつめることが「よりよく生きよう」という意識を育み、自己発見・自己開発につながっていくのではないかと考える。


1 授業の計画から実施まで

平成11年5月21日 「第1回教育相談部主催校内教職員研修会」
内容:六甲病院緩和ケア病棟医長 関本 雅子氏 を講師として招き、「ターミナルケア」に関する講演を聞く。同様の内容が12月に実施される教育相談部の生徒向けの講演会で話されることも踏まえた上での事前研修であった。   ホスピス病棟での講師の豊富な経験を聴き、「患者を支える一番の力が家族であること、家族の思いやりの中でこそ患者は最後まで生きる希望を持ちながら生きることができること、周囲の落ち着いた態度が患者の生きる力になることなどを知る。生徒向けの講演会の前に事前にホームルームを実施する際の留意点などをアドバイスとして受ける。

平成11年11月上旬  「相談室だより ──第22号──」発行
 腹式呼吸法を特集で取り上げる。12月に「生と死をみつめる」ホームルームと講演会が実施されることを予告する。

平成11年12月8日  「第2回教育相談部主催校内教職員研修会」
内容:12月16日に実施する「生と死をみつめるホームルーム」の内容を説明する。ホームルームの進め方や扱う参考資料の説明、留意点などを解説する。
 当初、本校1年生女子の「モリー先生との火曜日を読んで」という読書感想文(この生徒の祖父が亡くなったことを振り返り、モリー先生の死と絡めて「生と死」について触れている)や、第3学年の「現代文」の教科書で扱われている「水仙の花」という自分の子供の死をめぐる随想等も生徒に「よりよく生きる」ということを考えさせる上で、適当な作品ではないかと考え、候補に挙げていたが、いずれも身近な者の死について触れているため、同じような体験を持っている生徒がいる場合、記憶が生々しく蘇ってきて、精神的に辛い思いをさせてしまうのではないかという危惧があった。そこで「葉っぱのフレディ」という絵本が今回用意した参考資料の中では時間的にも内容的にも高校生が「生と死をみつめる」のに最も適しているのではないかということで、各学年のホームルーム担任に勧める。春に生まれ、冬に地面に散り落ちて死んでいく木の葉の一生を通して、人間の生きる姿を感じ取っていくことができる作品で、高校生であればその隠喩を十分に感じ取ることができると思われる。また、市販されている「葉っぱのフレディ」の朗読CDを校内放送で教室に流すことも提案し、授業で扱いやすいように考えた。

平成11年12月16日  「生と死をみつめるホームルーム」 
内容:第1・3学年 全クラス「葉っぱのフレディ」で実施。
第 2 学 年 5クラスが「葉っぱのフレディ」で実施。
3クラスがクラス独自の内容で実施
      心のアンケート実施。

平成11年12月21日  「生と死をみつめる講演会」
内容:六甲病院緩和ケア病棟医長 関本 雅子氏 を講師として招き、「ターミナルケア」に関する講演を聴く。心のアンケート実施。感想文・手紙文を書く。

平成11年12月24日 本年度「相談室だより ──第23号──」発行
 呼吸法のすばらしさを特集で取り上げる。前号は「呼吸法の実際」であったので、今回は腹式呼吸だけに関わらず、大きく呼吸をすることのすばらしさをまとめる。

平成12年2月28日 本年度「相談室だより ──第25号──」発行  心のアンケートの集計結果と、感想文・手紙文の抜粋を載せ、「生と死をみつめるホームルーム・講演会をふりかえって」のまとめを報告する。

その他
 教育相談部では、各研修会や行事の前に教育相談部会を開き、内容の検討や資料の検討を重ね、意見を交し、実施に至った。

2 授業の指導案とその実際・結果
(1)対 象 高校1年生〜3年生 
(2)時 間 @12/16 LHR50分  A12/21 講演90分  B12/21 LHR50分
3)場 所 教室および体育館
(4)ねらい 
@心を落ち着かせてじっくりと「生と死」をみつめることで、「死」にともなう不安やマイナスのイメージを軽減し、よりよく生きる意識を高めさせる。
A「ターミナルケア」に関する講演を通して、患者の生きる力に一番必要な周囲の人々の支えの大切さを知る。そして、「生きる力」・「他人を支える力」を育む。
B今回の@、Aのそれぞれの授業・講演を通して自己にどのような発見があったか、今後の自己の生活の上にどのように役立っていきそうかを振り返らせる。
(5)準備物
「日本版STAI状態不安尺度(20項目)」と「生と死をみつめるアンケート(筆者作成による20項目)」(事前・事後用各1部)、授業用プリント、朗読CD。
(6)授業効果の分析方法
「日本版STAI状態不安尺度(20項目)」生徒には、それぞれアンケート1・2
「生と死をみつめるアンケート(20項目)」という形式で作成したB4版のプリン トを事前・事後に配布、実施した。   生徒の感想・手紙文──12/21の授業終了時に、今回の一連の授業・講演会の感想と 手紙文の形式で今後自分が生きていく上での決意文を書いた。

展開 @ 12/16(木) LHR50分配当

場面 活動内容 留意点
ねらいの説明

心のアンケート

ウオーミングアップ

「生と死をみつめる授業」展開


次時の予告
今回の授業計画の全体の流れの説明。
本時のねらいを説明。
アンケート記入。
心静かに「生と死」をみつめるための準備(一例として呼吸法を取り上げる)
@「葉っぱのフレディ」を読んで、「生きること」、「死ぬこと」の意味について触れる。
(第1・3学年は全クラス実施)
(第2学年は8クラス中5クラス実施)
A「もし、あなたの余命がわずかだとすると、あなたはどうするか」等の質問をして、「生きること」「死ぬこと」の意味についてクラスで話し合う。教師の自己開示も含める。
(第2学年の8クラス中3クラス実施)
「ターミナルケア」に関する講演の予告と「ターミナルケア」についての簡単な説明をおこなう。
腹式呼吸(10秒呼吸法)を説明し、気持ちを落ち着かせ、教室内の雰囲気を整える。
@を実施したクラスには校内放送を利用して朗読CDを流す。

放送が流れ始める合図までにアンケートとウオーミングアップを終えておく。


展開のポイントとしては、生徒に「死」をしっかりとみつめさせる。そして、それが、自分が「生きていること」「よりよく生きること」につながるきっかけになることに気づかせる。


【授業中の生徒の様子】
 筆者が担任している第3学年のクラスの様子をここにまとめる。事前に今度のロングホームルームは「生と死をみつめる授業」を実施するという予告をしたときには、どうしてそのような授業をする必要があるのかという反応を示していた生徒が多くいたが、いざ授業に入ると落ち着いた雰囲気の中で生と死をみつめることに集中していた。担当クラスには数年前に父親を亡くした生徒が二人いたために、筆者は特にその二人の生徒の様子に注意を払って見ていた。一人の生徒は授業にはいる前からふさぎがちで、いつもの元気が感じられなかった。もう一人の生徒は朗読のCDが終わり、筆者が「木の葉が散った後には肥やしになり、他の植物を育てる上で役立つのと同じように、人も亡くなった後は、遺された人々の思い出となり生き続けていくのだ。」という話をした時に、ハンカチで涙を拭うという仕種が見られた。全体的にいつもの授業とは全く違いしんみりとした中での授業展開であった。
 いかに教師の側が、「生と死をみつめる授業」がよりよく生きることにつながるかを熱意をもって語るかによって、授業の雰囲気が決まってしまうと言っても過言ではないと感じた。教材の扱いについては、朗読CDを用いたことがよかったのか、生徒達はスピーカーから流れる声と音楽に聴き入っていた。

【生徒の感想】
(1年生女子 )
 フレディの命はとても短かったけど、でも、とても充実していたように思う。人を喜ばしたり、仲間と楽しく暮らしたり。ほんの少しだけど死ぬことがこわくなくなった気がする。嫌なことがあって自殺するという悪い意味での「死ぬ」っていうことじゃなくて、あと少ししか生きられなくなった時に感じる「死ぬ」っていうことに関してだけ。フレディは死んでしまったけど、土の中に入って、大きな木を育てることになる。人間は死んだらそういうことはないけど、家族や友人、恋人の心の中に生き続けていたら、その人は生きている感じがする。何となく生きているんじゃなくて、もっと生きていることを実感して生きていきたいと思う。
(2年生女子 )
 生まれてきて意味のない命は本当に一つもないのだと気づいた。大切なのはその命を受けたものがどのような生き方をしていくかということだと思う。そういうところで人間の価値みたいなのは違ってくるんだと思う。
(3年生男子 )
 昔は僕は「死」はあまり恐いものと思っていませんでした。たぶんそれはマンガやテレビゲームの影響だと思います。人は簡単に死ぬものだし、そのかわりに毎日多くの新しい命が生まれてくるので、自分もその中の一つに過ぎないと思うと、あまり、恐怖は感じません。でも、友達や親類の死を体験すると、自分の身近な人の死がどれほどつらいものかを知り、恐ろしくなりました。そして、そういう身近な人たちのためにも一生懸命毎日を生きなければならないとホームルームを通して考えました。

【考察】
 生徒の感想文に目を通してみると、ほぼ全員の生徒が「葉っぱのフレディ」をこの授業で扱ったことについては肯定的にとらえていた。  ここに取り上げた3年生男子の感想文はテレビゲームに熱中する世代の代表的な意見であるように思う。さらに、最近日本でも残虐な殺人事件が頻繁にテレビ等のメディアを通じて報道される場面が目に付くようになった。そのような日常生活を過ごしていると、当然のことながら死生観が変わってしまうのではないか。特に、思春期ぐらいまでの子ども達に与える影響は大きいのではないだろうか。  そのような意味でも、「生と死をみつめる授業」は必要であると考えるのである。

展開 A 12/21(火) 講演90分配当

場面 活動内容 留意点
ねらいの説明

講師の紹介

ウォーミングアップ

講演

謝辞

次時の予告
今回の授業の全体の流れを説明
本時のねらいを説明

六甲病院緩和ケア病棟医長 関本雅子氏
心を落ち着けて講演を聴くことができるように呼吸法をおこなう。

「ターミナルケア」に関して
ホスピス病棟での講師の豊富な経験を聴く。患者を支える一番の力が家族であり、家族の思いやりに包まれ看取られることが患者にとっての一番の幸せであること、周囲の落ち着いた態度が患者に「生きる力」を与えることなどを知る。

生徒代表(3年X組 女子生徒)による講師への謝辞

休憩後、HR教室に戻り、アンケートと感想文を書くことを予告。
教育相談部の教師より前時の授業を振り返り、再度ねらいを確認する。




腹式呼吸(10秒呼吸法)を実演し、気持ちを落ち着かせ会場内が静かなムードになるようにする。


【講演会の概要】  
(1)スライドを使用して、ホスピスの語源・歴史等の説明。(開始から約15分)
「近代のホスピスとは?」
病気の治療を目指した治療がもはや有効でなくなった患者さん(日本では進行癌末期癌、AIDSのみ)の苦痛を緩和し、最期までその人らしく生き抜いていただけるよう、すなわち、命の質を高く生きられるよう、ティームを組んで援助していくプログラムのこと。
「ホスピスの歴史」
1967年英国に最初のホスピスが設立される。1974年米国でホスピス運動が開始される。現在米国には約2000箇所のホスピスがある。
1981年日本で最初のホスピスが設立される。1999年9月現在、日本では63箇所の緩和ケア病棟(ホスピス)が許可されている。
「ホスピスの主な働き」
@症状コントロール……痛み、せき、息苦しさ等の身体症状のコントロール。
Aコミニュケィション……患者と家族、患者とスタッフ、患者同士。
B家族のケア……最愛の家族との別れの悲しみの軽減。
C環境の整備……できるだけ家庭に近い環境づくり。
Dティームアプローチ……家族、医療スタッフ・ボランティアのティーム。
Eスピリチャルケア(霊的・宗教的、心のケア)。
F一般市民および医療関係者に「緩和医療」を知ってもらう。

(2)患者さんの記録写真をスライドを使用して紹介。様々な患者さんのホスピス病棟での生活ぶりを詳しく説明し、患者さんの末期の様子や家族・医療スタッフの関わり方を具体的に説明。(約1時間)
@「命の流れ」
祖父母→父母→子供→孫へと移っていく命の流れ、その中で、祖父母の立場の患者は、「孫とのふれあいの中で生きる力を得、痛みも忘れる」といったエピソードを紹介。
A「生は死と背中合わせ」
ホスピス病棟では患者さんはみんな強く生きている。「暗いトンネルだが、先の明かりに向かって歩くだけ」という、ある末期癌の患者さんのエピソードなどを交えての説明。
B「家族の世話」
身内とはいえ、患者の世話は大変で、時には「この生活から早く解放されたい」と願う家族。しかし、亡くなると「世話できない寂しさ、世話をしているときが宝石のようなものと感じる」といった家族のエピソードを紹介。
C「家族の力の大切さ」
日本の場合、外国に比べると宗教を心の拠り所としている人が少ないので、患者さんにとっては家族の力が最大の心の支えとなる。日本人は家族主義であるという話。
D「周囲の援助」
患者さんの心のケアのあり方について。「今までその人が生きてきた道を肯定することが大切である」 「患者さんは、命の大切さを家族とのつながりで知る」 「亡くなった後のことを、患者さんとしっかりと話し合い、聞く」 以上のことが、患者さんの心をケアしていく上で特に大切であるという話。

【講演会中の生徒の様子】
 2学期の期末テスト終了後、酷寒で底冷えのする体育館に腰を下ろしての講演会であった。ややもすると気持ちの緩みが出て、集中力を欠いてしまいそうな不十分なコンデションの中であったにもかかわらず、生徒たちは落ち着いた雰囲気で講演会に臨んでいた。講演会直前に全体での呼吸法(約2分)おこなったが、この効果とテーマの重さがこの落ち着いた雰囲気づくりに大きく影響しているのではないかと感じた。
 開始後15分間は「ホスピスの語源・歴史」等の説明がスライドを用いておこなわれ、スクリーンに映る字だけを追っていくといった感じであった。そのため、生徒達は静かに耳を傾けていたものの、少し単調に感じているようだった。
 その後、様々な患者さんのホスピス病棟での生活ぶりがスクリーンに映し出され、合わせて講師からエピソードが熱っぽく語られ始めると、ほとんどの生徒達は真剣にスクリーンに見入り、話を聴いていた。

【生徒の感想】
(1年生男子 )
 いつも平気で「死」という言葉を使っているけど、今日の講演会を聞いて、そんなに気軽に使うことはやめようと思った。 (1年生女子 )  「死」が間近に来た時、人は本当にいろんなことが見えてきて、いろんなことを考えるんだなあと思った。そして、それに気づいていろんな工夫をしているホスピスの人々はすごいと思った。もう一つすごいなと実感したのは家族の力だ。「天国で会おう」と誓った夫婦、孫を抱いて幸せそうな顔をしている患者さんのスライドを見たとき、涙が自然と出てきた。きっと一瞬頭に私の家族の顔が浮かんだからだと思う。 (2年生女子 )  ホスピスにいた患者さんをスライドで見て思ったことは、「みんないい顔してるな」ということでした。どの患者さんもあと少しの命なのに、とても生き生きとしていたし、それに精一杯今を楽しんでるなという感じがしました。だから、自分の死を見つめて生活するということは、すごく大切なことなんだなと改めて思いました。
(3年生女子 )
 今日の講演会を聴いて印象に残っていることが2つある。一つは孫、若い力のもっているパワーのこと。もう一つは家族の絆のすばらしさ、偉大さである。私自身も孫であり、祖父がガンで入院していた時、祖母が「私が来てくれた時が一番うれしそうだ。」と言ってくれたのを思い出した。永遠に絶えることのない命、生命とはこのようなことなのかと思った。講師の方が、「わたしたちは家族のかわりにはなれない」とおっしゃったのが、心に深く残った。家族ってほんと不思議だと思った。血のつながりから、心のつながり、またそれが、命へのつながりになっているんだと思った。

【考察】
 ホスピス病棟でのさまざまな人の最期の様子をスライドと講師の話で臨場感十分の状態で体験した生徒達は、「生と死」について、かなり真剣に考えることができたことが感想文から感じ取れた。上記の1年生男子の感想文などは、「死」というものをしっかりととらえることができた結果とみることができる。自己の生活の身近なところから「死」というもののとらえ方を反省する。これが、「生と死をみつめる教育」の上で最も重要なことではないかと感じた。自分の身近なものとして「死」をとらえ、そこから今の生き方をみつめ直す、これが「生と死をみつめる授業」の一番大切なことである。  そのような意味でも、この度の講演会は生徒達にとってひじょうに意義あるものであったと言ってよいであろう。

展開 B 12/21(火) LHR50分配当(講演会後)

場面 活動内容 留意点
ウォーミングアップ

@「感想文」  and「手紙文」

心のアンケート

振り返り
心静かに今回の一連の「生と死をみつめる授業」を振り返る前段階として、呼吸法をおこなう。

@12/16のホームルームの感想を書く。
A今回の講演会の感想文を書く。
B「(   )へ」という見出しで、自分が生きていく上での決意を手紙文にして述べる。

アンケート記入。

今回の一連の授業の感想を尋ねる。「死」に対するイメージがどのように変わったか。今回の授業・講演を受けたことでどういう気づきがあったか。また今後の自分の生活にどういう影響を与えるか等を話し合う。
教室内が落ちついていれば省略し、すぐに感想文に入てっもよい。

生徒の様子を、よく観ておく。身内を亡くしている生徒の場合、手紙文を書く際に、気持ちがふさぎ込んで泣き出してしまうことも考えられるので、教室内の雰囲気には十分に気を配る必要がある。

振り返りを通して、今回の授業と講演の意義を整理する。 時間がない場合は、担任教師が今回の一連の流れで気づいたことを述べ、整理する。

【生徒の手紙文】──今後自分が生きていく上での決意を手紙文の形式で──
《 私 へ 》    (1年生女子 )
 今はまだ「死」を感じたことのない私は、「生」がどんなにいいものかなんてよく分かりません。死について考えてみても、「今ここにいる私がいなくなってしまうんだなあ」としか考えられません。今回、「生と死をみつめる」機会をもって、少し人生観が変わりました。まず、死は避けては通れないもの、生の行き着く先には死があるということです。死はいつ、どこで、どんなことが起こるかなんて誰にも分かりません。だからこそ、今を精一杯、自分のもてる限りの力で生きていくことが大切なんだと感じました。阪神大震災の時、家族みんなが無事で、親戚達も元気でいたときどんなにうれしか ったか、その気持ちをいつまでも持ち続けていきたいなと感じました。今は生のすばらしさは感じることができないけど、最後行き着いた先で、生きることはすばらしいなって感じることができるように、今を精一杯生きることを大切にしていきたいと思います。

《 私 へ 》    (1年生女子 )
 私は、いつも自分はいてもいなくてもどうでもいい存在だと思っている。でも、人にはそうは思わない。私の周りにいる人が一人でもいなくなってしまうと怖くなって、悲しくなってどうしようもない気持ちになると思う。私の周りの人をこんな風に思うように、私にたずさわる人が私のことをそんな風に思ってくれたら、どんなに幸せなことだろうと思う。毎日の生活の中では、そんなことは思わないけど、ふと自分自身で考えてみると、反省することがいっぱいある。だから私は……。こんなことを考えたのは、小学校3年生の時だった。もし自分の家族が、友達が、いなくなったらどうしよう。毎晩 眠れない日があった。私は、友達とケンカをしても、すぐに自分が悪いと思ったら、あ やまるようになった。時々、変な話だが、次の日この人がいなくなったどうしよう、と思うから。
 これから自分は悔いの残らないように生きていきたいと思う。

《 みんな へ 》   (2年生女子 )
 好きなコトばっかりやってる人生って本当に幸せなのカナ?って思った。ルーズはいて、スカート短くして、どこにでもいる女子高生やって、勉強はそっちのけ。今は楽しい毎日かも知れないケド、これって、本当に時間のムダなのカモ。今、「あと一ヶ月で死ぬんだ。」って言われたら、きっと、今の生活後悔するんだろうナ、って思う。ルーズとかっていう今どきの女子高生をやめなかったとしても、きっと今とは違う毎日を始めると思う。死ぬって分かったとき、私が一番欲しい物は、お金でも、カレシでも、友達でもなくて、自分らしくでいいから、力を出し切ったぞ!って思えるような私が生きてきた人生だと思います。もちろん、友達とかは、スゴク大切だけども……。きっと、精一杯やった人生なら、本当にいい友達もできると思うし、今みたいに、何となく……っていう毎日を、大きく変えていきたいと思います。

《 祖母 へ 》   (2年生男子 )
 今回、学校で「生と死をみつめる」という授業をしましたが、あまりよくありませんでした。むしろ、学校側に「なぜこんなことをするのか」と、怒りさえおぼえました。ぼくは、おばあちゃんが死んだとき、悲しくて涙を流しました。今でも誰かが死ぬというドラマなどを見ると、おばあちゃんと照らし合わせてしまい(ごめんなさい)、悲しくなります。死ぬというのは、授業などでできる、簡単な範囲じゃないと思います。死ぬというのは、最も哲学的で、現実的なことだと思います。死ぬということを考えるのは、いいかもしれないが、今のうちからそんなことは考えたくもありません。もうこん な授業二度としてほしくないと思います。

《 自分 へ 》   (2年生女子 )
 私は、「死」について考えたことは2度あります。まず初めは地震の時でした。小学校の時の友達が死にました。2度目は父の死です。建築カメラマンだった父は、神戸と芦屋の町の復興の為にがんばりつづけ、疲れがたまって、1万人に1人かかるかかからないか、という難病にかかって死にました。父の死の時、駆けつけてくれた父の友人は私と妹と兄に「お父さんは、今自分の体を離れたけど、あなたたちの体に入ったのよ」と教えてくれました。だから、私は、父の分と、地震で死んだ友達の分と生きる義務があると思います。

《 自分 へ 》   (3年生女子 )
 15歳でお父さんを亡くし、お母さんと2人だけの生活も、はや2年半。時々あのときのことを思い出し、2人で泣いたこともあったけど、2人で強く生きてこれたのは、きっと、お父さんが心の中でずっと生き続けているからだよね。お父さんを失うまでは、父親の有り難みなんてあまりわかからなかった。英語を教えてもらったり、旅行につれていってもらったりしたけど、私にとったら、お母さんよりも遠い存在だった。お父さんを失ってみて、父親の偉大さ、また、尊さを感じることができたね。あれから2年半たった今まで、一日たりともお父さんのこと、忘れる日はなかったね。やっぱり「命」は永遠なんだと思う。これから、大学に進学し、社会人になるに当たって不安とかあると思うけど、お母さん、友だち、それにお父さんがいるから必ず、道は開けていくよね。
 お父さんがいつも言ってたように、努力すればいつか必ず実ると思う。今は、大学受験を控えてて苦しい時期だけど、勉強したらした分だけどこかで役に立つと思う。だから、手を抜かずにがんばろうね。親の死を通して、人の痛みがずいぶん分かるようになったし、人間としても一回り成長できたよね。これから、いろんな経験を積んで、”大きい”人間になろうね。

【考察】
 手紙の宛名としては「自分」を対象にした生徒が最も多く、そのほとんどが自分の今の生き方を反省し、今後よりよく生きていくための決意が述べられたものであった。この度の一連の授業を通して、自分の今の生き方を改善し、自分を励まして「命を大切にしてよりよく生きていこう」という意識の高まりがみられた。その他、両親をはじめとして家族に宛てた手紙も各クラス平均5枚程度あり、家族への感謝が述べられ、今後の 分の生き方を改善していこうという意識が見受けられた。肉親を亡くした生徒の場合、その亡くなった肉親に宛てた手紙を書いている者がほとんどで、上記の3年生女子のように、亡くなった人の思い出が語られ、その思い出が今の自分の生を支えてくれているといった気づきが語られていた。今回の授業が、亡くなった人を自分の中に受容することに役だったのではないかと感じた。

3 アンケート分析結果

「生と死をみつめる授業」の事前と事後に40項目のアンケート調査を実施した。アンケート作成の際には、状態不安尺度を後半のページに、前半ページには「生と死をみつめるアンケート」(筆者作成)を意図的に配置した。「状態不安尺度」には、測定した時点での様々な心理的な要因が結果として現れてくる。それを、「生と死をみつめる」ことを考えたときの生徒たちの心の動きを測定するのに利用できないかと考え、それに適した状況を作るために、前半ページに「生と死をみつめるアンケート」を配置し、また、ホームルーム担任の方から、「今から生と死を見つめる授業を行う」という予告をしてもらった後に実施するなどの工夫をした。
その分析結果の主なものを以下に示す。

(1) 因子分析1
 アンケート1では、生徒達の「生と死をみつめる」姿勢を知るための調査を行った。そして、事前・事後合わせて計1631人のデータを因子分析した。その結果、解釈可能な5因子が抽出された(表1)。
 それぞれの因子を構成している項目内容から各因子を次のように命名した。第1因子は「生きるすばらしさ」、第2因子は「悲しみからの逃避」、第3因子は「死をみつめる姿勢」、第4因子は「周囲との関わり」、第5因子は「命の支え」と名付け、分散分析の際に採用した。

表1 「生と死をみつめる姿勢」の因子負荷量

項目番号および質問項目 F1 F2 F3 F4 F5 h2
*B 生きていることはすばらしいことだ。
*@ 命は何にもかえがたい大切なものである。
*D 人生には希望がある。
*A 私は毎日を精一杯生きている。
*C 「人生は一度だけだから……」という言葉に納得する。
.67
.56
.45
.40
.38
.04
.18
-.09
-.06
.22
.28
.16
.30
.05
.17
.22
.11
.24
.38
.16
-.17
-.10
-.13
.00
-.03
.61
.40
.37
.31
.24
*O 「悲しい気持ち」になるのは避けたい。
*Q 「絶望的な気持ち」は、他のことを考えてごまかしたい。
*P 「悲しみ」から立ち直るには時間がかかる。
 K 死ぬことは怖い。
  R 他人と悲しみを分けあうことは大切だ。
.05
.04
.04
.33
.19
.61
.61
.43
.34
.28
-.05
-.03
.22
.12
.27
.03
.10
.00
.00
.14
.05
.06
.06
-.13
-.21
.38
.39
.24
.27
.25
*N 「死」をしっかりとみつめることは、「生」につながる。
*S 「生と死をみつめる授業」は必要だ。
*J 人の死について考えることがある。
.23
.20
.10
-.03
.13
.02
.57
.52
.41
.05
.08
.16
-.02
-.23
.14
.38
.39
.22
*H 家族との関わりを大切にしている。
*I 友達との関わりを大切にしている。
*G 命は家族や多くの人たちによって支えられている。
.13
.21
.17
.07
.10
.20
.20
.08
.38
.68
.58
.39
-.11
-.17
-.25
.54
.43
.44
*E 人はもともと孤独でひとりぼっちである。
*L 死によってつらいことから逃れられる。
*F 命は自分だけで守れるものである。
*M 重い病気で苦しむくらいなら死んだ方がよい。
-.05
-.25
.03
-.23
-.02
.25
-.08
.25
.08
.05
-.18
-.09
-.10
-.07
-.10
-.02
.56
.52
.41
.39
.33
.41
.22
.28
因子寄与
寄与率(%)
1.74
8.7
1.42
7.1
1.38
6.9
1.33
6.7
1.21
6.1
7.08
35.4

(注)*については、分散分析の際に採用した項目である。

(2) 因子分析2
 アンケート2では、「日本版STAI 状態不安尺度 20項目」の調査を行った。そして、事前・事後合わせて計1631人のデータを因子分析した。その結果解釈可能な3因子が抽出された(表2)。
 それぞれの因子を構成している項目内容から各因子を次のように命名した。第1因子は「心の落ち着き」、第2因子は「心の乱れ」、第3因子は「緊張・おびえ」と名付け、分散分析の際に採用した。

表2 「状態不安」の因子負荷量
───────────────

項目番号および項目内容 F1 F2 F3 h2
M 私は今、安らかな気持ちです。
S 私は今、楽な気持ちです。
K 私は今、安心しています。
G 私は今、のんびりした気持ちです。
P 私は今、ほっとした感じです。
L 私は今、平気な気持ちです。
E 私は今、ゆったりした気持ちです。
I 私は今、満足した気持ちです。
B 私は今、気楽な気分です。
@ 私は今、落ち着いています。
.81
.81
.78
.73
.72
.71
.71
.65
.65
.53
-.20
-.22
-.19
.21
-.11
-.17
-.25
-.15
-.25
-.40
-.09
-.17
-.09
-.12
-.03
-.21
-.15
.04
-.15
-.14
.70
.73
.66
.60
.54
.58
.59
.45
.50
.46
F 私は今、不安です。
H 私は今、何か心配です。
O 私は今、何か不満な気がします。
A 私は今、心が乱れています。
C 私は今、いらいらしています。
D 私は今、じっとしておれないような気持ちです。
-.25
-.25
-.27
-.32
-.33
-.14
.65
.62
.55
.55
.50
.48
.31
.23
.24
.27
.32
.28
.58
.51
.44
.48
.46
.33
Q 私は今、おびえています。
R 私は今、緊張しています。
J 私は今、びくびくしています。
N 私は今、どきどきしています。
-.15
-.07
-.18
.06
.24
.22
.36
.36
.76
.76
.65
.58
.70
.64
.58
.46
因子寄与
寄与率(100%)
5.59
27.95
2.79
13.95
2.59
12.95
10.96
54.8

(注)分散分析の際には20項目すべてを採用した。

(3) 分散分析1

表3 各因子と時期別の平均値と標準偏差および分散分析の結果

  授業前 授業後 F値
第1因子「生きるすばらしさ」 平均値 10.13 9.57 11.36***
標準偏差 3.51 3.23
第2因子「悲しみからの逃避」 平均値 7.70 7.61 0.38
標準偏差 2.70 2.54
第3因子「死をみつめる姿勢」 平均値 7.58 7.02 21.49***
標準偏差 2.46 2.38
第4因子「周囲とのかかわり」 平均値 5.46 5.30 2.09
標準偏差 2.21 2.09
第5因子「命のささえ」 平均値 13.27 13.81 11.47***
標準偏差 3.10 3.31

***は統計的に意味のある変化である (***:p〈.001)

 各因子を基準に事前調査と事後調査の分散分析を行ったところ、有意差の認められた第1因子、第3因子、第5因子の結果から、次のようなことが考察できる(表3)。
 今回の授業を通して、今まで以上に「生きることのすばらしさ」や「命の大切さ」を感じることができたという結果がでた。そして、「死をしっかりとみつめることが生につながる」という意識も高まり、今回のような「生と死をみつめる授業」の必要性も感じたようである。また、今回の講演会の話の中心でもあった「家族や周囲との絆」の大切さも改めて感じたようで、「命というのは自分だけで守れるものでなく、周囲によって支えられている」という思いも強くしたようである。人は決して「孤独」な存在ではない。周囲の人々に支えられながら生きているのだということを生徒自身も今回の講演会で学んだことと思われる。「生と死をみつめる教育」が学校教育現場に浸透していけば、「命は自分一人だけで守っていくもの」と強く感じている生徒たちの目を広げてやることができるのではないかと考える。これを更に、事前・事後と分け、学年間の比較をしていくと、次のようなことが明らかになった。 
 学年が進むに従って、「生きることのすばらしさ」や「命の大切さ」を強く感じ、「生と死をしっかり見つめようとする傾向が高くなることが事前・事後ともそれぞれの調査結果から得られた。それに加えて、事後の調査で有意差が認められたのは、学年が進むに従って、家族や友人といった周囲との関わりを大切にしようという社会性が身についてきているということである。また、その周囲との関わりの大切さに気づいたことで「命は自分だけで守れるものでなく、周囲によっても守られているのだ」という気づきも学年に比例して高くなっていることがわかった。

(4) 分散分析2

表4 各因子と性別の平均値と標準偏差および分散分析の結果

  授業前 授業後 F値
第1因子「生きるすばらしさ」 平均値 10.13 9.49 30.26***
標準偏差 3.77 3.06
第2因子「悲しみからの逃避」 平均値 7.81 7.56 3.69
標準偏差 2.74 2.54
第3因子「死をみつめる姿勢」 平均値 7.77 7.01 37.83***
標準偏差 2.57 2.30
第4因子「周囲とのかかわり」 平均値 5.84 5.10 47.08***
標準偏差 2.33 1.98
第5因子「命のささえ」 平均値 13.30 13.68 5.19
標準偏差 3.37 3.10

***は統計的に意味のある変化である (***:p〈.001)

 各因子を基準に男女差の分散分析を行ったところ、有意差の認められた第1因子、第3因子、第4因子の結果から次のようなことが考察できる(表4)。
 男子よりも女子の方が「生きることのすばらしさ」や「人生の希望」を強く感じていることがわかった。また、女子の方が、「生と死をみつめる」ことの必要性を強く感じており、今回のような授業にも積極的であるという傾向が見受けられた。
 女子の方が家族・友人といった周囲との関わりを大切にしていることもわかった。また、この傾向が学年が進むにつれ顕著になってくることも明らかになった。これは、女子の場合男子よりも一層、進級と共に社会性を身につけているというふうにみてよいのではないだろうか。これを更に、事前・事後と分け、男女間の比較をしていくと、次のようなことが明らかになった。 
 事前・事後の調査から共通で得られた結果としては、女子の方が「生きることのすばらしさ」・「命の大切さ」を強く感じ、生と死をしっかり見つめようとする傾向が高いことが明らかになった。また、家族や友人といった周囲との関わりも大切にして生活しているのが女子に多いこともわかった。そして、新たに事後の結果では、命は周囲によっても守られているのだという思いを女子が強く抱いていることもわかった。

(5) 分散分析3

表5 各因子と時期別の平均値と標準偏差および分散分析の結果

  授業前 授業後 F値
第1因子「心の落ち着き」 平均値 29.61 26.87 42.50***
標準偏差 8.51 8.33
第2因子「心の乱れ」 平均値 18.45 19.98 32.13***
標準偏差 5.40 5.38
第3因子「緊張・おびえ」 平均値 15.28 15.43 0.62
標準偏差 3.66 3.66

***は統計的に意味のある変化である (***:p〈.001)

 「心の落ち着き」・「心の乱れ」に関して事前と事後で有意差が認められた(表5)。 「生と死をみつめる授業」を受ける前にはあった不安や心の乱れが「生と死をみつめる授業」を受けた後には、軽減されている。今まで、「死」をみつめることを避けてきたためにおこっていた不安が、じっくりとそれをみつめることによってある程度解消されたのではないかと考えられる。今後、学校教育の中で「生と死をみつめる授業」を実施していく際の希望となる結果である。

(6) 分散分析4

表6 各因子と性別の平均値と標準偏差および分散分析の結果

  授業前 授業後 F値
第1因子「心の落ち着き」 平均値 28.28 28.26 0.00
標準偏差 9.19 8.09
第2因子「心の乱れ」 平均値 18.99 19.31 1.26
標準偏差 5.66 5.30
第3因子「緊張・おびえ」 平均値 15.04 3.79 7.40**
標準偏差 15.55 3.57

**は統計的に意味のある変化である(**:p〈.01)

 「緊張」・「おびえ」の感情で男子の方が高いという結果で有意差が認められた(表6)。 女子の方が積極的に「生と死をみつめる」姿勢が強く現れているという他の結果と照合してみると、男子は、「死」をみつめることに「緊張」したり、「おびえ」の感情を抱くのが女子よりも強いために、それを避けようとした結果とみることもできる。

4 今後の課題

 高木(1998)は、「『心の教育』の定義を『生と死をみつめる教育』であると考えたい。」と述べている。今回、一連の流れで「生と死をみつめる授業」を実践したことでそれが裏付けられたように感じた。授業のまとめとして「自分がこれから生きていく上での決意を手紙文にして書き残す」という作業を生徒に課したが、特にその結果を見てみて、このことを確信した。この課題に取り組んだことよって生徒が今後自分がよりよく生きていく上での気持ちの整理をつけることができたという点で十分に「心の教育」に対する効果があったと考えられる。学校現場で「生と死をみつめる教育」を展開していく上での一つの指針として、「振り返りの方法がひじょうに重要である」ということを提言したい。「生と死をみつめる」ことが「今の自分の生き方を振り返り、今後よりよく生きていく自分のあり方を考えさせる」ことにつながるような振り返りの方法を模索していくことがこの教育を展開していく上で肝要である。
 次に、「生と死をみつめる授業」で扱う教材を精選することの重要性について述べたい。今回、本校でこの授業を展開するまでには教育相談部会の回数を重ねて、教材の検討にそのほとんどの時間を費やした。本校の生徒の実態を踏まえた上で、どのような教材が最も生徒の心に響くであろうかということを第一に考えたのである。あれこれと候補を挙げていくうちに、「葉っぱのフレディ」という一冊の絵本に目が止まったのである。肉親を亡くして間もない生徒もいるクラスの実態を考えると、木の葉の一生を通して人の一生を考えていく方が抵抗が少ないのではないかと考えこの教材を選んだ。柳田(1998)は、「少年少女向けの物語や童話や絵本には、『生と死』や別れや喪失体験をテーマにした作品が少なくない。それらは人間が生きていくうえで避けられない悲運とその受容についての、いわばメタファーとしての物語として表現された作品であるということもできる。」と述べている。高校生に絵本や童話と親しむ機会を与えるということは、かえって素直な気持ちで「生と死をみつめる」ことにつながるのではないだろうか。教材選びも「生と死をみつめる教育」を展開していく上で重要なポイントである。
 筆者にとっても、本校にとっても初めての試みとしておこなった「生と死をみつめる授業」であったが、それは生徒にとっても教師にとっても意義深いものであった。来年度も学校をあげて、この教育を継続・発展させていくことを検討したいと考えている。

文献

ミッチ・アルボム 1998「モリー先生との火曜日」(訳)別宮貞徳 NHK出版
レオ・バスカーリア 1998「葉っぱのフレディ」(訳)みらいなな 童話屋
カール・ベッカー・坂田昌彦 1999 「死」が教えてくれること 角川書店
E・キューブラー・ロス 1999「続 死ぬ瞬間」(訳)鈴木晶 読売新聞社
Alfons Deeken 1999 第X章「東洋と西洋の死の考え方」 死とむきあうための12章  Pp.93-122 (編)日本死の臨床研究会 人間と歴史社
Earl A. Grollman 1992 死ぬってどういうこと?(訳)重兼裕子 春秋社
稲村博 1986 思春期の心のカルテ 国土社
中川米造 1999 第]U章「医学の歴史における末期医療」死とむきあうための12章  Pp.259-295(編)日本死の臨床研究会 人間と歴史社
隅谷三喜男 1999 第\章「ガンの告知と死の準備」死とむきあうための12章  Pp.181-205 (編)日本死の臨床研究会 人間と歴史社
生と死を考える教職員研修プログラム開発委員会編 1999 「生と死を考える教育教職員 の手引き」 兵庫県立教育研修所
多田富雄・河合隼雄編 1991 「生と死の様式」 誠信書房
高木慶子 1998 「心の教育は、教育現場で可能か」 兵庫県立教育研修所所蔵ビデオ
柳田邦男 1999 第T章「私にとっての尊厳ある死」死とむきあうための12章 Pp.13-23 (編)日本死の臨床研究会 人間と歴史社

資料(記入欄は1項目目以外は省略)

1999.12.21                        (  )学年(  )組 性別( 男 ・ 女 )
アンケート1

 次の各項目について、あなたがどう思っているかについて、該当する数字に○印をつけてください。

                               とても  やや   どちらとも  あまり     ぜんぜん
                               そう思う そう思う いえない  そう思わない そう思わない
@ 命は何にもかえがたい大切なものである。     1 ── 2 ── 3 ──  4   ──   5
A 私は毎日を精一杯生きている。
B 生きていることはすばらしいことだ。
C 「人生は一度だけだから……」という言葉に納得する。
D 人生には希望がある。
E 人はもともと孤独でひとりぼっちである。
F 命は自分だけで守れるものである。
G 命は家族や多くの人たちによって支えられている。
H 家族との関わりを大切にしている。
I 友達との関わりを大切にしている。
J 人の死について考えることがある。
K 死ぬことは怖い。
L 死によってつらいことから逃れられる。
M 重い病気で苦しむくらいなら、死んだ方がよい。
N 「死」をしっかりとみつめることは、「生」につながる。
O 「悲しい気持ち」になるのは避けたい。
P 「悲しみ」から立ち直るには時間がかかる。
Q 「絶望的な気持ち」は、他のことを考えてごまかしたい。
R 他人と悲しみを分けあうことは大切だ。
S 「生と死を見つめる授業」は必要だ。     

アンケート2  (「日本版STAI 状態不安尺度」20項目より) 

 今、あなたが自分のことをどう思っているかについて、該当する数字に○印をつけて下さい。

@ 私は今、落ち着いています。 
A 私は今、心が乱れています。
B 私は今、気楽な気分です。
C 私は今、いらいらしています。
D 私は今、じっとしておれないような気持ちです。
E 私は今、ゆったりした気持ちです。
F 私は今、不安です。
G 私は今、のんびりした気持ちです。
H 私は今、何か心配です。
I 私は今、満足した気持ちです。
J 私は今、びくびくしています。
K 私は今、安心しています。
L 私は今、平気な気持ちです。
M 私は今、安らかな気持ちです。
N 私は今、どきどきしています。
O 私は今、何か不満な気がします。
P 私は今、ほっとした感じです。
Q 私は今、おびえています。
R 私は今、緊張しています。
S 私は今、楽な気持ちです。     





「生と死を考える教育」感想文
                                    (  )学年(  )組 性別( 男 ・ 女 )
 前回のH・R(12月16日)と今日の講演会について、あなたの感想を聞かせて下さい。

@12月16日のH・Rを通して、あなたはどのようなことを考えたり感じたりしましたか。自由に書いて下さい。

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A今日の講演会を聞いて、あなたはどのようなことを考えたり感じたりしましたか。自由 に書いて下さい。

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1991.12.21
B今回のH・Rと講演会では、みなさんに「生と死をみつめる」機会をもってもらいました。その中で、みなさんは自分の生き方を見つめ直し、「よりよく生きるということ」を考えることができたことと思います。
これから後、あなたが生きていく上での決意を手紙文で書いてもらい、その決意をしっかりと胸に刻んでより充実した人生を送ってもらおうと思います。宛名の欄には、あなたがその決意を語りたい人を一人あげてください。自分に当てた手紙でもかまいません。

 (         )へ
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