U マッサ−ジを取り入れたストレスマネジメント教育の試み −養護教諭と学級担任の連携のもとに−
                    兵庫教育大学学校教育学部附属小学校 養護教諭 堀尾直美


 要約

小学校第6学年を対象にした養護教諭と学級担任のT・Tによる7時間の授業の実践である。ストレスマネジメントに関連した保健の内容を主として養護教諭が担当し,リラクセイションを目的としたマッサ−ジと,縄跳びを合わせた体育の内容を学級担任が担当して行ったものである。ストレスについてのアンケ−ト調査を実施して,子どもの抱えているストレスを具体的に把握した後で,ストレスが心身に及ぼす影響について話し合い,ストレスを感じる場面,ストレス解消法などついて意見を交流した。また,日常の生活の過ごし方を自己点検し,心身ともに健康な生活を送るための改善点を考えた。これと平行してセルフマッサ−ジとペアマッサ−ジを1時間ずつ行った。(ペアマッサ−ジは,朝の会の時間においても継続して実施した。)その結果,ペアマッサ−ジ後には,状態不安が有意に変化し,不安感が低下したことが明らかになった。この授業が「心の教育として有効であったといえるであろう。

1 はじめに  
 近年,不登校・保健室登校・いじめなど,子どもの心の健康問題が数多く生じている。保健室利用状況に関する調査報告書によれば,保健室登校の児童・生徒数が過去と比較して増加していることが明らかにされており,心の健康が重視される時代となってきた。 また,体力・運動能力の低下,視力の低下,アレルギ−疾患や肥満の増加など,子どもたちの健康状態は年々,悪化の傾向にある。
 本校においても,心の問題や何らかの身体的不調を訴えて保健室を訪れる子どもの数は,年々増加している。子どもの心とからだの両面への対応を行うヘルスカウンセリング(健康相談活動)が養護教諭にとって非常に重要な役割となってきている今,一人ひとりの子どもとじっくりと向き合い,ゆっくりと話を聴き,子どもの発する微妙なサインを受けとめることができる敏感な心を持つ必要があることを実感している。
 子どもの心とからだに関する問題は,社会環境や生活様式の変化をはじめとする多くの要因が重なって生じていると考えられる。家庭環境や人間関係のあり方,ゆとりのない忙しい生活によって引き起こされるストレスの増大などがその背景にあるのではないだろか。これからの時代を生きる子どもたちにとって求められることは心豊かで健康な生活を生涯にわたって送ることができる力であるといえる。自己の心身のあり方を深くみつめ,自主的に健康な状態をつくり出そうとし,よりよく生きようとする力,さらには自他の生命を尊重する力を身に付けることが重要視されると考える。
 こうした子どもの育成をめざす時,養護教諭として保健室に来る子への対応はもちろん,教室において集団を対象とした指導に関わる必要性を感じた。日頃保健室において発育・発達段階の違う子どもと常に接していることや,健康診断・救急処置・個別の保健指導などを通じて得た子どもの健康実態を把握しているなど,幅広く子どもを捉えることができる養護教諭の特性を生かし,心身の健康に関連した学習に積極的に関わりたいと考えた。
 そこで今回は,心身の発育・発達の著しい6年生を対象として,学級担任との連携のもとにT・T による授業を計画した。授業の内容としては,複雑になる人間関係におけるストレス・不安などを探り,その解消法を考えるとともに,心とからだの両面における自己の生活のあり方を見つめ直すことを取り上げた。また,マッサ−ジによって心身をリラックスさせることを実感させたいと考えた。2002年から施行される新学習指導要領の中に,高学年では自己の体に気づき,体の調子を整えたり仲間と交流したりする体ほぐしの運動と保健学習とを相互に関連を図って指導することが指摘されていることから,マッサ−ジと縄跳びを取り入れて,心とからだの健康を総合的に取り扱うことにした。また,子どもたちの抱えるストレスの実態を把握するためにストレスに関するアンケ−ト調査を実施した。授業の実際にあたっては,養護教諭と学級担任のT・Tで行い,ストレスについての意見交流やストレスへの対処法,生活習慣や心とからだの状態を振り返るなどの保健学習の内容については主として養護教諭が,マッサ−ジと縄跳びの体育の内容については学級担任が主として担当した。

2 授業の指導案
(1)対象  6年生32名
(2)単元名  心とからだの健康を考えよう
(3)単元の目標 
・ストレスへの様々な対処の仕方に気づくとともに,自分なりのストレス解消法を見つけて今後の生活に役立てる。 
・仲間との交流を通して,自己と仲間の心とからだの状態をみつめ心身をリラックスさせることができる。
・生活習慣ならびに心とからだの状態を自己評価し,より健康な生活を送るための工夫を考え,生活の中で実践できる。
(4)時間  オリエンテ−ション,保健,体育を合わせて7時間
(5)場所  教室,多目的ホ−ル
(6)準備物  ・朝の健康・生活チェック表・からだと心のセルフチェック表・ストレスアンケ−ト ・STAIC(状態不安尺度)・からだのつぼマップ・心とからだの振り返りカ−ド
(7)展開  本単元の学習過程は図1に示す。

学習課題 学習活動 教師の働きかけ
オリエンテーション ○心とからだの健康を保健と体育で学習することを知る。
○「朝の健康・生活チェック表」の記入方法を知り,
1週間続けることを理解する。
○学級担任が養護教諭を紹介し授業の流れを説明する。
○自分のために点検するのであるから,ありのままを書くように促す。
第一次
2時間
自分の生活・心とからだを振り返ろう 保健 ○「朝の健康・生活チェック」の結果を振り返る。○「からだと心のセルフチェック」に記入する。○アンケ−トに記入する。 ○数名を指名し,感想を聞く。
○記入方法を詳しく説明する。
○どんなストレスを感じているか教えてほしいと伝える。
体育 ●顔のつぼを見つける。
●セルフマッサ−ジをする。
●縄跳びと透明縄跳びをする。
●気づいたことをまとめる。
●顔と脚部のマッサ−ジ法を指導する。
●縄を使う時と使わない時の感じ方の違いを発表させる。
第二次
2時間
自分と仲間の心とからだをみつめよう 保健 ○みんなもストレスを感じていることに気づき,ストレスについて意見を交流する。
○ストレスが身体に及ぼす悪影響ついて考える。
○ストレスアンケ−トの結果,上位にあった内容を示す。
○気楽に話し合う雰囲気を作る。
○心とからだは一体であることに気づかせる。
体育 ●セルフマッサ−ジを行う。
●ペアマッサ−ジを行う。
●長縄跳びと透明長縄跳びをする。
●気づいたことをまとめる。
●ペアで行うことによってコミュニケ−ションの大切さ,仲間のからだに気づかせる。
●跳ぶ回数など声をかける。
第三次2時間 ストレスの解消法をみつけこれからの生活に生かそう 保健 ○前回の話し合いを思い出し,ストレスの多くは人間関係によって生じていることを振り返る。
○仲間とストレス解消法について交流し合い、様々なストレス解消法を知る。
○自分にあったストレス解消法をみつける。
○話し合いの後に書いた感想を聞き,記述を読み上げる。
○子どもの意見を三つに分類して板書させる。
○生活の過ごし方を振り返らせた上で,まとめを書かせる。
体育 ○2回目の「からだと心のセルフチェック」を行う。
○これまでの学習を振り返り,自分と仲間の心とからだの気づきをまとめる。
○1回目の時から変化した項目について、理由を考えさせる。
○心身ともに健康な生活を送る工夫やストレスをためない生活の送り方を考えさせる。

         図1 「心とからだの健康を考えよう」の学習過程

3 授業効果の分析方法
(1)状態不安検査(STAIC)(曽我 1980)
 マッサ−ジの前後にSTAIC20項目を用いて不安度を測定した。状態不安は,その場の状態により変動する一時的な情緒状態を得点化するものであり,得点の高いほうが不安を感じる傾向が高いことを示す。マッサ−ジを行うことによって,からだの緊張が解きほぐされ,心身ともにリラックスした状態となり,不安が減少すると予想した。
(2)学級生活満足度尺度(河村 1998)
 河村によれば,「学級生活での満足感や充実感を四つのタイプで把握し,いじめ被害や学校不適応などの子どもを発見するのに活用できるものであり,さらに四つの分布状態から,学級全体の状態を理解することができる」とされている。学級の状態の変化をみるために,全授業の開始前と全授業終了1週間後に学級生活満足度を測定した。

4 授業実践の内容  
(1)オリエンテ−ション
学級担任に今回の授業の流れを大まかに説明してもらい,養護教諭とともに学習を進めていくことを知らせた。自分の生活や心やからだの状態を見つめ直すことによって,毎日をより楽しく・健康に過ごすことができるのではないかと提案した。そこでまず,日々の生活を自己点検することから始め,登校後に「朝の健康・生活チェック(睡眠時間,朝食のメニュ−,排便,気分,体調などの7項目)」(表1)を自己評価することを伝えた。

             表1 朝の健康・生活チェック表
朝の健康・生活チェック表                  6年1組 氏名

  6月8日(火) 6月9日(水) 6月10日(木) 6月11日(金) 6月12日(土) 6月13日(日) 6月14日(月) 1週間チェックした後の感想
睡眠時間
◎○△×
8:00
8:00
9:00
8:00
9:00
8:30
6:30
睡眠時間 寝るときがばらばら
朝ごはん(メニュー) お茶づけ
イカリング
ゆでたまご
バナナ
ヨーグルト
うどん おにぎり1こ お茶づけ
ミートボール
チキンバー
ごはん
ウインナ-
たまご
ヨーグルト
ごはん
みそしる
トマトサラダ
ソーセージ
ゼリー
ごはん
コロッケ
たまごやき
朝ごはん 少ない人多い日があって、ぜんぜん合っていないメニューになっている。
排便○× × × 排便 ほとんど○でなかなかいい。
歯磨き○× 歯みがき いつもかんぺきだった
登校班○× 登校班 いつもちゃんと歩いていけた。 
気分◎○△× 気分 休み明けは気分がいい。
体調◎○△× ×


頭痛
×
頭痛・肩こり
こしがいたい
足首がいたい



頭痛












体調 休みが終わり月曜日の疲れが火曜日にきてしまったので大変でした。
今日の一言 昨日はあんまりねむれそうにないな、と思っていたけど、朝はすっきりと起きられた。 朝起きたら、すんごいかたがいたい。昨日ランドセルが重たくて、朝になったらひどくなっていた。 昨日はつかれていてすぐになてしまったので、朝から気分がなかなかよかった。 昨日は早めにねたけど、気になることがあって夜中に目がさめたりした。 今日は休みだということで夜おそくまで起きていて、朝はおそく起きた。でも気分がよい。 今日も休みだということでおそねおそおきだった。朝はぼーっとしていたけど気分がよい。 昨夜、おそくまでテレビを見ていて、ねるのがおそくなった。でも、朝から気分がとてもよい。 1週間後の一言
私の1週間の生活は、気分がいい日は体調もよいので、気分とからだの調子は関係があるんだと、表を見て思いました。


(2)自分の生活・心とからだを振り返ろう(第一次 2時間)
@1時間目:からだと心のセルフチェック
 先週から毎朝実施している健康・生活チェックを振り返った。1週間継続して点検した結果,睡眠時間が平均して6〜7時間であったり,朝食はパンと牛乳だけという子もいたが,子どもにとっては,1週間の生活の様子を改めて見直す機会となったようである。次に,「からだと心のセルフチェック」(表2)を用いて生活面や健康面の状態をより細かく自己評価し,今後の生活における改善点を具体的に考えた。「運動と睡眠の項目が低いので,見直していきたい」と書いた子が多く見られた。このことから,外で遊ばない,就寝時間が遅い子どもの生活の実態が浮き彫りになった。
 次に,子どもがどんなストレスや悩みを抱えているのかを具体的に把握しておきたいと考え,ストレスに関するアンケ−トを行った。どんな時にストレスを感じるか,ストレスを少なくするために工夫していることなどを質問内容とした。その結果,2名を除いて全員が何らかのストレスを感じていることが分かった。

        表2「からだと心のセルフチェック」表
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A2時間目:セルフマッサ−ジ・透明縄跳び
 自分のからだの状態に気づくことを目的として顔と脚部のセルフマッサ−ジを行った。初めに子どもたちに顔と脚部のつぼの場所と効果が書かれたつぼマップを配付した。学級担任がつぼの場所をわかりやすく示した後、子どもたちは自分にとって気持ちがよいと思われる場所を探した。脚部のマッサ−ジでは,軽擦法・叩打法といった多様な方法を説明しながら行った。マッサ−ジ後の児童の感想を下に示す。
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  「首の後ろのつぼをみつけよう」

○百会とかんこつというつぼがよくきいた。朝,忙しかったけど,なんか心がやわらかくなったというか,気楽になったというか,また,今度もやりたいと思った。
○いろんなつぼをおさえてみて,すごく気持ちがよかった。元気が出てきて,気持ちが「やるぞ」と気合いが入るようになった。耳たぶのうしろが一番気持ち良くて,体がす−っと楽になっていく感じがして気に入っている。もっともっといろんなつぼをおしてみて疲れているのをなくして,気分も楽にして毎日楽しくくらしたい。
○つぼをおして,心とからだがすごく楽になったし,自分の一番気持ちのいいつぼがわかってよかった。お母さんにもしてあげたいと思う。ストレスとか,イライラしたり,しんどかったりした時につぼをおすと楽になれると思う。
○いろいろなつぼを発見した。気持ちがいいのもあったけど,おしたらきもちが悪いのもあった。つぼはみんな気持ちいいものではないんだと思う。自分にあったつぼをみつけられてよかった。

 子どもたちの記述にあるように,指圧やマッサ−ジというからだへの働きかけがもたらした心の変化を感じ取っていた子が多かった。子どもたちは,意識していなかったからだの凝りに気づいたり,からだと心の状態に目を向けることができたようである。しかし,4人目に記述にあるように,おしてみて気持ちがよいというばかりでなく,不快な感覚を味わわせることもあるので,力の入れ方に注意させる必要があると感じた。
 マッサ−ジの後には,自分のからだへの気づきを運動を通して深めさせたいと考え,縄を使わない縄跳びを行った,縄を持たないことによって,跳ぶタイミングや回し方に自然に意識が向いた。それによって,今までは,感じることができなかったジャンプと縄を回すタイミングのずれを自覚することができたようである。どの子も初めはぎこちなかったが,次第に手足を動かすタイミングをつかんで上手に跳べるようになり,道具から開放された透明縄跳びを楽しんでいた。

(3)自分と仲間の心とからだをみつめよう(第二次 2時間)
@1時間目:ストレスについて話し合おう
 ストレスのアンケ−トを集計した結果を全員に示した。ストレスを感じる場面として一番多く挙がっていたのは友人関係で,二番目は親や兄弟などの家族関係,三番目は学習に関することであった。そして,ストレスがたまるとからだや心の状態に変化が起き,身体面や精神面に影響を及ぼすこともあることについて取り上げた。ストレスやプレッシャ−が原因となって起こる心身の状態の変化について具体的に意見を出し合った。その結果,頭痛や腹痛などが起こったり,いらいらしたり,時には眠れなくなったりするなどの意見が挙がり,様々な症状を引き起こすことがあることが理解できたようであった。
 次に,座談会形式にして養護教諭が発言をまとめながらストレスについての意見交流を行った。机を取り除き,椅子を円に並べたことによって,仲間の顔を見ながら,気楽に話し合える雰囲気を作ることができたと思われる。人間関係や学習面での悩みなどを正直に打ち明けた子の発言から,友達にも自分と同じようなストレスや悩みがあることを知り,安心感を持った子も多くいた。授業後には,児童は次のような感想を書いた。「みんなで輪になって,自分のストレスを言った時,スッキリした気分になってよかった」また,みんなの前で発言しなかった子も,「今までの不安(ストレス)がみんなの意見を聞いて少し軽くなった」と書いていた。  

A2時間目:ペアマッサ−ジ・透明長縄跳び
 マッサ−ジの2回目は,二人一組で行うペアマッサ−ジを背中と脚部を中心に行った。今回は背中のつぼマップを配り,それを参考にしながら子どもたちは楽しそうにマッサ−ジをし合っていた。以下は児童の感想である。

○足のマッサ−ジをしてもらうと,体のいろいろな場所が楽になってストレスもなくなるようだった。相手が気持ちいいと言ってくれるとすごくうれしかった。○自分では押されると痛かった所が,相手はそう感じずに気持ち良さそうにしていた。
○気持ちよい力加減が人によってちがったりするから,話しながらしないと相手に痛い思いをさせてしまうかもしれない。
○相手は,ももからかかとまでが痛いといっていたから,だぶん筋肉痛だと思う。とても気持ち良さそうにしていたので,ぼくもうれしった。
○マッサ−ジをする時,相手の痛さが分からないから,はじめは少し軽くして,それからだんだん強くするといいと思った。
○やってもらった時は,気持ち良かったけど,本当に私がやってうまくいった?という感じが自分ではしている。でも「気持ちいいね」とか「もう少し強くして」とかおしゃべりができてよかった。

 相手のことを考えながら行うペアマッサ−ジを通して,子どもたちは次の三点に着目することができたと感じた。まず,人にしてもらう心地良さを味わい,自分のからだの状態に気づくこと。次に,相手の気持ちをほぐすことができる満足感を得ること。さらに,相手のからだと自分のからだの違いを認識し,相手の立場にたって考えることができることである。仲間と触れ合うことによって,自分のからだの状態をを深く見つめることができ,より一層,からだと心の緊張がほぐれることが実感できたといえる。
 しかし中には,「やってもらってもくすぐったいだけだった」とか,「あまりいい気持ちではなかった」という感想を書いた子が3名ほどいたことから,からだを人に触られることに抵抗を示す子への対応は慎重にしなければならないと感じた。
   ペアマッサ−ジの後には,前回の透明縄跳びを発展させて,全員で透明長縄跳びをした。見えないはずの長縄がまるで見えていて,本当の縄をつかって跳んでいる感覚が見ている側にも伝わってきた。全員が一体となって長縄跳びを楽しんでいる表情からは,心身がともに開放された心地よさを味わっていることがうかがえた。

(4)ストレス解消法をみつけ,これからの生活に生かそう(第三次 2時間)
@1時間目:自分にあったストレス解消法をみつけよう
 この時間の初めには,男女でペアマッサ−ジを行った。その後グル−プに分かれて,ストレスの解消法について意見を交流した。ストレスの解消法やストレスを解消している時について話し合った結果,
p34-1.jpg (183543 バイト)「ストレス解消法の板書」
p34-2.jpg (144512 バイト)「気分はどう?」

子どもたちから出た意見は左上の写真の内容であった。ストレス解消法は,ストレスに向き合う,ストレスを上手に発散して気晴らしをする,やつ当たりをするなど大きく三つに分けられた。やけ食いをしたり,クッションを叩くという内容については,「その時だけストレスを解消してもその後に嫌な思いをしたり他の人に迷惑をかけたりすることもあるのでよくない」という意見が出た。仲間が実際に行っているいろいろな解消法を聞いた上で,自分にあったストレス解消法をまとめた。
 「できるだけトラブルを起こさないで穏やかにして,趣味や楽しいことを多くする。睡眠時間を増やしてリラックスした状態を保ちたい。いい友人関係をつくって悩みごとは友達に相談してみる」と授業のまとめた子もいた。

A2時間目:心身ともに健康な生活を送るため工夫を考えよう
 最後の時間には,前回行った「からだと心のセルフチェック」を再度行い,変化をみた。前回の結果と比較して,感想を書いた後,これまでの授業を振り返って自分の生活,からだ,仲間との関係についてまとめを書いた。ストレスを上手に発散したり,ストレスをためない生活の送り方を考えて,授業の振り返りとした。

5 授業の結果

(1)状態不安検査(STAIC)(曽我 1980)(質問紙は資料1に示す)  
 表3は,状態不安の得点の平均と標準偏差を男女別・時期別に表わしたものである。 (セルフマッサ−ジの前後が1回目・2回目,ペアマッサ−ジの後が3回目である。)

    表3 状態不安の得点の平均ならびに男女別・時期別の標準偏差

    1回目 2回目 3回目


SD
15
29.333
8.570
15
26.333
8.859
15
24.400
5.771


SD
14
32.859
5.579
14
32.429
7.566
14
28.429
6.366

p35.jpg (44248 バイト)
   図2 状態不安の平均の推移(男女別)

 男女別(図2)にみると,女子よりも男子の方が状態不安が初めから低いことが分かる。女子は,1回目と2回目では大きな変化はないが,男子は,徐々に状態不安が下がっている。分散分析の結果,時期の主効果のみが有意であった。(F=7.119,P<.005) 性差と時期の交互作用はない。時期における多重比較(男女混合)の結果は表4の通りであり,1回目と2回目には有意な差はなかったものの,1回目と3回目ならびに2回目と3回目では,統計 的に有意に状態不安が減少していた。このことから,ペアマッサ−ジをすることによって,不安感が軽減するといえる。 

 表4 時期の主効果における多重比較の平均 

  1回目 2回目 3回目
31.095 29.381 26.414


(2)学級生活満足度尺度(河村1998)
 質問(資料2)の結果から,承認得点と被侵害得点を,集計座標(資料3)を用いて,各子どもの二つの得点の交差ポイントにその子どものマ−ク(出席番号など)を表記した。学級集団の状態を四つのタイプ(学級生活満足群型・非承認群型・侵行為認知群型・学級生活不満足群型)に当てはめて分布状態をみた結果は,表5の通りであった。(授業実施前と授業終了1週間後の比較)学級集団の状態は,授業の前後ともに学級生活満足群が66%を超える学級生活満足型(資料4)であったが,実施前は,学級生活満足群が86.3%であったのに対し,実施後は96.6%と上昇し,非承認群・侵害行為認知群は実施後にともに減少した。また,前後ともに学級生活不満足群の者はいなかった。
           表5 学級生活満足度尺度の分布結果

  学級生活満足群 非承認群 侵害行為認知群
授業実施前
授業実施後
86.3%
96.6%
10.3%
3.4%
3.4%
0%

6 考察  
 授業の中だけでなく,マッサ−ジや指圧を朝の会の時間などにも取り入れて,多くの友達と触れ合う機会を設定したことによって,子どもたちは相手のからだの状態や,マッサ−ジの感じ方が一人ひとり違うことに気づくことができたと思われる。心地よさを感じる場所や力加減を相手に聞きながら行うペアマッサ−ジでは,自分のからだへの気づきを深めるとともに,相手の立場にたって考え,積極的にコミュニケ−ションを図ろうとする姿を自然に生み出すことが可能となっていた。自分がしてもらったことよりも,「相手にする時に相手を気づかってどうすれば喜んでもらえるかということを考えた」という感想を書いた児童が非常に多かったことから,次のようなことに気づかされた。それは,ペアマ ッサ−ジは相手の身になって考える場をつくり出し,相手のからだと自分のからだを通して,心と心で会話ができるものであるということである。マッサ−ジをリラクセイションの手段として用いたことによって,不安感が軽減されるだけでなく,学級生活満足度尺度の結果からも読み取れるように,クラスの仲間同士のコミュニケ−ションを深める意義も大きかったと思われる。ただし,男女のペアで行う場合やからだに触れられることに示す子がいる場合は,教師の言葉がけや導入の仕方などを慎重に配慮する必要があると感じた。また,マッサ−ジというと肩や背中などは自分ではできないことに加え,人にしてもらうことの方が楽で気持ちがよいと捉えられがちであるため,一人でも手軽にできるセルフマ ッサ−ジの有効な方法を考える必要があると感じた。
 一方,ストレスに関する話し合いや意見交流を通して,子どもたちは自分のストレスや悩みの存在を自覚し,人それぞれいろいろなストレスや悩みをもって生きていることに気づくことができたと思われる。ストレスや不安感の解消法は多様であり,人に迷惑をかけない,嫌な思いをしないで解消する方法や,自分自身の生活を振り返る中で心身ともに健康に過ごすための改善点を見つけたことなどを今後の生活に生かしていってほしい。
 今回,集団を対象として授業に関わり子どもたちと触れ合う中で,実に様々な悩みやストレスを抱えている子どもの実態を垣間見ることができた。養護教諭として,こうした機会を持てたことに非常に大きな価値があったと感じている。

7 今後の課題

 今回の授業は6年生を対象とした1学期の1カ月間での実践であったが,今後は,心の教育に関わる授業について,学年の発達段階に即した内容・方法等を検討していきたい。 また,学級担任と連携を図り,望ましいT・Tのあり方を探りながら,養護教諭ならではの実践に取り組みたい。さらに,今回の授業を通して子どもたちから学ばせてもらったことを保健室における個別指導やヘルスカウンセリングに生かし,呼吸法,動作法,自律訓練法等についても理解を深め,心身の不調を訴えて保健室を訪れる子どもに対して多様なリラクセイション法を活用していきたい。

参考・引用文献
・チャンドラ・パテル著 竹中晃二監訳 1995「ガイドブックストレスマネジメント−原因と結果,その対処法−」信山社
・堀尾直美 2000 第2章第11節 pp217-220「生涯を通じて心身ともに健康に生きぬく子どもの育成をめざす健康教育」兵庫教育大学附属小学校教育研究会「総合的な学びの力を育てる授業づくり−21世紀における教科・道徳学習の知の創造−」黎明書房
・堀尾直美・日笠公則 2000 第2章第11節 pp227-232「心とからだの健康を考えよう」兵庫教育大学附属小学校教育研究会「総合的な学びの力を育てる授業づくり−21世紀にお ける教科・道徳学習の知の創造−」黎明書房 ・藤原忠雄1997 pp47-56「岡山県学校教育相談研究記録「森」第20号」
・兵庫県立教育研修所心の教育総合センタ− 1999「心の教育授業実践研究(第1号)」
・石原昌江編著 1998「からだとこころについての保健指導−養護活動における保健指導  −」東山書房
・河村茂雄著・國分康孝監修 1998「崩壊しない学級経営をめざして(教師・学級集団のタイプでみる学級経営)」学事出版 ・町沢静夫 1999「こころの健康事典」朝日出版社
・日本学校保健会 1997 保健室利用状況に関する調査報告書」p13
・新潟県上越市立大手町小学校 1998「新しい教育過程ににじ色の夢」pp158-163 日本教育新聞社
・増田雄一・山本利春「スポ−ツマッサ−ジ」新星出版社
・文部省体育局 1998「平成9年度体力・運動能力調査報告書」pp11-12『健康教室』第577集 東山書房
・文部省大臣官房調査統計企画課 1999「平成10年度学校保健統計調査速報」pp12-14『健 康教室』第580集 東山書房
・文部省 1999「小学校学習指導要領解説体育編」pp119-123 東山書房
・曽我祥子 1980 「児童用・場面−特性不安テスト−STAICの紹介−」心理測定ジャ−ナ ル16巻12号
・田部井富美子 1999「確かな健康観をもつ生徒の育成」 pp20-24 全国国立大学附属学校 連盟養護教諭部門研究集録第33回
・冨永良喜・山中寛 1999「動作とイメージによるストレスマネジメント教育<展開編> −心の教育とスクールカウンセリングの充実のために−」北大路書房

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