進路指導から見た「トライやる・ウィーク」の教育的効果
−男女別から見た中学2年生の勤労観と個人志向性・社会志向性の変容について−

心の教育総合センター
義務教育研修課 主任指導主事 古田猛志
義務教育研修課 指導主事    住本克彦

要旨

 本研究では、心の教育総合センターで実施した「トライやる・ウィーク」に関する調査をもとに、進路指導から見た教育的効果の研究を行った。 独立変数として性差(男子と女子)を用い、体験前から体験後にかけて、勤労観としての職場人間関係、自己実現、社会的自己実現、社会的ステータスの4因子がどのように変化していき、個人志向性・社会志向性がどのようなバランスで変化していくのかを分析した。
 統計的な検定の結果、男子と女子の変動には違いが見られるものの、「トライやる・ウィーク」の社会体験学習は、勤労観の育成に効果があり、個人志向性・社会志向性を発達させることがわかった。

 キーワード   中学校  トライやる・ウィーク  社会体験学習  進路指導  啓発的な経験  勤労観  個人志向性・社会志向性

はじめに

 兵庫県下の中学2年生を対象にした「トライやる・ウィーク」は、活動の分野的に見ると、職業体験(職場体験活動と勤労生産活動)が約80%である注1)。このことから、この社会体験学習が進路指導でいう啓発的な経験に相当すると考えることができる。本稿では、「トライやる・ウィーク」の教育的な効果を、進路指導の側面から調査研究することを試みた。
 第1の視点は、「職業にどのような意義や役割を見出すかは、将来の職業生活を通じて、よりよく自己を生かすことのできる能力や態度の育成を目指す在り方生き方の進路指導にとって、その根幹をなすものと言える。」1)という観点で、勤労観の変容を分析することにした。この調査には岡田忠義2)が作成したものを小林宏3)が中学生用に改訂した「勤労観−中学生用短縮版」を用いた。岡田は、職業生活にうまく適応している人々が、働くことによって何を得ようとし、働くときに何を大切にしているかということを実証的に研究するために、職場人間関係(社会的交流)、自己実現(能力の活用)、社会的自己実現(社会的役割)、社会的ステータス(経済的報酬)という4つの測定尺度を用いた。
 中学校学習指導要領では、総則において、「生徒が自らの生き方を考え主体的に進路を選択できるよう、学校の教育活動全体を通じ、計画的、組織的な進路指導を行うこと。」と、進路指導の目指すところが示されている。したがって、生き方の進路指導の一つの課題は、生徒が自己をみつめ、社会とのかかわりを自覚することができるよう、指導・援助することであるといえる。第2の視点は、このような観点から、伊藤美奈子4)の作成した個人志向性・社会志向性の測定尺度を用いた。この尺度で、個人志向性とは、独自の個性を活かしていく過程であり、社会志向性とは社会の成員としてふさわしい態度を獲得していく過程といえる。人間の発達とは、その両者が対立や連関を持ちながらより統合された方向へ変化していく過程である。
 ここでの分析に用いた資料は、平成10年度に、心の教育総合センターが実施した調査をもとにしている。その調査方法や調査内容の詳細については、兵庫県立教育研修所研究紀要第110集「地域に学ぶ『トライやる・ウィーク』の教育的効果に関する一考察」(以下、「研究紀要」と略)に記載している。サンプルは、クラスの男女別(102クラス 204標本)の「トライやる・ウィーク」体験前と体験後(同一の質問紙を用いた)の平均得点とし、必要に応じて、生徒一人ひとりの得点(2780名)を用いることにした。

1 勤労観はどのように育成されたか

 人が働く動機は、大きくは経済的動機、社会的動機、自己実現動機の3つに分類することができる。岡田1)のいう勤労観の社会的ステータスが経済的動機に、職場人間関係と社会的自己実現が社会的動機に、そして自己実現が自己実現動機に対応する。実際には、人が働く動機は複雑であり、上の3つの動機のどれを色濃く持っているかだけでなく、それらの関係や構造も考慮しなければならない。
 ところで、自己効力注2)と勤労観の関連で、浦上昌則5)は、「高い職業的進路成熟を保つには、十分な自己効力を持っていることが必要であると考えられる。」と述べている。一般化された自己効力感の得点については、「トライやる・ウィーク」の事前から事後にかけて統計的に有意に高まっている(「研究紀要」、前出)。自己効力理論によれば、数学的能力に関する自己効力感や進路選択に関する自己効力感等、課題固有性があるが、それら固有の自己効力感は、固有の枠を越えて、類似した対象や状況・行動に波及していくといわれる。ここで調査した一般的な自己効力感は、ある程度どのような課題でも有効に働くと考えられることから、自己効力感の得点の高い生徒ほど勤労観の得点も高いかどうかを考察することにする。

(1) 平均得点・標準偏差と分散分析の結果

 次の@〜Cに、それぞれの因子(4因子とも4項目で、5件法で満点は20点)の分析結果を記す。表は男女別の「トライやる・ウィーク」体験前(事前)と体験後(事後)の平均得点であり、( )内は標準偏差を示している。分散分析は、男子・女子の性差(被験者間)と事前・事後の時期(被験者内)の2要因分散分析を行ない、そのF値を載せている。

@ 職場人間関係

  事前 事後
男子 17.078(0.765) 17.124(0.780)
女子 17.551(0.643) 17.534(0.723)

 分散分析の結果、性の主効果(F=22.140)のみが0.1%水準で有意であった。交互作用は有意でなかった。
・女子は男子より得点が高い。

A 自己実現

  事前 事後
男子 13.892(0.901) 14.263(0.986)
女子 14.618(0.735) 15.087(0.817)

 分散分析の結果、性の主効果(F=46.804)が0.1%水準で有意であり、時期の主効果(F=88.315)が0.1%水準で有意であった。交互作用は有意でなかった。
・事前から事後にかけて得点は増加し、女子は男子より得点が高い。

B 社会的自己実現

  事前 事後
男子 12.405(0.947) 12.873(0.972)
女子 12.709(0.779) 13.150(0.885)

 分散分析の結果、性の主効果(F=6.384)が5%水準で有意であり、時期の主効果(F=73.692)が0.1%水準で有意であった。交互作用は有意でなかった。
・事前から事後にかけて得点は増加し、女子は男子より得点が高い。

C 社会的ステータス

  事前 事後
男子 13.548(0.742) 13.686(0.866)
女子 12.391(0.913) 12.474(0.857)

 分散分析の結果、性の主効果(F=114.783)が0.1%水準で有意であり、時期の主効果(F=6.157)が5%水準で有意であった。交互作用は有意でなかった。
・事前から事後にかけて得点は増加し、男子は女子より得点が高い。

(2) 平均得点のグラフ表示

 次のグラフ1は、横軸を事前と事後、縦軸を各因子の平均得点として、男女別に、「トライやる・ウィーク」での変化が分かるように描いたものである。
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    グラフ1 勤労観の変化

(3) 考察

@ 職場人間関係

 グラフからも明瞭なように、職場人間関係の因子は他の因子と比べて得点が高い。この結果から、仕事そのものに意義を見出せないで、職場における人間関係の形成のなかにそれに代わるものを見出そうとしている現代人の働く姿をうかがうことができる。
 体験による変化は見られなかったことについては、質問は「私が就職して働くとき」と聞いているが、生徒は、現在の自分自身の友達関係等の思いから判断して答えているものと考えられる。日常的な人間関係についての意識を反映しているだけに、変化は見られなかったと解される。
 女子の得点が高いことについては、学校生活において女子の方が男子に比べ、グループ内での自分自身の位置に価値を置いたり仲間を大切にしているという、いいかえれば、仲間内で人間関係を大切にするという傾向が出たことがうかがえる。

A 自己実現と社会的自己実現

 自己実現と社会的自己実現は、事前から事後にかけて同じような傾向で変化している。また、事前と事後におけるそれらの因子の相関係数(スピアマン順位相関係数検定)を調べると、それぞれ 0.616(p<.001) と0.650(p<.001) と強い相関があることがわかる。したがって、以下ではこれらの因子を自己実現(自己実現と社会的自己実現)として考察する。
 女子が男子より得点が高いことは、三川俊樹6)が高校生と大学生を対象にした調査で、「男子が『昇進』『経済的報酬』『権威』といった経済的地位に関する価値を重視しているのに対して、女子は『人間的成長』のような自己の内面性にかかわる価値を重視することが示された。」と報告していることと符合している。中学生においても、女子が内面性にかかわる価値を重視する傾向にあることがうかがえる。
 事後において統計的に有意に得点が増加したことについては、仕事における個人の内発的な動機(自己実現)が「トライやる・ウィーク」で満たされたと理解できる。自己実現のためには、仕事をした結果についての情報が本人に返されることが必要であるといわれる。例えば、生徒が病院や保育園での職場体験で、看護や保育をして、その行為の反応として、患者や幼児から、賞賛と受けとれるような言葉や動作が返ってきて、満足感を覚えたことがうかがえる。

B 社会的ステータス

 社会的ステータスについては、他の3つの因子とは逆に、男子が高いという結果になった。このことは、労働における性役割と不可分の関係にあると考えられる。男子は賃労働で、女子は家事労働という近代の労働観は、中学2年生の男子にも「男は外で働いて、家族を養うものである」という意識を植え付けていると解される。
 それほど大きな変化ではないが事後において得点は増加している。このことは、大人が仕事をする動機には経済的なものがあるということを、実際に大人に混じって働くことを体験することによって、実感せずにおれなかった結果であると考えられる。

C 自己効力感と勤労観の関連
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    グラフ2 自己効力感から見た勤労感

 グラフ2は、横軸を自己効力感の得点、縦軸を勤労観の因子得点として各因子を描いたものである。このグラフから、自己効力感の得点の高いものほど、職場人間関係、自己実現、社会的自己実現の高いことが読み取れる。この結果から、一般的な自己効力感を高めることが勤労観の育成にも効果的であることがうかがえる。しかし、社会的ステータスには、他の因子とは異なった傾向が見られ、自己効力感の高いものほど、得点がが低くなっている。
 現実には就職してはいない中学2年生が、「労働の喜び(自己実現動機)」と「労働はお金を得るため(経済的動機)」という両者の折り合いをつけるのに悩んでいるようすがうかがえる。実際問題として、お金は人によっては自己実現の欲求そのものであったり成功や権威を保持する社会的動機である。人は、「経済人」、「社会人」、「自己実現人」に分けられるのではなく、実態は多くの欲求を抱えた多面的な「複雑人」であることを示している。
 しかし、働くことの動機をお金という外在的動機におくことに躊躇している中学2年生は、擬似的にも職業体験をすることによって、自分なりに納得した回答を得たことは次の表からうかがえる。表1は、社会的ステータスと他の因子との相関を事前と事後で調べたものである(スピアマン順位相関係数検定)。体験後には、マイナスの相関が小さくなっている。現実に職場で適応して働く人の意識が、働く中学2年生に影響を与えたようすがうかがえる。

  表1 社会的ステータスに関する相関係数

  事前 事後
職場人間関係 -0.096 **** -0.043 ****
自己実現 -0.233 **** -0.165 ****
社会的自己実現 -0.154 **** -0.084 ****

                             (**** p<.001)

2 個人志向性・社会志向性はどのように発達したか

 「トライやる・ウィーク」を体験する中学2年生は、自我を確立しようとしながら、家族や学校、社会を重荷に感じる時期の真っ只中にいる。自分自身を生かしていこうとしながら、他者との関わりや社会規範との間で対立や葛藤を引き起こしながらも、それらの間で折り合いをつけながら成長していっている。
 伊藤は、個人志向性・社会志向性の変化を、年代別、性別に研究している。下のグラフ3はそれを、横軸を社会志向性、縦軸を個人志向性とした2次元に表示した発達図式である。この2次元の図式でいえば、人の発達過程は右上への変化といえる。
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    グラフ3 2志向性得点の発達的変化(伊藤より)

(1) 平均得点・標準偏差と分散分析の結果

 調査は、5件法で、個人志向性は8項目、40点満点、社会志向性は9項目、45点満点である。

@ 個人志向性

  事前 事後
男子 25.583(1.178) 25.746(1.256)
女子 25.333(1.353) 25.954(1.290)

 分散分析の結果、交互作用(F=13.043)が0.1%水準で有意であった。交互作用における性差の単純主効果を検定したところ、事前と事後において有意でなかった。時期の単純主効果は、男子においては有意でなかったが、女子(F=48.031)は0.1%水準で有意であった。
・事前から事後にかけて女子の得点は増加しているが、男子には変化は見られなかった。

A 社会志向性

  事前 事後
男子 30.585(1.592) 31.067(1.685)
女子 31.505(1.394) 31.924(1.432)

 分散分析の結果、性の主効果(F=20.130)が0.1%水準で有意であり、時期の主効果(F=28.363)が0.1%水準で有意であった。交互作用は有意でなかった。
・事前から事後にかけて得点は増加し、女子は男子より得点が高い。

(2) 平均得点のグラフ表示
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  グラフ4 個人志向性・社会志向性の変化


(3) 考察

@ 個人志向性

 個人志向性において、男子には体験による変化が見られず、女子に変化が見られたことは、女子が個性を発揮(個性化)しにくい社会的枠組み(社会のしくみ、規範、道徳、慣習)のなかで、個性化に向けて発達する突破口になる体験であったことがうかがえる。このことから、女子が「トライやる・ウィーク」を機会にして、自己確立に向けて一歩踏み出したことがうかがえる。

A 社会志向性

 社会志向性の得点が男女ともに高まったのは、この体験によって、生徒は他者や社会との関係を自覚するようになったと考えられる。いいかえれば、「トライやる・ウィーク」は、生徒にとって、自分自身を社会に向かって開示していくよい機会であったことになる。職業体験により社会適応が推進されたことがうかがえる。
 女子の得点が男子より高いことについては、伊藤は「男子は自己確立を前提として他者との関係性を築いていくのに対し、女子は他者とのつながりの上に自己を作り上げていくという人格形成プロセスの差を示唆する」と述べている。

B 2つの志向性の関連から

 生徒の発達過程は、それぞれ別々にその志向性の得点の増加だけで論じることはできない。発達は、個人志向性と社会志向性との衝突とその解決の繰り返しにより、2つの志向性がバランスをとりながら高まることである。そこで、体験による志向性の変化を、2つの志向性の2次元図式で表したのがグラフ5である。伊藤も指摘しているように、男子は左上寄りの個人志向性が優位な領域で、女子は右下寄りの社会志向性が優位な領域で発達的な変化をしていることが分かる。
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           グラフ5 2志向性の発達的変化

 次に、この発達的変化を、2つの志向性の相関係数(スピアマン順位相関係数検定)の事前から事後の変化から見てみる(表2)。

    表2 志向性の相関

  事前 事後
男子 0.372 **** 0.396 ****
女子 0.305 **** 0.371 ****

                      (**** p<.001)
女子の相関係数が、事後にかけて大きく増加していることが分る。このことは、社会的な枠組みが一般的には女子に不利であるから、それを内面の準拠枠にすることができないでいたが、体験によって社会的枠組みを内面化し、個人志向性の高まりも連動して、個人志向性と社会志向性のバランスのとれた発達につながったものと解される。「トライやる・ウィーク」は、自己確立と社会適応に葛藤を感じていた女子に、それらの両立への機会となり、個性化へも大きく前進させる場になったといえる。
 ところで、伊藤は、職業観あるいは人生観の違いによって、個人志向性・社会志向性が左右されることを指摘している。この点を、自己実現の得点をもとに見ておく。表3は、体験後の自己実現得点により標本を高得点群、中得点群、低得点群に分け、個人志向性と社会志向性の体験による得点の増加(事後の得点−事前の得点)を示したものである。

   表3 自己実現と志向性

  個人志向性 社会志向性
高得点群 0.730 1.228
中得点群 0.376 0.234
低得点群 0.110 -0.155

職業における自己実現の得点が高いものほど、個人志向性や社会志向性の伸びも大きいことが分かる。

3 全体的考察

 「トライやる・ウィーク」の1週間で、中学2年生は、勤労観としての因子である自己実現、社会的自己実現、社会的ステータスの得点を高め、個人志向性・社会志向性もバランスよく発達した。このことから、進路指導的な面からもこの社会体験学習は効果的な啓発的経験であったといえる。
 性差については、個人志向性・社会志向性の発達的変化には、文化的社会的性差による発達過程の違いが見られたが、勤労観については、それが屈折した形態で現れているといえる。現実社会で働いている女性にとっては、現代の職場が、男性に比べ自己実現という点では働きにくい場であるのが一般的である。そのような現状からの願望として、女子の高い自己実現得点を読むことができる。
 ところで、全体的には男子よりも女子の方に、この体験は効果的であったといえる。しかし、このことは社会的文化的性差だけによるのではなく、どのような体験をしたかに大きく関わっているのではないかとの疑問が分析をする過程で生まれてきた。それは、体験によって男子と女子の人数差が大きく、自己効力感の変容も異なっていたためである。このことを分析した結果、体験内容が部分的に「トライやる・ウィーク」の効果を説明することがわかった。具体的には、中学2年生が1週間の社会体験をするのに適当な職場を選択したところ、結果的に、保育園や病院等、女子にとって自己実現が図れる場が多かった。このことは、自己効力感の事後にかけての変化が男子より大きかったことからもうかがえる。このように考えると「トライやる・ウィーク」は女子により有効な体験であったといえるが、進路指導においては、男子にとってより効果的に勤労観の育成や自己理解が図れる職場体験は何かということや、そのような職場での体験ができる体制を整備することも大切であるといえる。

おわりに

 進路指導における啓発的な経験の意義は、とかく観念的になりがちな生徒の自己理解や進路情報を改善するところにある。働くことの理解のためには、実際に働くことが真の理解に近づく近道ではあるが、啓発的な経験は、それ自体に価値があるのではなく、それを意識することによって意味をもつといえる。「トライやる・ウィーク」でいえば、進路に関する情報を得る活動等を通して、その体験の意味を理解させるような刺激を与え、事前及び事後の指導を適切にすることが大切である。今までに見てきた、勤労観の育成や生徒の発達は、学校・家庭・地域社会の連携・協力やそのような指導の結果であるといえる。
 また、このような長期的な社会体験学習は、今日的な教育的課題としての意味も持つといえる。勤労観は、自己実現や報酬といった個人の価値観に関係しているから、常に社会や時代の影響を受けている。文部省統計数理研究所の「日本人の国民性」調査から、生きることについての価値観の変化を見ると、1953年から1999年にかけて「金や名誉を考えずに、自分の趣味にあったくらし方をすること」は21%から41%で2倍に増加している。このような価値観の変化から考えると、勤労観の下位因子である自己実現や社会的自己実現を育成するのが以前より困難な社会的状況になっていることがうかがえる。そのような意味においても、啓発的な経験としての「トライやる・ウィーク」の今日的な意義はあるといえる。
 ところで、「トライやる・ウィーク」を体験し、勤労観や自己理解が発達した中学2年生は、啓発的な経験の意義をも意識化したことがうかがえる。進路指導における啓発的な経験の意義は、生徒にそのことを意識させることにあるとすると、生徒たちは、働いている大人の姿を日常的に見ていることを考えると、啓発的な経験の場は、家庭や地域社会等いたるところにあるといえる。そのような意味では、進路指導における啓発的な経験の指導・援助は「トライやる・ウィーク」だけでなく、あらゆる機会や日常的な場で取り組まれることによって一層意義のあるものとすることができる。

引用文献
1) 文部省「個性を生かす進路指導をめざして−生き方 の探求と自己実現への道程−」海文堂出版(1992)
2) 岡田忠義・内藤勇次「高校生用勤労観尺度作成の試 み」日本進路指導学会第10回研究大会発表要旨集録 (1988)
3) 小林宏「中学生の勤労観短縮版尺度作成の試み」兵庫教育大学発達心理臨床研究(2000)
4) 伊藤美奈子「個人志向性・社会志向性尺度の作成及び信頼性妥当性の検討」心理学研究Vol.64(1993)
5) 浦上昌則「進路選択に対する自己効力と進路成熟の関連」教育心理学研究 第41巻第3号(1993) 
6) 三川俊樹「日本の青年における職業(労働)価値観」 カウンセリング研究Vol.24 No.1(1991)

参考文献
1) アルバート・バンデューラ「激動社会の中の自己効 力」(金子書房,1997)
2) 内藤勇次編著「生き方の教育としての学校進路指導」 (北大路書房,1991)
3) 今村仁司「近代の労働観」(岩波書店,1998)
4) 藤本喜八「進路指導論」(恒星社厚生閣,1991)
5) 伊藤公雄・牟田和恵編「ジェンダーで学ぶ社会学」 (世界思想社,1998)
6) 伊藤美奈子「個人志向性・社会志向性から見た人格形成に関する一研究」(北大路書房,1997)


注1) 兵庫県教育委員会による調査

  平成11年度 平成10年度
職場体験活動 70.8% 72.1%
ボランティア福祉体験 7.9% 8.8%
文化・芸術創作活動 7.9% 6.4%
勤労生産活動 5.6% 5.2%
その他の体験活動 7.8% 7.5%


注2) バンデューラは「このことについてなら、自分はここまでできるのだ」といった自分の能力に関する判断の内容を自己効力とよび、この予期的な自己効力感が行動を動機づけ、コントロールする要因となることを指摘した。

資料

1 調査について
 ・調査対象者:県下7地域20校の中学2年生(102クラス)2780名 
 ・調査の時期:平成10年11月〜12月
 ・調査方法:「トライやるウィーク」の前の週と後の週に同じ内容の質問項目の調査用紙を実施するように各中学校に依頼


2 調査項目    (数値は質問番号 #の項目は逆転項目)

(1) 勤労観−中学生用短縮版−
 
<職場人間関係>

1 私が就職して働くとき、仕事は最後までやりとげることが大切である。
5 私が就職して働くとき、職場の規則を守ることは大切である。
9 私が就職して働くとき、仲間と力を合わせて作業することは大切である。
13 私が就職して働くとき、職場の仲間と仲良くすることはたいせつである。

<自己実現>

2 私にとって働くことは、能力をのばし、個性を発揮することである。
6 私にとって働くことは、自分自身を向上させるためである。
10 私にとって働くことは、いだいている夢を実現させるためである。
14 私にとって働くことは、自分を磨くことである。

<社会的自己実現>

3 私にとって働くことは、社会に奉仕することである。
7 私にとって働くことは、仕事をとおして社会に貢献することである。
11 私にとって働くことは、世の中のためである。
15 私にとって働くことは、人々のためになることである。

<社会的ステータス>

4 私が就職して働くとき、給料がよければ自分の能力が発揮できなくてもよい。
8 私にとって働くことは、お金をえることである。
12 私にとって働くことは、余暇に遊ぶためである。
16 私にとって働くことは、生活を維持していくためである。

(2) 個人志向性・社会志向性

<個人志向性>

2 自分の個性をいかそうと努めている。
3 自分の心に正直に生きている。
#5 小さなことも自分ひとりでは決められない。
#7 自分の生きるべき道が見つからない。
9 自分が満足していれば人が何を言おうと気にならない。
13 自分の信念にもとづいて生きている。
15 周りと反対でも自分が正しいと思うことは主張できる。
#17 自分が本当に何をやりたいのかわからない。

<社会志向性>

1 人に対して、誠実であるよう心がけている。
4 他の人から尊敬される人になりたい。
6 他の人の気持ちになることができる。
8 他人に恥ずかしくないように生きている。
10 周りとの調和を重んじている。
11 社会のルールに従って生きていると思う。
12 社会(周りの人)のために役に立つ人間になりたい。
14 人とのつながりを大切にしている。
16 社会(周りの人)の中で自分が果たすべき役割がある。

(選択肢)

5 非常によくあてはまる
4 かなりあてはまる
3 どちらともいえない
2 ほとんどあてはまらない
1 まったくあてはまらない

3 分散分析表     (+p<.10 *p<.05 **p<.01 ***p<.005 ****p<.001)

(1) 勤労観

@ 職場人間関係

変動因 平方和 自由度 平均平方 F p  
19.875 1 19.875 22.140 0.000   ****
誤差 181.337 202 0.898      
時期 0.021 1 0.021 0.117 0.733  
性×時期 0.103 1 0.103 0.576 0.449  
誤差 35.973 202 0.178      
全体 237.308 407        

A 自己実現

変動因 平方和 自由度 平均平方 F p
61.179 1 61.179 46.804 0.000 ****
誤差 264.041 202 1.307
時期 17.989 1 17.989 88.315 0.000 ****
性×時期 0.244 1 0.244 1.196 0.275
誤差 41.145 202 0.204
全体 384.596 407

B 社会的自己実現

変動因 平方和 自由度 平均平方 F p  
8.590 1 8.590 6.384 0.012 *
誤差 271.784 202 1.345      
時期 21.062 1 21.062 73.692 0.000 ****
性×時期 0.018 1 0.018 0.063 0.801  
誤差 57.734 202 0.286      
全体 359.188 407        

C 社会的ステータス

変動因 平方和 自由度 平均平方 F p  
143.077 1 143.077 114.783 0.000 ****
誤差 251.796 202 1.246      
時期 1.244 1 1.244 6.157 0.014 *
性×時期 0.077 1 0.077 0.382 0.537  
誤差 40.814 202 0.202      
全体 437.005 407        

(2) 個人志向性・社会志向性

@ 個人志向性

変動因 平方和 自由度 平均平方 F p  
0.045 1 0.045 0.016 0.901  
誤差 575.668 202 2.850      
時期 15.722 1 15.722 38.312 0.000 ****
性×時期 5.352 1 5.352 13.043 0.000 ****
誤差 82.892 202 0.410      
全体 679.678 407        

性×時期 交互作用における単純主効果

変動因 平方和 自由度 平均平方 F p  
性(前) 3.188 1 3.188 1.955 0.163  
性(後) 2.209 1 2.209 1.355 0.245  
誤差   404 1.630      
時期(男) 1.364 1 1.364 3.324 0.070 +
時期(女) 19.710 1 19.710 48.031 0.000 ****
誤差   202 0.410      

A 社会志向性

変動因 平方和 自由度 平均平方 F p  
80.519 1 80.519 20.130 0.000 ****
誤差 807.982 202 4.000      
時期 20.687 1 20.687 28.363 0.000 ****
性×時期 0.099 1 0.099 0.136 0.712  
誤差 147.330 202 0.729      
全体 1056.617 407