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「心のイラストを描こう」の授業研究−第4学年の児童を対象にして−
淀澤勝治(兵庫教育大学学校教育学部附属小学校)
要約
小学校中学年における道徳教育のなかで,ストレスマネージメントを有機的に取り入れた学習過程を設定し,5時間プログラムを実施した。導入にはセルフ・リラクセーションとして「肩の上げ下げ」と「呼吸法(腹式呼吸:10秒呼吸法)」を行った。道徳の時間には「自分や友だちのよさを見つけよう」の学習課題のもと【自己理解】に焦点を当てて学習を展開した。その結果,互いのよさを再認識するとともに,今まで知らなかった,気がつかなかった自分に対して好意的な反応が数多く見られた。また,学習過程の前後で「こころとからだの生活アンケート」を行ったところ,学校適応感が高まり,学校やクラスに対する不安を感じる度合いが少なくなっていた。このプログラムが「心の教育」として有効であったと言えるであろう。 |
1 はじめに
教育課程審議会答申や中央教育審議会答申あるいは新学習指導要領に代表されるように,心の教育の充実が叫ばれるようになって久しい。この心の教育については,今日いろいろな考え方によって様々な取り組みが試みられていることは周知の事実である。生徒指導的アプローチ,カウンセリング的アプローチ,感性・情操的アプローチなどは,精神の形成という視点から「新しい時代を拓く心」を育てようとしているのであろう。また,心の教育と切り離して考えられない道徳教育では,人格の形成という視点から「内面に根ざした道徳的実践力」の育成を目指している。そして,本当に豊かな人間形成のためには,それぞれの視点を大切にしながら統合していくことが必要になろう。
心の教育開発研究委員会では,上述したような社会的要請に鑑み,学校における心の教育の実施に向け,具体的な心の教育の授業(道徳・特別活動・ホームルーム等)案を模索するとともに,その有効性について探ることで心の教育の充実を図ろうとしている。
そこで今回は,特に小学校中学年における道徳教育のなかで,ストレスマネージメントをはじめ学習内容として【自己理解】に焦点を当てた学習過程を設定し,子どもの学ぶ道筋や授業後の心の様相を探ることにした。授業の後半で自己を内省的に捉えさせるなど,これまでの道徳の時間においても,自分のことを知る(自己理解)という活動は重視されてきた。しかし,自己内省の考え方は,自己理解といっても自分の欠点を反省的に捉えさせることがねらいであった。それに対して,本研究で取り上げる自己理解の特徴は,自己のよさを能動的に理解することが要求されるところにある。
以下,仮説する学習過程とその各段階の詳細について記述する。
仮説) 第4学年の「心の教育(自己を生き方をふりかえる)」の学習過程として,「ふりかえる」「みつめる」「あらわす」の3段階の学習過程を仮説する。 |
「ふりかえる」段階は様々な体験活動を想起することにより自分自身を振り返らせることが学習の中心となる。ここでいう体験活動は,単なる体験ではなく児童にとって意味ある体験のことである。
「みつめる」段階はより深く自己を見つめる段階であるが,自分だけの振り返りではなく,他者との交流場面を設定するところに特徴がある。すなわち,「ふりかえる」段階で振り返った自分が他者にはどのように映っているかを探ることを通して,自分とは異なった見方,感じ方に触れ,より深く自己を見つめることになるのである。
「あらわす」段階のねらいは,自分について理解したことを主体的に表現し,児童が自己を肯定的に見るようにさせるところにある。すなわち,表現とは「ふりかえる」と「みつめる」の学習過程を通して見つめてきた自分の表現そのものである。そこには新しく認識した自己や他者によって認められた自己など様々な自己が表現されるものと考えられる。
このように,仮説された学習過程を辿ったとき(期待される学び取りをした時),児童一人ひとりが自分の様々なよさに気づき見つめ直す事によって,それらを受け入れようとすることができるかについて検証することを本研究の目的とした。
なお,本実践は兵庫教育大学附属小学校教育研究会に報告されている先行研究『心のイラストを描こう』(長谷川重和・徳永悦郎:1993)を基に若干の改定を加えてその有効性を検討・検証することにした。
2 授業の指導案
1) 対象:4年3組児童29名(男子17名,女子12名)
2) 主題名:心のイラストを描こう
3) 実践期間:平成10年10月22日から同年11月2日まで全4時間
4) 本主題の目標
・「自分が思っている自分」と「友だちや身の周りの人が思っている自分」とは必ずしも一致しないことに気づく。
・自分の様々なよさに気づき,見つめ直すことによって,それらを受け入れようとする。
5) 学習過程:本主題の学習過程は図1に示す。
学習 学習 学 習 活 動 教 師 の 働 き か け
過程 課題
ふ り か え る |
心 の 成 長 を か ふ り か え ろ う |
○セルフ・リラクセイションの
方法を学び,心身ともにリラ ックスした状態になる。 ○シェアリングを行い,セルフ ・リラクセイションの体験を分かち合う。 ○最近のクラス仲間たちの生活 ぶりを思い出し,自分や友だちのいい所をクラス名簿に思いつくままに記述する。 |
●ストレスマネージメントのうち,セルフ・リラクセイションの方法を,代表者をモデルにしながら説明し,実施する。 ・肩の上げ下げ ・呼吸法 ・シェアリング ●自分や友だちのいいところ,頑張っているところに目を向けさせ,簡単な言葉でできるだけたくさん見つけさせる。 |
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(第1次・1時間/学級活動) | |||||||||
見 つ め る |
自 分 や 友 だ ち の よ さ を 見 つ め よ う |
○セルフ・リラクセイションを 行い,心身共にリラックスし た状態にする。 ○自分が書いた「このごろ変わってきたこと・頑張っていること」の作文を読み,変わってきた心や成長を振り返る。 ○メッセージカード(自分) に自分のよさを書き込む。 ○班の友だちに対して自分が感じているよさをメッセージカード(友だち用)に記入し,友だちのカードと交換する。 ○交換したメッセージカードを 以下に示す“JSの扉”にしたがって分類する。 ○意見を交流する。 |
●簡単な説明と肯定的相互作用。 ●「この頃変わってきた自分」の作文(常時活動)の中で,具体的な事実から心の動きを捉えている内容を選び,紹介する。 ・頑張っている自分 ・変わっていく自分 ・成長している自分 ●メッセージカードには今までにあった事実だけを書くのではなく,事実と関連づけて心の動きまでふれさせるように促す。 ●メッセージカードには,学活の時間に気づいたことを想起させたり,じっくりと考えさせたりすることで,より詳しい心の動きを表現させる。 ●3つの分類の観点を知らせる。 ●分類した情報をもとに簡単な意見交流の場を設定し,お互いに認め合う雰囲気作りに努める。 |
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(第2次・2時間/道徳) | |||||||||
あ ら わ す |
心のイラストにあらわそう | ○前から分かっている自分とメッセージカードで知った自分など,各領域を意識してイラストを描く。 ○学習で感じたことをイラスト のなかに表現する。 |
●いろいろな自分を描くなかで,知っていた自分と学習して初めて知った自分とに分けて心のマップを表現させる。 ●自分のシルエットを写し取った紙を作成させ,そこに今までの学習をまとめさせることによって,より親近感を持って自己理解ができるよう促す。 |
(第3次・2時間/学級活動)
図1.「心のイラストを描こう」の学習過程
3 授業効果の分析方法
1) 学習成果の分析
児童が自己理解を深め,自己を肯定的に見るようになるかどうかを探るために,「自己理解を深める」と「学校適応感」の2つの観点に分け,それぞれについて評価していきたい。
(1) 「自己理解の深まり」について
自己理解が深まったかどうかの評価は,以下に概観する Joseph
LufutoとHarry Ingham(ジョハリ)が考察した理論(ジョハリの理論)を参考に,自己理解の深まりを図る評価法を考案し,それをもとに評価することにする。
ジョハリは,自己理解の深まりを対人関係の変化の中に見いだし,人間の心を4つの窓(図2の領域ABCD)に分けた。そして,それぞれの領域が自己の理解の深まりに伴ってどのように変化するかを,ABCDの窓の広がりとして考えた。
図2の各領域(A,B,C,D)を説明すると,次のようになる。
A領域は自分の行動や感情について,自分も判っており他人も判っている領域である。この領域では他人に遠慮することがなく,自分の思いや言動を自由に表出できる。
B領域は自分の行動や感情について,自分には判らないが他人には判っている領域である。この領域では自分自身のことに気づかせる環境づくりが大切である。
C領域は自分の行動や感情について,自分には判っているが,他人には判らない領域である。この領域は自分で意識していても表出しないで隠している部分である。
D領域は自分の行動や感情について,自分も判らないし,他人にも判らない未知の領域である。
ジョハリの理論によれば,自己理解が深まることはB領域が他人との相互交流によってA領域に変わり,C領域がA領域に変わっていくことである。そして,A領域が拡大していくことで自分にも他人にも判らない領域がだんだん少なくなり,D領域は縮小するのである。
自分から見て 判る 判らない |
「よさ」を <自分が思う> <友だちが思う> |
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他人から判る | <A領域> 自分も判っており、他人も判っている領域 |
<B領域> 自分には判らないが他人には判っている領域 |
C領域 自分だけ思っていて、友だちは見つけてくれないよさ |
A領域 自分も友だちも思っているよさ |
B領域 自分は思っていないが、友だちが見つけてくれたよさ |
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私を見て判らない | <C領域> 自分には判っているが、他人には判らない領域 |
<D領域> 自分にも他人にも判らない領域 |
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図2 ジョハリの窓 図3 JSの扉
本学習では,相互交流を通して自己理解がどのように深まるかを評価するため,ジョハリの理論をもとにabcの領域による「JSの扉」を上記図3のように仮説した。
図3の各領域(a,b,c)を説明すると次のようになる。
a領域は自分自身でよさだと思っていることが,友だちにもよさだと思われている領域である。b領域は自分自身はよさだと思っていないが,友だちはよさだと思っている領域である。c領域は自分自身はよさだと思っているが,友だちには認められていない領域である。
自己理解の深まりの評価については,前述した理論をふまえ,次のように考えた。
学習過程の「みつめる」段階で児童はメッセージカードを交換し,それをJSの扉の領域(a,b,c)ごとに分類する。そこで,その数の割合が各領域ごとに1回目と2回目でどのように変化したかを検討することを通して,自己理解の深まりを捉えようと考えた。つまり,ジョハリの理論を念頭においた時,児童の自己理解が深まっていくことはa領域が拡大してb領域とc領域が縮小することであると考えたのである。
(2) 学校適応感について
単元を通して新しく認識した自己や他者によって認められてきた自己を感じることが出来たかどうかについては,学校やクラスに対する適応感にも表れると考える。なぜならば,自己理解と他者理解の相互作用によって,集団に対する帰属感や安心感が一層高まると考えられるからである。そこで,学習過程の前後で「こころとからだの生活アンケート」を実施し,学校適応感を測定することにした。
2) 学習行為の分析
学習行為の側面からは,学習過程の妥当性を検証するため,提示した学習課題の妥当性を検討することにした。そのために,毎授業後好意的反応等を問う振り返りカードに必要事項を記述させることとした。
4 授業実践の内容
授業実践の内容を以下の表1〜3に学習の展開として示すとともに,若干の説明を加えたい。
表1.第一次の学習の展開(淀澤,1998)
学 習 活 動 |
教 師 の 働 き か け |
予想される子どもの反応 |
1.セルフ・リラクセーションの方法を学ぶ。
2.実際に体験してみる。 3.セルフ・リラクセーションの体験を分かち合う。 4.自分や友だちのいい所を見つける。 |
●ストレスマネージメントのうち,セルフ・リラクセイションの方法を,代表者をモデルにしながら説明し,実施する。 「みんなは,どんなときに緊張するかな?発表会やリレーの前なんかすごく緊張することってあるよね。今日はそんな緊張をやわらげる方法をみんなに紹介するから一緒にやってみようか?」 ・肩の上げ下げ ・呼吸法 ●シェアリングをすることで感じたことを交流させる。 ●最近のクラス仲間たちの生活ぶりを思い出させ,自分や友だちのいい所をクラス名簿に思いつくままに記述させる。 |
・不思議そうな顔をしながらも,興味深く教師の話 に聞き入る。 「おもしろそうだ」 「やろうやろう」 「本当かな」 ・実際に体験してみて,自然に感想を出し合う。 「あっ!本当だ。何だか ・気持ちが落ちついた状態で自分やクラスの仲間のいい所を考えることで,素直にいい所を認めることができる。 |
表2.第二次の学習の展開(淀澤,1998)
学習活動 |
教 師 の 働 き か け |
予想される子どもの反応 |
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1.セルフリラクセーションを行う。 2.友だちの作文 (このごろがんばっていること)を聞き,友 だちのがんばりに目を向ける。 3.自分の作文を読み,自分のがんばりに対してメッセージカードを書く。 4.班の友だちに対して自分が感じているよさをメッセージカード(友だち用)に記入し,友だちのカードと交換する。 5.交換したメッセージカードを,3つの観点から分類する。
6.意見を交流す る。
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●心身ともにリラックスした状態で学習に取り組むことができるよう,ストレスマネージメントを学習導入時に行う。 ●「この頃変わってきた自分」の作文(常時活動)の中で,具体的な事実から心の動きを捉えている内容を選び,紹介することで,友だちのがんばりに目を向けさせる。 ●日記帳を返却し,じっくりと時間をかけて自分の心の成長に目を向けさせる。また,個々に対応することで 肯定的に捉えることができるよう働きかける。 ●分類の観点は以下に示す。 “JSの扉” |
・前時に体験したリラクセーションの方法を想起し,意欲的に取り組もうとする。 ・友だちの作文の耳を傾け,共感的に理解したり,自分には気づかなかった友だちのがんばりに拍手を送る。 ・自分の振り返りに対して,肯定的(あるいは否定的)に捉えている子がいる。 ・互いによさを認め会うことができる子が予想される。 |
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「よさ」を |
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c領域 |
a領域 |
b領域 |
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●仲間の意見を分類させた後に,その感想を聞き,お互いの意見交流の場を設定することで,それぞれが感じっ取ったことを広げていきたい。そうすることで,意外な自分がいたことや,思っていたとおりの自分の姿がクローズアップされ,より肯定的な自己理解が深まると考える。 | ・予想外の自分のよさを指摘されうれしく感じる子や,びっくりする子が数多く見られる。 |
表3.第三次の学習の展開(淀澤,1998)
学習活動 |
教 師 の 働 き か け |
予想される子どもの反応 |
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1.セルフリラクセーションを行う。 2.心のイラ ストを作成 する
3.出来上がったシルエットを交流し合う。 |
●心身ともにリラックスした状態で学習に取り組むことができるよう,ストレスマネージメントを学習導入時に行う。 ●「みんなは,これまで道徳の時間や学活の時間に自分や友だちのいい所をたくさん見つけてくれたよね。今日はそれぞれが見つけてくれたいい所のカードを全部返しますから,それをもとにして自分だけの心のイラストを描いてみましょう」 |
・前時に体験したリラクセーションの方法を想起し,意欲的に取り組もうとする。 ・積極的にイラストづくりに取り組もうとする姿が予想される。
・互いのいい所を肯定的に 評価し合う。 |
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心のイラストに書き込む内容と留意点 表・自分のシルエットを写し取った紙を作成させ,そこに友だちからもらったカードの内容を書き込ませる。その際に道徳の時間に分類した視点を生かして描くように促す。 裏・10歳の今の自分を表現できることをイラストも交えながら書き込ませる。その際に,自由な発想を認めることで,より肯定的に今の自分を表現できるように促す。 |
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●出来上がったシルエットを交流させることで,互いの いい所を認め合う雰囲気をつくりだす。 |
表1〜3に基づいて,授業がどのように展開されたかを概観する。
〈ふりかえる〉段階(第一次)
この段階の学習課題を「心の成長を振り返ろう」とし,子どもたちそれぞれが体験したことを振り返ったり,心の動きを見つめたりする活動を取り入れた。具体的には,常時書かせている「この頃変わってきたたこと」の作文を読ませ,自分を振り返らせた。その際,次の3点を大切にするよう配慮した。
@頑張っている自分を見つける。
Aこの頃変わってきた自分を見つける。
B成長している自分を見つける。
作文の内容は,自分の成長ぶりを捉えたり,よさに目を向けているものがほとんどでああったが,なかには否定的な捉え方をしている児童も若干名見られた。確かに自分を理解していく上で時には自分の欠点を見見つめることも大切であろうが,本実践のねらいは自分を肯定的に見させることなので,上述した内,よさに目を向けているる記述のみを取り上げるようにした。
〈みつめる〉段階(第二次)
この段階における学習課題を「自分や友だちのよさを見つめよう」とし,同じ学習の流れの計2時間の学習を仕組むこととした。1時間の学習の流れは以下の通りであった。
@自分の考える自分のよさを記録カードに書く。
A友だちのよいところをメッセージカードに書き,それを交換し合う。
Bもらったメッセージカードを,前述した図3の領域毎に記録カードに整理する。
なお,ねらいから考えて「ふりかえる」段階の作文の取り上げ方と同様,メッセージカードの内容は次の3つの領域に分類してまとめるものとした。1つ目は「自分も友だちも思っているよさ」,2つ目は「自分は思っていないが友だちは思っているよさ」,最後に「自分だけが思っていて友だちは思っていないよさ」である。
〈あらわす〉段階(第三次)
この段階の学習課題を「心のイラストにあらわそう」とし,「みつめる」段階でまとめた記録カードを参考にして,感じ取った自分の心のイメージを,イラストに描くという学習活動を仕組んだ。ここでは,自己を見つめ理解したことをもとに,さらに表現することによって自己を肯定的に見るようになることを期待したのである。
5 授業の結果
1) 学習成果について
(1) 「自己理解の深まり」について
前述した「自己理解の深まり」の評価法(JSの扉)から考えると,学習成果があったとするためには次の3点が必要である。
@ 自分も友だちも思う領域(a領域)のメッセージの割合が増加する。
A 友だちだけ思う領域(b領域)のメッセージカードの割合が減少する。
B 自分だけが思う領域(c領域)のメッセージカードの割合が減少する。
児童自身が領域(A,B,C)
ごとに分類したメッセージカードの数を1回目と2回目に分けてまとめたものを,@〜Bの評価基準を基に分析すると,授業結果は以下のようになった。
@ :自分も友だちも思う領域(a領域)のメッセージの割合はどの子も増加した。
この結果から,@については,期待通りの学習成果が得られたと考えられる。
AB:どちらも減少の傾向にはあったものの,明らかな変容は認められなかった。
これらの結果から考えると,@だけが期待通りの結果となった上記の評価基準だけからは,自己理解が深まったとは断定できない。また,上述した学習成果については,友だちのいい所を詳細に記述していたため,どうしても学習時間内には統計的に処理できるような十分なデータが得られなかった。
そこで,視点を変えて,単元の序盤と終盤に取った「友だちのいい所見つけカード」(クラス名簿に友だちのいいところを一言で記述するもの)の投票数と被投票数の変化から,「自己理解の深まり」を再度検討してみた。
表4は「友だちのいい所見つけカード」の投票数と被投票数を1回目と2回目に分けてまとめたものである。なお,統計処理の結果はサイン検定にてその有意差を測定した。
表.4「友だちのいい所見つけカード」 の投票数と被投票数
児 童 番 号 |
投票数 (男子) (女子) ( 回目) |
被投票数 (男子) (女子) (回目) |
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1 | 2 | 1 | 2 | 1 | 2 | 1 | 2 | |
1 | 6 | 15 | 30 | 30 | 23 | 25 | 20 | 26 |
2 | 17 | 28 | 17 | 15 | 21 | 25 | 17 | 21 |
3 | 21 | 28 | 26 | 27 | 24 | 29 | 12 | 20 |
4 | 13 | 27 | 18 | 21 | 21 | 29 | 11 | 22 |
5 | 23 | 29 | 11 | 18 | 19 | 22 | 13 | 23 |
6 | 30 | 30 | 12 | 10 | 20 | 23 | 10 | 22 |
7 | 19 | 30 | 15 | 19 | 22 | 27 | 11 | 22 |
8 | 18 | 29 | 9 | 20 | 16 | 24 | 14 | 23 |
9 | 12 | 30 | 15 | 13 | 14 | 24 | 12 | 22 |
10 | 22 | 12 | 26 | 30 | 20 | 22 | 13 | 21 |
11 | 17 | 21 | 19 | 22 | 15 | 19 | 10 | 22 |
12 | 6 | 30 | 16 | 21 | 19 | 28 | 9 | 21 |
13 | 13 | 16 | 17 | 19 | ||||
14 | 4 | 12 | 17 | 27 | ||||
15 | 23 | 30 | 16 | 23 | ||||
16 | 9月末に転出 | 18 | 17 | |||||
17 | 7 | 2 | 15 | 23 | ||||
18 | 16 | 16 | 12 | 18 |
表4の結果を基にサイン検定を行ったところ,投票数・被投票数ともに,単元の序盤から終盤にかけて増加の傾向を示し,P<0.01水準で統計的に有意な差が見られた。
なお,この場合単元の序盤と終盤において変化の見られなかった児童はNから差し引き,増加しなかった児童数をxとしてサイン検定表に照らし合わせて測定した。また,その結果,男子・女子・クラス全体の全てにおいて,P<0.01水準で統計的に有意な差が見られたことを付記しておきたい。
2「学校適応感」について
図4に示す学校適応感の変容については,単元の前後という時期で「後」の方が学校適応感が統計的に1%水準で有意に向上していることが分かった。
また,女子のほうはもともと学校適応感が男子に比べて良いということと,男子の学校適応感が特に向上している点が特徴的であった。
これらのことから,本学習過程を辿ったとき,児童一人ひとりが自己理解と他者理解の相互作用によって,集団に対する帰属感や安心感が一層高まると考えられる。
また,「イラストをかいているうちに、なんだか気持ちがよくなってきた」「心グラフ挿入のイラストをして今まで気づかなかった自分の良さが分かって、良かったし、友だちがそんなふうに見てくれていて嬉しかった」というような児童の発言からも集団内での安心感や自己に対する有用感が向上している様子が伺われた。
2) 学習行為について
学習行為の側面からは,提示した学習課題の妥当性を検討するため,好意的反応を問う振り返りカードによる調査を枚授業後に実施した。
振り返るカードは下記の4項目に対して「はい」「いいえ」
のどちらかを選択させるとともに,学習を通して深く心に残ったことを記述させた。
@学習に対する好意的反応「今日の授業は楽しかったですか」
A学習に対する意欲「精一杯考えることができましたか」
B主体的な学習習慣「自分から進んで学習することができましたか」
C仲間の考えを聞く楽しさ「友だちの意見を聞いて良い考えだと思うことがありましたか」
まず,@については,本学習過程において児童がどのようか課題に対して楽しさを感じているのかを探ることをねらいとして設定した。その結果第一次のストレスマネージメントにおいては,初めてということもあって非常に興味・関心を持って学習に参加できた児童が大半であったが,逆に不安感を記述する児童も若干名見られた。しかしながら,学習が進むに連れてこの好意的反応がつねに上昇の傾向を示していることからも,ストレスマネージメントにも慣れ,学習課題に対しても前向きに捉えようとする姿が推測される。
ABCについては「自己理解を深め,自己を肯定的に見るようになるか」という本授業のねらいに直接迫るもので,児童が自己理解に関してどのように捉えているかを調べようとしたものである。このときに,特にAの学習に対する意欲については,自分や友だちに対するメッセージカードを作成し,分類することを初めて経験する第2次第1時において第1次第1時に比べ若干低下した。しかし,その後の上昇傾向や「友だちのいい所や自分のいい所を見つけることがだんだん楽しくなってきたし,すぐに見つかるようになってきました」「友だちからメッセージカードをもらうときにワクワクドキドキしてとても楽しみ見なってきました」「友だちのいい所や頑張っている所をいっぱい考えられたし,うれしいことがたくさん書かれてあったことが心に残った」というような記述内容からも,自己理解と他者理解の相互交流によってさらに深く考えることが出来るようになっていると考えられる。つまり,自己を理解するときに,自分のよさを見つめるだけでなく,友だちからどんなふうに自分が映っているのかを知ることで,自己の良さを能動的に理解することが可能になっていると考えられるのである。
6 考察
本研究では,小学校中学年における道徳教育のなかで,ストレスマネージメントをはじめ学習内容として【自己理解】に焦点を当てた学習過程を設定し,児童がその学習過程を辿ったとき自己理解を深め自己を肯定的に見るようになったかどうかを,学習成果と学習行為の両側面から検討した。
その結果ほとんどの児童は他者との交流を通して自己理解を深め,自己を肯定的に見るようになった。また,学校適応感が向上している点から普段の学校生活においても安心感を持って能動的に生活できるようになってきている。
今後の課題としては,心の教育の充実をめざして様々なアプローチの方法を考えていくことがあげられよう。目のまえにいる子どもたちの心に響くような,心が落ちつくような学習が今望まれていると言えよう。