1 「生きる力」を育む「心の教育」の指導
要約 | ||
中学生に対する「心の教育」の指導案の1つとして、中学1年生39名(男子18女子21名)に、構成的グループエンカウンターのエクササイズを実施した。導入にはリラクセイションとして複式呼吸法と、自己を見つめさせる詩の従唱を行った。 ほとんどの生徒たちが2時間のプログラムに意欲的に取り組む中、明るい笑顔とグループワークで生徒たち同士のふれあいとコミュニケーションが高まったように思えた。プログラム実施前と実施後を比較すると、実施後に状態不安が有意に変化し、不安を感じる度合いが低くなっていった。このプログラムが、心の教育として有効であったと言えるだろう。 |
1 はじめに
子どもたちは、自分の感性や価値観にあった生き方を、身に付けていく過程の中、ストレスに対する強さや、適切な対処方法を獲得していくと言われている。しかし、急激な社会的環境の変容のもと、不安をかかえ、互いの人間関係づくりにおいても、ストレスをうまく処理できない子どもたちが増えている。心の危機が日常生活の中に入り、子どもたちの状態不安の増大となって、健康で心豊かな感性が失われつつある。そこで、よりよい人間関係づくりに向けて、お互いの想いを知り、それを自己表現できるために、集団を基盤にしたグループワークの設定が有効であると考え、次のような方法で授業案を作成し、エクササイズを行った。
2 授業の指導案
1) 対 象 中学1年生
2) 場 所 教室
3) 単元名 『心の教育』
4) 指導時間 2時間
5) 指導目標
・自分を否定するのでなく肯定的に認め、自分らしさに自信を持ち、自分を価値あるものとして思う。
・自己理解・他者理解を通して、今まで気づかなかった自分を知る。
・自己開示を体験する中、不安を和らげ、自己を再構築する時間とする。
6) 展 開 (2時間)
場 面 | 活 動 内 容(主たる発問) | 留 意 点 |
ねらいの説明 ウオーミングアップ
インストラクション
エクササイズ
シェアリング
振り返り
まとめ |
本時のねらいを簡単に説明する。 生徒:腹式呼吸を行い、呼吸を整える。 詩の朗読 @教師の範読を聞く。 宮澤 賢二 A続いて従唱する。 『雨ニモ負ケズ』 生徒:自分で目をつぶり、1番自慢できること、友だちに知ってほしい自分の特長、直したいと思っている癖、将来の夢を考える。 生徒:グループ内で順番に、 @「私は私が好きです。なぜなら〜だからで。」と、順番が回ってくる度に言う。 A「私はあなたが好きです。なぜなら〜だからです。」と、ペアを組んでお互いの良い点を言い合う。 教師: みんな、自分のことをグループの人にわかってもらったかな。自分のことを話すとき、友人のことを聞いたとき、順番が何度も回ってきたとき、どんな気持ちだった? 生徒:本時の感想を記入する。 教師:生徒の発言を振り返り、授業全体の感想を話す。 |
・自分を見つめさせる。 ・リラックスした雰囲気の中、ねらいに合う詩を選ぶ。 ・深く考えすぎないようにさせる。 ・39人ふれ合うように詰めて座る。 ・時間を決める。 ・同性同士2人ずつのペアをつくる。 ・エクササイズのそれぞれの気持ちが率直に出せる雰囲気づくりを心がける。 ・「振り返り」用紙に記入させる。 ・エクササイズの意義を再確認する。 |
3 授業効果の分析方法
1) 調査経過
(1) 対象と日時
中学1年生39名(男子18名、女子21名)を対象に、平成10年10月下旬に実施した。エクササイズの前後に状態不安20項目のテスト
STAI を実施した。(本論文末の別紙資料参照)
(2) 調査方法
質問項目は、Spiel Berger
によって開発され日本語に翻訳された、状態不安検査STAI20項目を用いて、不安度を測定した。エクササイズの前後にテストを実施、どのように状態不安が変わったか調査した。
状態不安については、「いま」不安によってどうなったのかの不安尺度を問うものである。
STAI(State - Trait Anxiety Inventory)はアメリカでの原版の標準化において、十分な信頼性・妥当性をもつ一般用あるいは臨床用の不安検査であることが示されている。
4 授業実践の内容
1) 授業の流れ
@ウオーミングアップ
腹式呼吸を行い、リラックスした雰囲気の中で、詩の従唱『雨ニモ負ケズ』を行う。
生徒たちのいきいきとした声が、教室中に響く。詩を渡したとき、「これは小学生のときに覚えた詩だ。」と、うれしそうに言い合う姿でスタートする。
Aインストラクション
目を閉じて自分の将来のこと、今までのことを静かな雰囲気の中で考える。
最初目を開けていた子どもたちも、周囲の雰囲気から真剣に考えるようになる。落ち着いたムードとなる。
Bエクササイズ
「私は私が好きです。なぜなら・・・だからです。」の場面である。
「私は私が好きです。なぜなら今まで一度も学校を欠席したことがありません」
「私は私が好きです。なぜなら苦手な野菜の給食を食べました。」
「文化祭に向けてがんばっている私が好きです。」等、少し恥ずかしそうに、でも大きな声で発表する姿が印象的である。
クラスのムードが良い方向に高まり を見せている。
Cエクササイズ
エクササイズを支援する生徒たちの反応である。友人たちの発表を聞くときのうれしそうな顔と、自分の発表が近づいてきたときの緊張したときのコントラストがおもしろい。
Dエクササイズ
「私はあなたが好きです。なぜなら・・・だからです。」の場面である。
「私はあなたが好きです。なぜならいつも英語の宿題を見せてくれるからです。」等、周りを笑わせたり、友人を感激させたりと、皆の注目を受ける中でのエクササイズは、雰囲気的効果が高まる。
Eシェアリング
最も大切なシェアリングの場面である。「今までぼくとあまり話をしなかった友人が話しかけてきた。」
「転校してきてさびしかった気持ちが、なんとなくうちとけた気になった。」
「あの子は私のことをこんなふうに思ってくれてたのか。」等、知らない自分を発見できた喜びを語り合う。
F振り返り
振り返り用紙に本時の感想を記入している。
友人の用紙を見る生徒もなく、真剣な姿となる。
2) 発問と反応
5〜6人1組になり、順番に「私は自分が好きです。なぜなら、女らしいからです。」
「ぼくは自分が好きだ。なぜなら、正義感があるからです。」という具合に、ポジティブな自己概念を仲間に語る。1回にひとつずつ、何回も番が回ってくるたびに言うわけである。
ふつう私たちの文化では、謙遜を美徳としているが、エンカウンター・グループでは その逆をするのである。ホンネを表現し合うのである。
生徒たちは、「へえーそうなんや」とか「○○君にはこんな良いとこもあるよ」とか、「先生、○○ちゃんすごいね」とか「まだしゃべっとる」「まじめに言うとるわ」なん て口々に言い合いながら、お互いの意見にエールを送り合っていた。
5 授業の結果
1) 調査結果
表1 結果 表2 関連ある2群の母平均の差の検定
データ数 | 39 | データ数 |
平均値 |
||
平均値 の差 | −7.743 | 前 | 39 | 39.153 | |
標準偏差 | 8.616 | 後 | 39 | 46.897 | |
P値(上側確率) | 0.239 | (得点が高いほど状態不安が少ない) |
表3 対応のあるt検定
平均値の差 | t値 | p値(両側確率) | |
実施前と実施後 | −7.743 | −5.662 | 1.938 E-06 |
表1より、正規性の検定では、あるという仮説(帰無仮説)で、状態不安がどう変わったか調査した。調査の結果、 P値が23.9%であるため、正規性があり、帰無仮説は棄却されない。表2・表3より、対応のあるT検定は、対応のある2つの正規母集団において検定した。この結果状態不安は、有意に下がった。これは、母平均の差の区間推定より、 95 %以上の信頼性があると言える。
表4 分散分析:重複測定 状態不安 表5 グラフデータ
データ数 | 平均値 |
|
男 | 女 | ||||
男前 | 18 | 39.000 | 前 | 39.000 | 39.285 | 9.061 | 7.714 | |
男後 | 18 | 46.388 | 後 | 46.388 | 47.333 | 9.677 | 5.703 | |
女前 | 21 | 39.285 | ||||||
女後 | 21 | 47.333 | ||||||
男 | 36 | 42.694 | ||||||
女 | 42 | 43.309 | ||||||
前 | 39 | 39.153 | ||||||
後 | 39 | 46.897 | ||||||
合計 | 78 | 43.025 |
表4・表5より、状態不安に男女差はほとんどない。
表4・表5より、状態不安は有意に下がった。
2) 生徒の反応
※シェアリングより生徒の意見感想抜粋
肯定的意見 (男子)
肯定的意見
否定的意見 否定的意見
|
・自分のことをみんなに分かってもらってよかった。 ・みんなが全員のことを分かり、自然なクラスになるといい。 ・いろんな人のいいところが分かった。 ・2人で言うときは楽しかった。 ・「あっ、やっぱりなー。」とか思って、おもしろかった。 ・だいたい自分がどう思われているのかということが、分かってうれしい思いがした。 ・自分の自慢できることを話すのは、緊張した。 ・自分の良いところを、自分で分かっていないと気付いた。 ・たぶん僕の全てなんて一言で分かるはずがない。 ・友人がぼくのいいところを言ってくれたけど、いざ言われると複雑な気持ちになった。 |
6 考察
成果として、自分を見つめる時間がとれたことは、大きかった。生徒たちは自分の番が回ってきたとき、生き生きと明るい笑顔になり、友人の発表に敏感に反応しているのに驚いた。やはり、動きがあり、自分や友人について考えられるような教材開発は、ポジティブな自己概念の形成に役立ち、適切な自己表現が、自己存在感を感受でき、望ましい関係の発展性へと導いていったように思う。
このような時間が、中学生としての成長を促進する役割を、一時的にしろ、担ったことは成果と言える。しかし、社会的環境や発達過程において、いつもストレスへの対処をしながら、生活していかねばならない子どもたちの増大は何を物語るのか、今一度考えたい。
さらに、「心の教育」という視点で児童生徒を理解しようとする場合、あらゆる角度からひとりの人間をみる姿勢が大切である。ひとりひとりと向き合うことで、不安やストレスを少しでも緩和させ、発散させ、乗り越えていく自信をもたせていくことが学校教育の中で出来る支援であろう。
この度の授業実践をもとにして、それぞれの学校で「心の教育」について教職員全体で話し合う機会をもち、さらに充実した授業実践へとつなげていきたい。
文献
1)岡安孝弘・嶋田洋徳・丹羽洋子・森俊夫・矢富尚美「中学生の学校ストレッサーの評価とストレス反応との関係」『心理学研究』
63(5)、1992、pp. 310-318
2)岡安孝弘・嶋田洋徳・坂野雄二「中学生におけるソーシャル・サポートの学校ストレス軽減効果」『教育心理学研究』
41(3)、1993、pp. 60-70
3)日本版STAI 三京房
4)秦政春「中学生のストレス」 『福岡教育大学紀要』44(4)、1995、pp.119-195
5)丹羽洋子・山際勇一郎「児童生徒における学校ストレスの査定」『筑波大学心理学研究』 13、1991、pp.209-218
別紙資料
アンケート(状態不安項目)
今、あなたが自分のことをどう思っているかについて、(はい)(すこし)(いいえ)の答えから選んで、○印をつけてください。
@ 私は今、落ち着いています。 (はい) (すこし) (いいえ)
A 私は今、心がみだれています。 (はい) (すこし) (いいえ)
B 私は今、気楽な気分です。 (はい) (すこし) (いいえ)
C 私は今、いらいらしています。 (はい) (すこし) (いいえ)
D 私は今、じっとしておれないような気持ちです。 (はい) (すこし) (いいえ)
E 私は今、ゆったりした気持ちです。 (はい) (すこし) (いいえ)
F 私は今、不安です。 (はい) (すこし) (いいえ)
G 私は今、のんびりした気持ちです。 (はい) (すこし) (いいえ)
H 私は今、何か心配です。 (はい) (すこし) (いいえ)
I 私は今、満足した気持ちです。 (はい) (すこし) (いいえ)
J 私は今、びくびくしています。 (はい) (すこし) (いいえ)
K 私は今、安心しています。 (はい) (すこし) (いいえ)
L 私は今、平気な気持ちです。 (はい) (すこし) (いいえ)
M 私は今、安らかな気持ちです。 (はい) (すこし) (いいえ)
N 私は今、どきどきしています。 (はい) (すこし) (いいえ)
O 私は今、何か不満な気がします。 (はい) (すこし) (いいえ)
P 私は今、ほっとした感じです。 (はい) (すこし) (いいえ)
Q 私は今、おびえています。 (はい) (すこし) (いいえ)
R 私は今、きんちょうしています。 (はい) (すこし) (いいえ)
S 私は今、楽な気持ちです。 (はい) (すこし) (いいえ)