2 高校生への構成的グループエンカウンター内観の試みー保護者と友人に対する内観を通じてー
                        野田暢子(県立姫路北高等学校)

要約
 高校生に対する「心の教育」のLHR時の指導案の一つとして、全日制と定時制の高等学校各1校の1年生計65人に、「高校生への構成的グループ・エンカウンター・内観ー保護者と友人に対する内観を通じてー」の2時間プログラムを実施した。自分を振り返る機会が少ない現代の高校生が、内観の方法で過去の事実を思い出すことで愛されてきた自分を実感し、人間として成長することを目的とした。導入には、リラクセイションとして、「呼吸法(腹式呼吸:10秒呼吸法)」をおこなった。ほとんどの生徒達はこの2時間プログラムに関心をもって取り組み、その結果、クラスの雰囲気が今までより落ち着き、生徒は「親や友人のありがたさを深く考えさせられた」等の感想を述べた。内観実施前と後のテスト(自己効力感・自尊感情・STAI@)を比較すると、内観の実施後、両校とも自尊感情が高まり、不安を感じる度合いが低くなっていた。これは内観して自分が愛され支えられてきたとわかったことによると思われる。また二人の指導者が別の高校で実施し同様の結果を得たことから、慎重におこなえば、誰が指導しても効果があるとも言える。このプログラムが「心の教育」として有効であったと言えるであろう。

1 はじめに
 高校時代は人生の中で最も心が揺れ動く時であり、「親からの分離・友人関係の成立・自己の確認・社会への巣立ち」がテーマになる時期である。高校時代に、親子や友人間の困難な人間関係に直面して、立ち往生する者も多い。また現代の大部分の高校生は親からしてもらって当たり前という感覚をもっている。そんな高校生が、呼吸法というリラクセイションの後、「保護者と友人に対して内観」する。自分の過去の事実をありありと思い出し、自分が愛され支えられてきたと気づき、他者の存在を大切にしてこなかった自分を自覚する。このように過去を振り返ることは、現代の高校生に欠けている、必要で貴重な体験であり、人間としての成長を促進し、これからの生き方のエネルギーになると言える。なお「内観」の三つの項目は非常に吟味されていて、内観体験が生徒達の傷つき体験になる可能性が少ない。
 また、國分(1992)は、構成的グループ・エンカウンターは内容、時間、空間的枠がしっかりとあるので、カウンセラーでなくても、実施できると言う。特に、日本独自な方法で、テーマが非常に深くはあるが単純明快でもある「内観」は、指導者のカウンセリング経験に左右されにくい。教師が自分の内観をどう語るかで、生徒達の内観の深まりも違ってくるし、率直に自分を語ることで、生徒との望ましい関係をつくりあげることができる。教師にとって、やりがいのあるプログラムである。
 なお「内観」は、次に説明しているように、非常に集中的な形態で行われるものである。しかし、今回は構成的グループ・エンカウンターの授業に取り入れたため、集団による記録内観として「指導者のいる日常内観」の形で行うことにした。

内観について
 三木(1976)は、「内観」について以下のように説明している。
 「内観」とは自分の心の観察という意味で、「内観法」は浄土真宗を深く信仰した吉本伊信が開発し、1953年奈良県大和郡山市に内観研修所をつくり、広めていった方法である。「内観法」の目的は、内観する人が精神的に健康な場合、自己理解を深め人間的成長をはかろうとする自己啓発法になる。精神的に不健康な人なら心理療法として内観療法を求める。内観の形態には「集中内観」と「日常内観」がある。「集中内観」では約7日間、静かな部屋の隅の屏風の中に、午前5時から午後9時まで楽な姿勢で座る。1〜2時間毎に一日約8回3〜5分の指導者の面接をうけながら、内観のテーマにそって自分の心をみつめる。遮断され保護された時間と空間の中で、非常に集中的な形態で行われるものである。「日常内観」では、集中内観で得た内観的考え方を、日常生活に応用し日々の出来事を見直す。内観のテーマは母・父など重要な人物に対する自分を「・していただいたこと・して返したこと・迷惑をかけたこと」の三項目等について、年代順に具体的事実として相手の立場に立って、思い浮かべ調べることである。

2 授業の指導案
1) 対 象  高校一年生 A高等学校(全日制普通科)40人
              B高等学校(定時制普通科)30人
2) 時 間 LHR、2時間配当
3) 場 所  教室
4) ねらい  保護者と友人に対して、自分がどのように接してきたかを具体的に調べる。そのことによって、自分が愛され支えられて生きてきたこと、他者を大切にしてこなかったことに気づき、自己受容と親子理解・友人理解を深める。
5) 準備物  保護者と友人についての内観記録用紙 筆記用具
6) 配 慮  ・國分(1992)は「構成的グループ・エンカウンター・内観法」をする時の配慮として、最近保護者を失って、まだ気持ちが落ち着いていない人は、この課題をせずに、ぼんやり窓の外の景色をみていてよい」と免除すると述べている。
        ・過呼吸やアトピー性皮膚炎、等の生徒がいることがあるので、呼吸法によるリラクセイションは、個々の生徒の健康状態をあらかじめ把握し、無理しないようにさせる。
        ・冨士盛(1995)は「構成的グループ・エンカウンター・内観」の後の活用として、保護者会で子どもの内観作文を読んで話し合うことを提案している。

7) 展 開
1時間目 保護者に対する内観

場 面           活動内容        留意点
ウオーミングアップ

 

 

 

 

 

インストラクション

 

 

 

 

 

 

 

エクササイズ

 

 

 

シェアリング

教師:「しっかりと内観するために、まず呼吸法をして心を落ち着かせます」
生徒:呼吸法(腹式呼吸:10秒呼吸法)5分
(1)姿勢を整える
(2)静かに眼を閉じる
(3)全部口から息を吐く
(4)123と鼻から息を吸いながらお腹をふくらませる
(5)4で止める
(6)5678910で口から息を吐き出しながらお腹をへこませる
(7)これらを約5分間繰り返す
(8)消去動作

教師:内観(集団記録内観)の簡単な説明 15分
「この時間は過去の自分がどうであったかを調べましょう(思い出しましょう)」
「まず保護者について思い出してください。お母さんやお父さん、または保護者でなくてもかまいません。お世話になった人を一人選んでその人のことを思い出しましょう」
「その人に対して自分はどのように接してきたのかを充分に思い出して調べます」
「していただいたことにはどんなことがありましたかして返したことにはどんなことがありましたか。迷惑 をかけたことにはどんなことがありましたか。できる だけ実際にあった出来事を相手の立場に立って思い出してください」
教師:あらかじめ内観しておいた、自分の体験を生徒に話す

生徒:内観する 10分
(1)誰に対しての自分を調べるのか決める
(2)楽な姿勢をとり、目を閉じる
(3)教師が指示する3つの項目に従って内観する
教師:1項目ごとに静かに目を開けて深呼吸をさせ、気持ちを切り替えられるようにする

生徒:内観記録用紙に記入する         15分

生徒:隣同士で今の感想を話し合う      5分

・ストレスを和らげ、心を落ち着かせるために、呼吸法が役立つことを説明し取り組む意欲を高める
・姿勢:イスの背もたれに軽くもたれ、膝は鈍角にし、両足を床面に着け、全身の力を抜く
・吐くことに重点を置く イライラ・もやもやを一緒に吐き出すようにイメージする
・消去動作:両手を握り数回屈伸して、大きく背伸びし深呼吸して、静かに目を開く

 

 

 

・保護者に対する内観記録用紙を配布し内観の意義を説明し、取り組む意欲を高める

 

 

・3つの項目:
(1)していただいたこと
(2)して返したこと
(3)迷惑をかけたこと

・教師は、できるならば、母に対して内観し、事実をしっかりと思いだし、感情をこめて話す
・良いイメージのない保護者を持つ生徒したくない生徒に、無理強いしない 
 「保護者以外で世話になった人は?」
・目を閉じて具体的な事実をありありと思い浮かべ、その時感じたことをていねいに振り返る
・この時しっかりとイメージすることが肝心である
・内観しても記入しない生徒もいるので書くことを強制しない
・実施後すぐに内観記録用紙を読み、気になる生徒があれば直ちに話し合う

 

 

 

 

2時間目 友人に対する内観

場 面           活動内容        留意点
ウオーミングアップ

インストラクション

 

エクササイズ

   

 

シェアリング

 

まとめ

生徒:呼吸法(腹式呼吸:10秒呼吸法)5分
1時間目と同じ手順でおこなう

教師:2時間目の内観(集団記録内観)の 簡単な説明 5分
「今回は友人に対する自分について調べましょう」
教師:あらかじめ内観しておいた、自分の体験を生徒に話す

生徒:内観 10分
1時間目と同じ手順でおこなう
教師:1項目ごとに静かに目を開けさせ、気持ちを切り替えられるようにする

生徒:内観記録用紙に記入する         15分

生徒:隣同士で今の感想を話し合う    10分
今の感想を内観記録用紙に書く

教師:自分の感想を話す 5分

・過呼吸等、身体症状のある生徒に配慮する

・内観のイメージを継続させるために、1時間目と2時間目の期間をなるべく短くする

 

 

 

・内観記録用紙は教師が最後に一言コメントを書いて返却する
・お互いに話し合うことで、自分への気づきと他者理解を深める

・内観から得たものを、自分の体験として話したいものである

*「内観」の記録用紙

保護者に対する「内観」の記録用紙 ( )月( )日

( )年( )組( )番氏名(          )

友人に対する「内観」の記録用紙 ( )月( )日

( )年( )組( )番氏名(        )

に対する自分について調べます に対する自分について調べます
1  「していただいたこと」にはどんなことがありましたか
事実 ・

    ・

    ・

事実の内1つを選んで少し詳しく書いてみましょう

1  「していただいたこと」にはどんなことがありましたか
事実・

   ・

   ・

事実の内1つを選んで少し詳しく書いてみましょう

 

 

 

 

2  「して返したこと」にはどんなことがありましたか
事実 ・

   ・

    ・

事実の内1つを選んで少し詳しく書いてみましょう

2  「して返したこと」にはどんなことがありましたか
事実 ・

   ・

   ・

事実の内1つを選んで少し詳しく書いてみましょう

 

 

 

 

3  「迷惑をかけたこと」にはどんなことがありましたか
事実 ・

    ・

    ・

事実の内1つを選んで少し詳しく書いてみましょう

3  「迷惑をかけたこと」にはどんなことがありましたか
事実 ・

   ・

   ・

事実の内1つを選んで少し詳しく書いてみましょう

 

 

4 内観を経験した今、感じていること考えていること

3 授業効果の分析方法
 「構成的グループ・エンカウンター・内観」の効果を測定するために、内観を体験した生徒65人と体験しなかった生徒61人に対して、2時間の内観授業の前日と終了後に、自尊感情と自己効力感のテストを、また、体験した生徒65人に対して、当日の授業の前後にSTAI@のテストを実施した。授業内容は「集団による記録内観」であり、生徒達は毎時間内観記録用紙に記入した。2時間目の記録用紙の最後に「内観を経験した今、感じていること考えていること」という質問をして、ひとりひとりに内観の感想をたずねた。

4 授業実践の内容
1) 実施状況について
 全日制高校1年1クラスと、定時制高校1年2クラスの生徒に、LHR時2時間学級担任が(全日制)、国語T授業時2時間教科担任が(定時制)、内観の授業をおこなった。
 前日に実施前のテストを行った後、内観とその意義について説明し、取り組む意欲を高めた。呼吸法は説明の後実際にやってみた。当日は呼吸法から実施した。有効なリラクセイションである呼吸法(腹式呼吸:10秒呼吸法)を体験するのもこの授業の目的の一つであり、姿勢の注意から始まってていねいにおこなった。次に「構成的グループ・エンカウンター・内観」を実施した。保護者に対する内観記録用紙を配布し、それを見ながら今からすることを説明すると、「親にみせるのか?」という質問があったので「見せない」と答えた。教師自身の「内観」の話では、「母にして返したことはあまりない」等正直に語った。その後、目を閉じて内観させたが、ここを主眼にていねいに実施した。具体的な出来事を思い出し、ゆったりとイメージがふくらむように心がけ、1項目に3〜5分かけた。1項目ごとに静かに目を開け腹式呼吸をして、気持ちを切り替えられるようにした。シェアリングは時間がなくてしなかったが、級友との話し合いで体験を分かち合い深められるので、できるだけ実施したい。
 2時間目の「友人に対する内観」も同じ要領で実施した。

2) 生徒の様子について
前日の説明の後、関心を持った生徒もいた。
 当日、呼吸法は全員落ち着いてやった(A高校、以下Aと表示)。しない者、目を開けている者、遅れてくる者があり、した生徒は約2/3であった(B高校、以下Bと表示)。目を閉じて内観している様子は、1項目めは集中したが、3項目めになると集中力がやや落ち疲れてきて、日頃落ち着かない生徒が飽いてきた(A)。ごそごそする者、イメージしないでせっせと記録している者があり、内観した生徒は約2/3であったが、イメージをこわさないことが望ましいので注意しなかった(B)。内観記録用紙に記入している様子は、ほとんどの者が熱心であった。白紙は1(A)と5(B)であったが、白紙であったり、記入の分量が少ない生徒もしっかり内観しているように思われた。また、保護者よりも友人に対する内観の方が、熱心で内観記録の分量も多かった。
 全体的には、いつもはにぎやかな雰囲気のクラスであるのに、実施後は落ち着いた内省的な雰囲気になった(A)。いつもより落ち着いて「泣きそうだ」と言った生徒もいた(B)。
教師の感想は「集中して実施でき、自分自身の気持ちも落ち着いた。三つの項目に対するイメージのそれぞれの切り替えができているのかどうかが気になった(A)。お世話になったことをいろいろと思い出して、しっとりとした気持ちになった。生徒が集中して内観している様子を見てやりがいを感じた(B)。」であった。

5 授業の結果
1) 「保護者に対する内観」の対象者について
 1時間目の「保護者に対する内観」で、生徒が内観した対象者は以下の通りである。

表1 「保護者に対する内観」で、生徒が内観した対象者

 学校

対象者

A高校  B高校 合計
男子 女子 小計 男子 女子 小計
12 14 26 5 9 14 40
3 2 5 1 1 6
姉・おば 1 1 2 2
祖父母 1 2 3 3
小中学校の先生 1 1 1 1 2 3
友人 1 1 2 1 3 4
白紙 1 1 5 5 6
 合計 17 19 36 15 13 28 64

 内観は、まず母・父についておこなうものである。しかし、今回は両親に微妙な揺れ動く気持ちをもつ高校生が内観する。父母と死別、離別した生徒もいるし、両親との不和に苦しむ者もいる。そこで対象を保護者に広げ、更に「保護者でなくてもいい、お世話になった人を一人選び、そんな人がいなかったらしなくてもよい。」と教示した。
 その結果、生徒が内観した対象者は表1のように多彩になった。母と父で7割強あるが、先生も3人あった。また、両親を対象にした生徒はA高校では86%であったが、定時制のB高校では54%と少なかった。B高校では、祖父母と友人が各3人で白紙も5と多かった。

2) 生徒の感想について
 2時間目「友人に対する内観」の記録用紙に記入された生徒の感想は以下の通りである。

表2 内観を体験した生徒の感想

         肯定的な感想   否定的な感想

 

 

情緒的:・気分がすっきりした(2)
・気持ちが落ち着いた(2)
・とても不思議な感覚だった(2)
・私は周りからずいぶんたすけられていると思い安心感がある
・素直な気持ちになれた気がする

知的:・いろいろやってもらったなと思い出した(4)
・たまに昔を振り返ってみるのもいいなあと思った(4)
・集中して落ち着いて思い出せば、忘れていたことを意外にたくさん思い出して、昔がなつかしくなった(3)
・けっこう思い出せて、授業より時間が短く感じられた(2)
・してもらったりして返したりしてうまく人間関係が出来ているので、今のまま続けば良いと思う
・ふだん一番接している母と友人というテーマでとても自分を振り返ることができて良かった
・親や友人のありがたさを深く考えさせられた
・人にたくさん迷惑をかけていると感じた

身体的:・だんだん眠くなった(3)
・一生けんんめいしたので疲れた(2)
・身体がだるい
・過呼吸になりそうで、呼吸を落ち着かせようとすると逆に呼吸が乱れる
 でも友人のことが思い出せた

知的:・あまりよくわからなかった
・わたしにはあまりむいてないと思う

 

 

情緒的:・気持ちが落ち着いた(3)
・すっきりした
・リラクッスできた
・心に思っていたことを書いてストレスの発散になった
・ありがたい、これからもよろしくって感じ
・その人にまた会いたくなった
・迷惑をかけたことを思い出したら涙がでてきた

知的:・忘れていたことを思い出せて良かった(4)
・よくよく考えてみたが、母や友人に対してあまりして返したことがないと思った
・ふしぎな気分、私は自分のことしか頭にないところがあるから、今度からは人のこともなるべく考えようと思った
・友人のことがいろいろ書けるような高校生活を送りたい

身体的:・眠たい

知的:・よくわからない(3)
・やるなら個人でするべきだ
・たいくつで時間のむだ

                                                              ()内は複数回答の数

肯定的な感想は41人(A25.B16)、否定的な感想は15人(A9.B6)で、白紙が9人(A3.B6)あった。肯定的な感想には「気持ちが落ち着いた」等の情緒的なもの、「昔を思い出せて良かった」等の知的なものが多く、否定的な感想には「眠くなった」等の身体的なもの、「よくわからない」等の知的なものが目立った。

3) 自尊感情と自己効力感のテストの結果について
 「構成的グループ・エンカウンター・内観」の効果を測定するために、内観を体験した生徒65人と体験しなかった生徒61人に対して、2時間の「内観」授業の前日と終了後に、自尊感情と自己効力感のテストを実施した。表3はその結果である。

表3 自尊感情と自己効力感の合計得点の平均数値とその変化

 項目 内観体験の有無
( )内は人数
授業実施前
(A)
授業実施後
(B)
 変化
(B)−(A)
自尊感情 内観体験者 (65)    38.51    41.06 2.55**
内観非体験者(61)   38.97    38.46 -0.51
自己効力感 内観体験者 (65)   24.45    25.35 0.91+
内観非体験者(61)   26.10    25.87 -0.23

                **は統計的に意味のある変化である(+:p<.10 **:p<.01)

 自尊感情(Self-Esteem)は「自分が価値のある、尊敬されるべき、すぐれた人間であるという感情」である。自尊感情のテストは10の質問(代表的な質問項目:いろいろな良い素質をもっている)から成る。内観体験者は内観前よりも内観後の方が、自尊感情の平均得点がかなり上がっている。統計的にも(t検定による)有意に増加している。一方内観を体験しなかった者には変化がみられない。このことから、2時間の保護者と友人に対する内観は、生徒の自尊感情を高めるのに効果があったと考えられる。
 自己効力感(Self-Efficacy)は「ある課題を自分の力でうまくやりとげることができる」という自分に対する自信である。自己効力感のテストは11の質問(代表的な質問項目:失敗しても、最後までやりとげることができる)から成る。内観体験者は内観前よりも内観後の方が、自己効力感の平均得点が上がっている。統計的にも(t検定による)増加する傾向があるといえる。一方内観を体験しなかった者には変化がみられない。このことから2時間の内観は、生徒の自己効力感を高めるのにも効果があったと考えられるだろう。

4) STAI@のテストの結果について
 内観を体験した生徒65人に対して、当日の授業の前後にSTAI@のテストを実施した。表4はその結果である。

表4 STAI@の合計得点の平均数値とその変化

 項目   学校
( )内は人数
授業実施前
(A)
授業実施後
(B)
 変化
(B)−(A)
保護者に対する内観 A高校(36)  47.44   45.19 -2.25*
B高校(28)  50.39   45.14 -5.25**
友人に対する内観 A高校(37)  42.68   38.11 -4.57**
B高校(28)   51.29   44.89 -6.39**

                *.**は統計的に意味のある変化である(*:p<.05 **:p<.01)

STAIは青年や成人の不安を測定するためのテストで、STAI@(状態不安尺度)は、特に今どう感じているかを尋ねる20の質問(代表的な質問項目:緊張している)から成る。
 「保護者に対する内観」での状態不安の得点結果は、「日本版STAI評価段階基準」によれば、授業前は平均すると「高い」(A)「非常に高い」(B)段階にあったが、授業実施後には、両校とも平均得点が下がり「高い」段階になった。統計的にも(分布に正規性がなかったので、ウィルコクソン符号付順位和検定による)有意に減少していた。
 「友人に対する内観」での状態不安の得点結果は、授業前は平均すると「高い」(A)「非常に高い」(B)段階にあったが、授業実施後には、両校とも平均得点が下がり「普通」(A)「高い」(B)段階になった。統計的にも(t検定による)両校とも有意に減少しており、この観点からは生徒の不安を下げる、好ましい効果があったと考えられる。
 なお、STAI@の平均得点は「保護者に対する内観」より「友人に対する内観」の方がよく減少した。「友人に対する内観」の方で、不安がより軽減したと言えるだろう。

6 考察
 村瀬(1996)は「内観」の一般的根源的効果として「体験面からみて、限りなく愛され世話をされてきた自分、それなのに身勝手で愚かであった自分に気づき、他者や自分を見る見方に変化が起こる。次に感情面として、しみじみと感謝する、つくづくと情けない等の感情の吐露がある。その後、意志として、内観によって得られた根底的な安心感と自己尊重の気持ちに支えられ、自分の目指す目標に向かって現実をよく見ながら着実に歩をすすめていく意志の変化が起こる。そして対人態度として、他者に対して心から自然に感謝する気持ちが生まれ、内省的態度が身に付く。更に、根源的変化として、すべてに<素直>になる」と述べている。
1)生徒の感想について
 今回の体験は2時間という短いものであるが、予想以上に深いものがあった。生徒の感想の中にも、情緒的に「気持ちが落ち着いた・安心感がある・素直になれた気がする」また知的に「よくよく考えてみたが、母や友人に対してあまりして返したことがなかった・私は自分のことしか頭にないところがあるから、今度からは人のこともなるべく考えようと思った」と記述されており、体験が深かったとわかる。指導した教師の感想も「自分自身の気持ちが落ち着いた。しっとりした気持ちになりやりがいを感じた」で、内観の指導から得たものは多かった。親からしてもらって当たり前という感覚でいた高校生が、過去を内観の方法で振り返ることで、村瀬のいう体験面感情面の効果があったものと思われる。
2)自尊感情と自己効力感のテストの結果について
 内観を体験した生徒は内観前よりも内観後の方が、自尊感情の平均得点がかなり上がり、統計的にも有意に増加しているが、内観を体験しなかった生徒には変化がみられない。このことから2時間の内観は、生徒の自尊感情を高めるのに効果があったと考えられる。村瀬が述べているように、内観の一般的効果である「根底的な安心感と自己尊重の気持ち」が、内観を体験した多感な高校生達に感じられ、自尊感情を高めたものと思われる。自尊感情について、政府の青少年問題審議会の中間報告(1998)は、問題行動を起こしたこども達の特徴として「自分自身に価値を見出し自尊の感情を持つことができないでいる」と指摘し、一般的な風潮に関する問題点として「子どもの生活からゆとりが失われ、子どもが多様な人間関係の中で自尊の感情や社会性、人との付き合い方を習得する機会が減少している」と述べている。自尊感情を持つこと、高めることが重要視されているが、今回の内観の授業は、その点で意義があったと言えるだろう。
 また、内観を体験した生徒は、自己効力感の平均得点も増加する傾向があった。村瀬のいう、内観の意志としての効果が影響しているのであろう。
3)STAI@のテストの結果について
 状態不安の得点結果は、授業実施後には、両校とも平均得点が有意に減少していた。リラクセイションと内観の体験により、心が落ち着き安心感が得られた結果であろう。
 なお、状態不安の平均得点は、保護者より友人に対する内観の方がよく減少した。今回の教師の感想に「成人してしまった今、母に対して調べたことは深い思いで語ることが出来たが、思春期の頃の友人に対する内観はなかなか事実を思い出せず、生徒への語りかけも浅くなった」とあった。しかし、内観中の生徒達の様子を見、内観記録用紙を読むと、保護者よりも友人に対する内観の方が熱心であった。その教師の実感そのままの結果であり、高校生にとって友人の存在は、時に親の存在よりも大きいと思わせられた。
4)その他
 呼吸法の体験も、今回の授業の目標の一つであったが、生徒達が気持ちの落ち着きを感じ、状態不安の平均得点も減少したことから、呼吸法が有効であったといえるだろう。朝学活等で継続的に呼吸法を実施し、身に付けさせたいものである。指導者については、今回、二人の指導者が別の高校で内観の授業をして、同様の結果を得たことから、慎重におこなえば、誰が指導しても効果があるとも言えるであろう。また、今回は高校生を対象にしたが、思春期前期である中学生にも内観の授業は充分実施できる。
7 今後の課題
わずかに2時間のプログラムであるが、高校生にとって、自分達のテーマにぴったりと合った「内観」の体験は深いものがある。久保川(1997)は、集中内観後、「喜びに安住していると、新しい発見の幾つかは記憶に留まり、役に立つのですが、心の弾みが薄れてマンネリ化した心には、新たな知恵が生まれ難くなりました」と述べ、日常内観が必要であるとしている。生徒の中にもこの授業をきっかけにして、さらに「内観」を希望する者がいると思われる。貴重な「内観」の体験をその時だけのものにせず、そういう生徒達に呼びかけて、学校内での「日常内観」の機会を作ることも、また大切であると思われる。
8 おわりに
 「内観」は生徒にとっても教師にとっても、不思議な愛の体験である。「深く愛され支えられて生きてきた自分、その愛に甘え他者を大切にしてこなかった自分に気づく」ことができる体験である。あれもこれもしてもらえないと思い、他人の欠点ばかり見がちな日常生活の中では、ユートピアに迷い込んだかのような感じもある。「内観法」は深く重い体験であるのだけれど、簡便ではあるが「構成的グループ・エンカウンター・内観」という実践を通じて、こういう素直な、身近な人や他人に優しい気持ちを少しでも持てたことはありがたかったと思う。
最後になりましたが、「構成的グループ・エンカウンター・内観」の授業を実施していただいた、県立三木北高等学校の千葉紘校長先生、勝本裕先生、一年生の生徒の皆様に感謝の意を表します。

  文献
冨士盛公年 1996 内観法を使った構成的グループ・エンカウンターの実践報告 日本学 校教育相談学会報告論文集
藤原忠雄 1997 リラクセイション 岡山県学校教育相談研究記録「森」第20
飯野哲朗 1997 内観 國分康孝(編) エンカウンターで学級が変わるPart2中学校編 図書文化社
國分康孝 1992 構成的グループ・エンカウンター 誠信書房
久保川操 1997 自立への長い道程ーカウンセリング学習と内観法に導かれてー 兵庫県 カウンセリング協会機関誌「CounselingNo.49
三木善彦 1976 内観療法入門ー日本的自己探究の世界ー 創元社
村瀬孝雄 1996 <自己の臨床心理学3>内観 理論と文化関連性 誠信書房
青少年問題審議会 1998 問題行動への対策を中心とした青少年の育成方策について(中 間まとめ) 第十五期青少年問題審議会