2 中学生へのリラクセイションの試み ―10秒呼吸法を通して―
                                                                             西本由美(尼崎市立大庄北中学校)

要約
 「10秒呼吸法」は、リラクセイションの基礎技法である。ここでは、中学3年生を対象に、ストレス状態における心と身体の変化に気づかせ、それに対処する方法のひとつとして習得させることを目的に「10秒呼吸法」の授業を計画し、実施した。 その結果、多くの生徒が「落ち着いた」「楽になった」との感想を述べ、実施前後のテスト結果(STAIC・自己効力感)から不安が減り、自己効力感が高まっていることがわかった。また授業直後のアンケートでは、約8割の者が「10秒呼吸法」を続けたいと回答し、53日目では約3割の者が必要に応じて、この呼吸法を活用していた。
 「10秒呼吸法」は、ストレス対処に有効な方法のひとつとして、生徒たちに受け入れられたとみなし得よう。また、このプログラムは、他のストレスマネジメント教育への導入課題としても有効となろう。

はじめに
「中学生」という時期は、身体的変化のまっただ中で、男らしさや女らしさを形づくるとともに、友人や仲間集団との親密な関係を支えに、精神的に親ばなれしていくという課題もかかえている。さらに、進路選択に加えて、授業・部活動・塾通い・仲間とのつき合いなど、対応していくべき事柄の多さから、中学生は重いストレスを背負うにいたっているといえよう。
 「ストレスを受けた時には、体も固くなり、心も不安定になる。このような心身の状態をといてゆくのがリラクセイション」(春木ら1993)といわれる。日常的なリラクセイションには、体ほぐし・自然とのふれあい・気晴らしなどさまざまな方法があるが、深呼吸をあげる者も多い。
 呼吸は、自律神経の支配下にあると同時に意志的な体制神経の支配も受けている。さらに、呼吸は心の活動とのつながりも深い。「息づまる」というのは、心が緊張している状態をいう表現だが、緊張している時には身体が固くなるとともに、息がつまっている状態が生じる。このように呼吸は心の状態を反映するが、また反対に、「呼吸が落ち着くことによって・・・気分はおさまる」(海原1996)というように、心の状態に影響を及ぼすこともできることから、東洋では呼吸が重要視され、さまざまな呼吸法が工夫されてきた。
 「ゆっくりとした深い呼吸を用いるのは、ストレスの影響をさえぎるのにすぐれた方法」であり、「体の緊張とストレスをコントロールする積極的な対処技能」(マイケンバウム1994)といわれる。落ち着いた状態になると、同じストレスであっても脅威と感じるのではなく、解決すべき課題としてとらえる心のゆとりも得られるからである。
 そこで、進路選択をひかえ、多くのストレスをかかえる中学3年生に「10秒呼吸法」の授業を試みた。呼吸法は、いつでもどこでも行なうことができるという利便性があり、習得後は必要に応じて各自が用いることができることから、ストレス対処の一つの方法として役立つことが予想される。また、短時間で実施できることから、朝と帰りのSHRや、授業中に落ちつきをとり戻そうとする場合などにも活用できよう。

 2 授業の指導案
1)「10秒呼吸法」T(1時間目)
 (1) 対   象 3年生 38人
(2) 時   間 学級活動
 (3) 場   所 LL教室
 (4) ね ら い ストレス状態における心と身体の変化に気づき、対処法のひとつと して、リラクセイションの基礎技法である10秒呼吸法を習得する。
(5) 準 備 物 ラジカセ、ビデオ、ワークシート、資料プリント
  (6) 展   開

場 面    活   動   内    容     留  意  点
導 入 

展 開

課題1

課題2

 

 

課題3

 

実 習

 

 

まとめ

長野オリンピックや野球の試合などで活躍した選手のよ
うすを写真やビデオで観る。

アンケートに記入後、ワークシートに従いながら
@プレーシャーがかかると心や身体はどのようになるか各自プリントに記入する。  
A4人グループになって、順に発表する。メンバーの発表をメモする。
Bそんな時どんな工夫をしているか、各自プリントに記 入する。
C4人グループになって順に発表する。班員の発表をメモする。
D 他グループの発表を聴く。

試合前のサッカー選手の写真を見て、気づいたことを発表する。

プリントを見ながら10秒呼吸法の説明を聴く。
・姿勢の説明を聴いて、実際にやってみる。
・腹式呼吸の練習をする。
・みんなといっしょに10秒呼吸法の練習をする。
・各自、自分のペースで2分間練習する。
・消去動作をする。

・アンケートの後、プリントに授業の感想を記入する。

・ストレス下の活躍であることを知らせる。

・全員が書き終わるまで待つ

・人の意見は黙って聴き、批判しないよう指示する。

・@と同じ。

・Aと同じ。
・黒板にまとめる。

・呼吸法はいつでもどこでもできることを強調する。

・参加したくない者については無理強いしない。
・号令をかける。
・音楽を流す。肯定的メッセ ージを添える。
・消去動作を十分に行うよう指示する。

2)「10秒呼吸法」U(継続課題)
 (1) 対   象 3年生 38人
 (2) 時   間 朝のSHR
 (3) 場   所 教室
 (4) ね ら い 学習した10秒呼吸法を練習することによって、定着を図る。
 (5) 準 備 物 ラジカセ
 (6) 展    開

場 面    活   動   内    容 (教師)   留  意  点
導 入 

展 開

 

   

 

 

まとめ

@ この前練習した呼吸法を家でもやってみましたか。
A みんなといっしょに2分間練習してみましょう。  やりたくない人は静かに待っていてください。
B 息を吐いてから始めます。
C みんなといっしょに10秒呼吸法の練習をする。D 各自、自分のペースで2分間練習する。
 「今日は一日、真剣に授業が受けられます」「今日も友だちとなごやかに過ごせます」
E 消去動作をする。
F 家でも、朝晩自分でやると効果がでますよ。

・やりたくない者には無理強いしない。

・吐いてから始める。
・号令をかける。
・音楽を流す。肯定的メッセ ージを添える。

・消去動作を十分に行なうよう指示する。

・自分で練習するよう促す。

資料 ワークシート                    資料
nisimoto1.gif (61157 バイト)
3 授業分析の方法
「10秒呼吸法」によってリラックス状態を体験すれば、心の緊張が緩和されて不安が減り、自己効力感が高まると予想した。
 そこで、授業の前後に日本版STAIC―S(状態不安用)を用いて、不安を感じる度合いについての変化を調べた。また、授業前と朝のSHRで呼吸法を実施した後の10日目とに、日本版STAIC(以下STAICと表記)と自己効力感を調べた。体験群と同様に非体験群にも、実施前と実施後10日目の同じ校時に、STAICと自己効力感についてのテストを行なった。
STAICは状態不安(その場の状況により変動する一時的な情緒状態)用と特性不安(比較的安定した個人の性格傾向)用からなり、得点の高い方が不安を感じる傾向が高いことを示す。また、自己効力感は、得点の高い方が課題をうまく解けるという自信が強いことを示す。
授業で使用したワークシートの中で、呼吸法を家でも続けようと思うかどうかを問い、授業についての感想を求めた。さらに、中間テスト直前の10日目および、期末テスト前の53日目に、変化したと感じること、その後の感想、呼吸法を継続しているかどうか、その効果、などについてのアンケートを実施した。(資料1・3・4参照)

4 授業実践の内容
 1) 実施の前に
  実施に際しては、事前に今回の授業の趣旨や内容について担任に説明して、理解と賛同を得た。担任は、「今回の試みは、授業やテストに役立てることが期待できる」と説明するなど、クラス生徒の授業に対する関心を高めて下さった。

 2) 導入として
   まず、OHPを使って写真を見せながら「選手たちの活躍もすごいものでしたが、プレッシャーも大きかったでしょうね」と、ストレス下での活躍であったことを強調した。次に、横浜ベイスターズの佐々木選手のビデオを見せた後、「佐々木選手の緊張が伝わってきましたね」とやはり大きなストレスがかかっていることに注意を向けさせた。「誰でも、ここ一番という時に集中して実力を発揮するのは、なかなか難しいものです。受験勉強でも集中力がものをいいます。今日はテストや合唱に備えて集中力をつけるために、<気持ちを整える>授業をします」と本時の趣旨を説明した。生徒は、いつもの授業と異なる雰囲気に、“何が始まるのか”と興味を示した。

 3) 展開として
   <現在の自分の状態>をみてみましょうと、アンケートへの記入を提案した。周りを見回す者もいたので、「正しい答というものはないので、自分の思った通りに書きましょう」と説明を加えた。

  (1) 課題1
  「テスト前や試合の直前など、プレーシャーがかかった時、みんなの心と身体はどんなふうになるか、各自、プリントに書いて下さい」と指示した。「何を書くの」 「心と身体に分けるの」などの質問を受けながら、「自分の感じが大切なので、全員書けるまで待ってね」と、なかなか書けない者を間接的に促した。「4人組になって話し合って下さい。順番を決めて、ひとりひとり自分の意見を発表しましょう。他の人は黙って、メモをしながら聴いて下さい」と指示した。すぐに始めるグループや黙ったままのグループなどがあった。

  (2) 課題2
    「では、そんな時どんな工夫をしていますか、各自プリントに書いて下さい。全員が書けたらグループで話し合って下さい。やり方はさっきと同じです」と指示すると、要領がわかってきたらしく、活発に話し合い、盛り上がるグループもみられた。「他グループの意見を聴いてみましょう」と提案し、複数のグループを指名して、発言内容を中心に黒板にまとめた。

(3) 課題3
OHPで試合前のサッカー選手の写真を見せて、気づいたことを質問した。「ヘッ  ドホンをしている」「音楽を聴いている」などの発言があった。次に豊田一成氏の記事を読んで聴かせて、集中するにはリラックス反応が有効であることを強調した。

  4) 実習として
   図入りプリントを配布して、「リラックスの方法はいろいろありますが、いつでも  どこでもできて、便利な<10秒呼吸法>を練習します」と10秒呼吸法の使いやす  さを強調しながら、実習内容を示した。それから、次のように説明して練習に入った。

 

インストラクション

−インストラクション−

姿勢の説明:姿勢を整えましょう。椅子の背もたれに軽くもたれ、足を投げ出し気味に、膝の曲げ方を鈍角になるようにして下さい。両手は手のひらを上にして膝の上にのせ、首は軽くうなだれて、できる人は静かに目を閉じるとよいでしょう。
腹式呼吸の練習:鼻で吸って、口で吐き出します。息を吸いながらお腹を膨らませ、息を吐きながらお腹をへこませます。お腹に手を置いてやると、わかりやすいですよ。吸う時より吐く時に注意して、口を軽くすぼめて、少しずつ遠くへ吐くようにします。できる人は、吐く時に嫌なことやイライラもいっしょに外に出す感じで。
10秒呼吸の練習:全部息を吐いてから、123で吸って、4で止める。5678910 で吐き出します。基本は10秒で行いますが、あまり気にしない方がいいでしょう。 腹式呼吸にこだわりすぎるとかえって緊張するので、無理しないで自分にとって自然な呼吸で、ゆったりと行なうことが大切です。
消去動作:腕を前に突き出して手を開いたり閉じたりする動作と、腕を肘から曲げ伸ばしする動作を10回ずつ行ないます。最後に手を組んで、思いきり伸びを2・3回しましょう。

 5) 練習として
  音楽を流して「では、いっしょにやってみましょう。やりたくない人は無理しないで。静かに待っていてください。@姿勢を整えて A静かに眼を閉じます B全部息を吐いて C123と鼻から吸って D4で止めて E5678910で口から吐き出す。吐く時にイライラや、もやもやがいっしょに出て行くようイメージするとよいでしょう」と復習して、号令をかけながら30秒間練習した。ほぼ全員が、取り組んでいた。「できましたか。では仕上げですよ」と2分間、自分のペースで行なうよう指示した。「息を吐く時に身体の中のもやもやもいっしょに出て行きますよ」などのメッセージを添えた。ほぼ全員が目を閉じて練習していた。最後に F消去動作を説明して、「これをしっかりやることを忘れないで」と強調した。

 6) まとめとして
  「10秒呼吸法をやってみるとどんな感じでしたか。今の気持ちをみてみましょう」と言ってから、アンケートに記入させ、終了した者から授業の感想をプリントに書くよう指示した。

 「水曜と月曜の朝の会に2分間練習しますが、毎朝と寝る前に家でもやると、とっても効果が出ます。ぜひ試してみてね。肝心なのは続けることです」と自分でも続けるよう促して、終了した。時間はオーバーして、休憩時間に5分以上食い込んだ。

  7) 継続課題として
  3日目と7日目の朝のSHRの初めに音楽を流して、2分間の<10秒呼吸法>と消去動作を実施した。実施に際しては、@息を吐いてから始めること A消去動作を十分に行なうことを強調した。実施中に「今日は一日、真剣に授業が受けられます」「今日も、友だちとなごやかに過ごせます」などのメッセージを添えた。中間テスト 前日(10日目)の朝、実習以降の状況と現在の状態について、アンケートを実施し た。さらに、期末テスト前(53日目)に、その後のようすについて感想を求めた。

5 授業の結果
 1) 10秒呼吸法の授業
  プレッシャーがかかった時の心と身体の変化・工夫についてまとめたものが、表1で ある。緊張のために手足が「震える」「ボーとなる」「お腹が痛くなる」「イライラする」 などの変化がみられ、深呼吸をしたり、気分を変えたり、成功をイメージしたりなどの 工夫が報告された。

 表1 プレッシャーがかかった時の心と身体の変化と工夫(ワークシートより)

 身  体 の 変 化     心 の 変 化      工     夫
・ボーとなる  ・あくびが出る
・しんどくなる ・体がだるくなる
・手が震える  ・すごく足が震える
・震えている ・心臓がバクバク
・汗をかく   ・ドキドキしている
・硬くなる   ・ちゃんと動かない
・黙り込む   ・お腹が痛くなる
・胃が痛くなる ・神経性胃炎になる
・飛び跳ねたり、走ったりする など
・やばくなる    ・ 怯えている
・そわそわしている
・落ち着いていられない
・焦ってもやもや
・イライラする
・心配になる
・悪い方に考える
・何もかもやめたくなる
・不安になってわけがわからなくなる
・深呼吸 ・空気の入換 ・ジャンプする
・素振り ・ストレッチをする ・屈伸
・ずっとしゃべる ・友だちと話をする
・目を閉じて精神集中 ・神に祈る
・気合いを入れる ・いいことを考える
・うまくいくことを想像する
・他のことを考える ・自画自賛
・音楽を聴いたりする
・夜空の月や星を見る ・犬の散歩

 授業後の感想を表2にまとめた。「眠くなった」「楽になった」「落ち着いた」などの 表現が多くみられた。「この呼吸法を家でも毎日続けてみますか」との質問に約8割の 者が「はい」と答えた。

 表2 10秒呼吸法の授業直後の感想   ( )内の数字は人数

  身 体 的 側 面  情 緒 的 側 面     知 的 側 面    
・眠くなった(2)
・とても眠かった(2)
・もう少ししてたらねてた・息が難しい
・息すんのん苦しかった
・思ったより落ち着いた
・これをすると何か落ち着いたような 気がする。
・少し落ち着いた気持ちになりました・心が何となく落ち着いた気がした
・楽な気持ちになった(2)
・楽になった (2)
・気楽な感じになった
・何となく気分が楽になった気がする・とても気持ちよかった
・すごくリラックスできてよかった
・集中する
・もっと早く教えてもらいたかった
・いいこと知った
・おもしろかった
・不思議な感じやったけどおもしろかった
・家でもやろうと思う
・今1回やってみて何か変わったか全然わからないから続けてみたい
・前置きが長いと思う
・佐々木投手のビデオは必要ない気がする
・こんないつでもできるようなことで集中力がつくのかな?と思います

 2) 呼吸法実施後10日目のアンケート
   呼吸法を始めてからの変化についての自由記述を表3にまとめた。「すぐ眠れるようになった」「落ち着くようになった」「集中できるようになった」などの記述がみられた。また、「もっとストレスやその対処法について知りたいですか」という問いに、31名が「はい」と答えた(いいえ4、無回答1)。

 表3 呼吸法開始から10日目までの変化 ( )内の数字は人数

  身 体 の 変 化    気 分 の 変 化    集 中 力 の 変 化
・終わった後、眠くなる
・なかなか寝付けなかったけどやってから、すぐ眠れるようになった
・前まで、テストの前になったりしたら、ちょっと緊張したけど、この頃はあまり緊張しなくなった
・呼吸法をしていくと体や神経が落ち着くのがわかる
・呼吸法をした後すごくリラックスできた
・落ち着いた 
・落ち着く感じ
・すごく落ち着く
落ち着くようになった
・落ち着いた気分になった
・少し落ち着いた気がする
・緊張してる時、落ち着ける
・何だか前より落ち着いた気がする
・何か心が落ち着く気持ちになれた・呼吸法をした後、心が落ち着いた気がする
・呼吸法をした後、少し気持ちが落 ち着くような気がした
・何か落ち着いた気持ちになったよ うな気がする
・すごく落ち着きがついてきて、やる前より安心できる
・何か気持ちが落ち着くっていうか安心できます
・ゆったりとした気持ちになれた
・ゆったりした気分で、授業に取組める
・あまりイライラしなくなる
・楽になった
・楽しかった
・集中力がちょっと付いたような気がする
・家で勉強する前にやったら、気が散らずに集中してできた
・前より、少し授業(家庭学習)に集中できるようになった
・集中して問題に取り組んでる時間が「あれ?こんな長いこと集中だっけ」 ということがあった
変  化  な  し
あまり変わっていない(2)
・全然効果なしでした(実力テスト)

    また、今回の試みについて感想を求めたところ、効果を実感できたことを示す表現 が多かったが、抵抗を感じている表現もみられた(表4)。

表4 今回の試みについての感想 ( )内の数字は人数

効果実感派 懐疑派 その他
・いいと思う    ・すごい
・落ち着ける(2) ・結構落ち着く
・気分的に何か楽 ・結構効く
・知ってよかった
・とてもリラックスできる
・精神的に落ち着いてきたかなと思う・落ち着いてなかったのが落ち着いた(テストの効果はなかったが)
・安心して勉強に取り組めるようになった
・勉強を頑張ろうと思って、集中できるようになりました
・集中力が少しは付いたと思います
・嫌なことがすっと忘れられるような気がする
・まあまあ効果があるから、毎日やっったらストレスがとれてくると思う・これからもやろうと思う
・初めは面倒くさかったが、やって少し効果があってよかった
・毎日続けられない
・ちょっと恥ずかしい
・宗教団体みたい
・呼吸の仕方が難しい
・吐く時の時間が少し長くて、ちょっとしんどいと思った
・呼吸法をテスト前にしたけど、テストが始まって緊張した
・呼吸法をするとリラックスして るのか眠くなった。終わってか らの体操が足りないのかと思ったが、1時間目が終わっても、眠かった
・3年の1学期から教えて欲しかった
・呼吸法をしている時、先生の言葉が心を落ち着かせてくれた 
・まだ短期間しかやってないので これからもずっとやっていけば(効果が)もっと出ると思います
・この集中力がどの場所で出せるか心配です。

 3) 呼吸法実施後53日目のアンケート
   呼吸法を体験して感じたり思ったりしたことについての自由記述を表5にまとめた。
部活動の試合や舞台でピアノを弾く時、英検のテストの前などプレッシャーを感じた時、気持ちを落ち着かせたい時など、約1/5強の者が、実際に生活の中で活用していた。「呼吸法をしたから大丈夫」と自分のストレス対処の方略として採用した表現もみられた。

表5 呼吸法開始後53日目の感想






・テニスの試合の前にやったら、1回戦突破した。2回戦はやらなかった。負けた。
・呼吸法をするとすごく落ち着きます。アルカイックへ行った時(合唱コンクールの学校代表)、呼吸法をやったら、すごく落ち着いてピアノを弾くことができた。
・イライラしている時とか、悩んでいる時とかやってる。でも呼吸法が思いつかないと物にあたってしまう。呼吸法を思いついた時やると落ち着く。
・家で勉強する前にやったら集中してできた。
・英検を受けた時やったら、落ち着いた。
・家でたまに吐きそうになると、呼吸法を試してみたりする。
・呼吸法をしたから大丈夫と安心できる。色々なことの前にやって自信をつけたい。
・緊張してる時、自分の吐いてる息の音を聞くと、やすらぐ感じ。




・あれをしてから、マジ、すごいよく眠れるようになった。
・呼吸法をやっていた時、何故かわからないけど、嫌なことを忘れられた。
・ストレスがとれるから、たまにはやったらいいと思う。
・呼吸法は、リラックスするだけで、勉強にはあまり関係しないと思う。
・ひとりでやるのは面倒くさい。やりにくい。

 4) 呼吸法の継続状況と効果
呼吸法の継続状況についてまとめたものが表6である。授業後10日目までの期間では、8割弱の者が続けており、また8割強の者が今後も「続けていこう」と回答した。53日目では、継続している者は相当数減っていたが、期末テストに向けて呼吸法をやると答えた者は過半数に達した。(「ひとりでやるのはめんどうくさい」ということかもしれない。)

表6 呼吸法の継続状況 (数字は人数)

授 業 後 10  日  目    53  日  目  
呼吸法を自分で続けてみますか  家で呼吸法をやってみましたか 呼吸法をこれからも続けていこうと思いますか  その後呼吸法を・・・ 期末テストが近い
呼吸法を・・・
はい  30
いいえ 2
わからない6
やった 27(毎日2)
全然  
やらなかった 9
はい     29
いいえ    6
無回答    1
やってる 11(毎日3)
やらない 24
やる   20
やらない 13
無回答  2

次に、呼吸法を効果的と感じているかどうかについて、表7にまとめた。
10日目では「とてもある」と「まあまあある」を合わせて8割弱の者が効果があ ると答え、53日目では中間テストに向けて過半数の者が役立ったと回答した。

表7  呼吸法の効果(数字は人数)

呼吸法は効果があると思いますか
       (10日目)
中間テストの結果に呼吸法は・・・
       (53日目)
 ・とてもある 2
 ・まあまあある 25
 ・あまりない  9
 ・全然ない 0
 ・とても役立った 2
 ・まあまあ役立った 17
 ・関係しない 13
 無回答     3

 5) 質問紙テスト
   各項目の平均得点は、表8の通りであった。

表8 STAICおよび自己効力感についてのクラス平均得点の変化

項 目 ( )内は人数 授業前
(A)
授業後
(B)
10日目
(C)
変 化
(B)―(A)
変 化
(C)―(A)
状態不安 体験群 (35) 38.60 27.28 33.91 -11.32** -4.69 **
非体験群(33) 33.97 34.21 0.24
特性不安 体験群 (35) 37.74 33.62 -4.12**
非体験群(33) 32.24 32.18 -0.06
自己効力感 体験群 (35) 27.05 28.68 1.63 **
非体験群(32) 26.46 27.84 1.38 *

                          *は統計的に意味のある変化である(*:P<.05, **:P<.01)

(1) 状態不安 (その場の状況により変動する一時的な不安)
  体験群の不安は授業後に大きく減っていた。10日目の得点も実施前と比べて下がっており、中間テスト直前にもかかわらず体験群は不安が減っているといえる。これらの変化は、いずれも統計的に有意であった(Wilcoxon符号つき順位和検定 P<.01)。 さらに、体験群と非体験群の実施前および10日目の得点を比較すると、実施前の体  験群の不安は非体験群より高かったが、中間テスト直前の10日目には、非体験群より低くなるほど減っていた。また、非体験群については、実施の前後で有意な差がみられなかった(分散分析による交互作用 P<.05)。

  (2) 特性不安(個人の性格傾向による不安)
  体験群の不安は実施前に比べると10日目に減っており、この差は統計的に有意であった(t検定 P<.01)。また、体験群と非体験群との実施前および10日目の得点を比較すると、実施前には体験群の不安は非体験群より高かったが、中間テスト直前の10日目には、あまり差がなくなった。実施の前後で非体験群の得点はあまり変化 しなかったが、体験群の得点は、10日目に有意に低くなっていることがわかった(分散分析による交互作用 p<.01)。

  (3) 自己効力感
体験群・非体験群ともに、10日目の得点は実施前に比べて高く(t検定:体験群 P<.01、非体験群 P<.05)、自己効力感が高まっていた。体験群と非体験群の実施前および10日目の得点を比較でも、10日目が高くなっていた(分散分析 P<.01)。

 6 考察
1)テストの結果
授業前の体験群は、非体験群より不安が高い。これは、クラスの特性とも考えられるが、体験群は今回の授業を前に緊張していた結果かもしれない。また、非体験群の不安については、ほとんど変化は見られないが、自己効力感は高まっている。非体験群の自己効力感については、不安とは別の要因がはたらいているのかもしれない。しかし、体験群では授業後に大きく不安が減り、10日目にはテスト直前にもかかわらず、非体験群より低くなっている。また、体験群の自己効力感が高くなっていることと考え合わせると、「10秒呼吸法」は生徒にリラックス体験をさせることによって不安を減らし、テストのプレッシャーを回避するのではなく、解決できる課題としてとらえる心の余裕を生み出すのに役立ったといえよう。

 2)呼吸法の授業
   身体の反応として約1/7の者が「眠くなった」、気分の反応として約1/3の者が「落ち着いた」「楽になった」などをあげていることや、実施後にSTAICの得点が有意に下がっていることから、生徒の不安が減り、多くの者がリラックス体験をしたと見受けられる。その結果、「いいことを知った」「もっと早く教えてほしかっ た」という意見や、この呼吸法を自分でも続けてみるかという問いに約8割の者が「はい」と答えたことなどから、プレッシャーを感じた時には「呼吸法」が有効な対処方法のひとつであると多くの生徒が感じ取ったとみられる。また、最近の子どもについて自我の未熟さを指摘するものが多いが、自らの耐性を鍛える体験の少なさに加え、思春期に入って精神的不安定さをかかえている彼らの中には、プレッシャーに押しつぶされずにストレスマネジメントをしていく必要性を感じる者が多いとも予想され、増え続ける「ストレス関連問題を「予防」の観点から」(竹中1997)考えていく上でも、「呼吸法」授業は有効な手立てとなろう。
  ストレス反応については個人差が大きいといわれる。その要因として、ストレッサーへの「認知的評価」や対処行動があげられている(竹中1997)。ストレスについて学習することは、認知的評価の客観性を高め、対処行動の選択肢を拡げることにつながると予想され、約9割の者が、「もっとストレスやその対処法について知りたい」と回答していることと考え合わせると、「ストレス」について理解を深める授業も、ストレスマネジメント教育のプログラムとして重要であろう。

 3)実施上の留意点 
   「リラクセイションは技能であり、他の技能と同様に練習を必要とする」(マイケ ンバウム1994)。今回の試みは、自らのストレス対処技法のひとつとして呼吸法を体得して、必要に応じて使用できるようになることをねらいとしていることから、実施に際しては、学習への動機づけを十分に行い、当日体調のよくない者も含めてやりたくない者には無理強いせず、自発的な雰囲気で授業を進める配慮が大切といえよう。
   毎日同じ調子で続けるとマンネリとなるきらいもあり、明確な目的を設定したり、実施のタイミングをはかるなどの工夫が必要かもしれない。だが、朝と帰りのSHRや、授業中に落ち着きをとり戻そうとする場合など、用い方によっては短時間で目を見はる効果も期待できよう。
   木村(1997)は、イギリスの精神療法家L.プロトにより考案された弛緩技法「アルファ・プラン」を紹介している。この技法は、たやすく短時間でα波が活動するリラックス状態に至るよう工夫されたものである。身体、ことに呼吸に注意を向けること、快適なことをイメージすること、好ましい変化に身を委ねることなどの段階を経て、アルファ状態に至るとされる。今回の試みは、呼吸だけでなく、BGMを用い、呼気とともに身体の中にあったイライラやもやもやが出て行くことをイメージしたり、実施中に肯定的メッセージを添えるなど、アルファ・プランと似た側面ももっている。アルファ・プランにおいても消去動作をていねい行なうよう指示するが、今回の呼吸法でもリラックス反応後に集中して課題にとり組むことを目的にしていることや、「1時間目が終わっても眠かった」という感想がみられたことなどから、消去動作を十分に行なうことが重要といえよう。

 4)今後の課題
   呼吸法はテストに伴うプレッシャー対策に役立つ。ただ、そのことが直接テスト結果に反映するかどうかについては、一部肯定的でない感想もみられた。今後の検討課題としたい。 
   ストレスマネジメントの技法を実施する場合には、まず呼吸を整え、それからさまざまな課題にとり組むことが多い。呼吸法を導入課題としながら、ストレスについての学習を進め、効果的対処法を見出すべく、他のリラクセイション技法など、諸法を組み合わせて、ストレスマネジメント教育の包括的プログラムを構成していくことは、  今後の重要な課題となろう。

 文献
竹中晃二(1997)『子どものためのストレス・マネジメント教育』 北大路書房
木村定(1997)『ストレス 臨床と体験から』 青土社
内山喜久雄(1985)『ストレス・コントロール』 講談社現代新書
D・マイケンバウム(1994)『ストレス対処法』根建金男・市井雅哉監訳 講談社現代新書
海原純子(1996)『ストレス・癒しの病理学』 丸善ライブラリー
藤原忠雄(1997)「リラクセイション」『岡山県学校教育相談研究記録「森」第20号』
春木豊・石川利江(1993)「呼吸法」平井久・廣田昭久(編)『現代のエスプリ』311至文堂

 資料3 呼吸法実施10日目のアンケート

 10秒呼吸法を体験して PART1 名前

 1.家でも呼吸法をやってみましたか?
    @ 毎日やった A 数回やった  B 全然やらなかった

 2.呼吸法は効果があると思いますか?
@ とてもある  Aまあまあある  B あまりない  C全然ない

 3.呼吸法をこれからも続けていこうと思いますか?
@ はい     A いいえ

 4.もっとストレスについてやその対処法について知りたいですか?
@ はい A いいえ

 5.呼吸法をはじめてから、自分のことで何か変化したり気づいたりしたことがあれば書いて下さい。

 6.今回の呼吸法の試みについて感じたことや気づいたことを書いて下さい。

 資料4 呼吸法実施53日目のアンケート

 10秒呼吸法を体験して PART2 名前

  1. その後 呼吸法を
  @ やってる(毎日 ・ 必要に応じて ―例              )   A 全然やらない

 2. 中間テストの結果は、以前のテスト結果と比べて
  @ よかった A 悪かった B 変わらない

  3. 中間テストの結果に呼吸法は
  @ とても役だった A まあまあ役立った B 関係しない

  4. 期末テストが近づいていますが、呼吸法を
  @ やる    A やらない

  5. 呼吸法を体験して感じたり思ったりしたことについて、どんなことでも書いてく ださい。