2 小学校におけるストレスマネジメント教育の試み
要約 | ||
小学校6年生を対象にしたストレスマネジメント教育の実践を紹介する。学級活動の時間にペアリラクセイションの授業を実施した。「いやだなと思うこと」「プレッシャーに感じること」「不安に思うこと」を出し合うことを導入とし、ストレス対処法を修得する内容時に教育動作法によるリラクセイションを適用した。子どもたちは関心を持って取り組み、その結果、リラクセイションを体験することにより、ストレス反応が軽減することが明らかになった。その効果は、実施回数を重ねるほど顕著に現れた。また、相手のことを思いやり、落ち着いて話を聞こうとする様子もうかがえた。さらに、家庭で親にやってあげたり、学校で緊張した時などに自発的にやりだす子どもも見られた。ペアリラクセイションがストレスマネジメント教育に有効であると考えられる。 |
1 はじめに
現在、4年生の学級担任をしている。4月当初から、ストレスマネジメント教育を試みている。
第1回目は学級活動の時間に行った。内容は、個々の不安やプレッシャー、いらいらの体験を発表しあい、どんな時にそうなって、その時自分がどうなっているのかを振り返った。また、どうすることによってそれが遠退いていったかを話し合った。さらにリレー大会を題材にスポーツなどで緊張すると実力が発揮できない現実を共感した。そこで、1年間不必要な緊張を取り除き、リラックスして楽しい学校生活が送れたらいいなという話をした。そんな中で、「先生、緊張すると肩が凝るなあ」と言ったある子の発言を活かし、学級目標を「かたの力をぬいて」とし、緊張したり、不安に思ったり、いらいらしたりする時には肩の力を抜いてリラックスしよう。そうすれば気持ちもゆったりとして自分の実力も発揮できる。ということをクラス全体で確認しあった。そして、事あるごとに「はい、これを見て」とクラス目標を意識させ、強制せずにセルフリラクセイションのタイミングをうながした。
また、「友だちの気持ちを感じ取ろう」を目標にペアリラクセイションを道徳の時間にも行った。肩を通じて体験者が自分の肩の力を抜こうとしていることを、援助者は手を通して感じ合う学習を行った。手から伝わってくる体験者の努力をほとんどの子どもが実感でき、その意外さに驚く子どもが感動できたようだった。
セルフリラクセイション、ペアリラ クセーションを何度か体験した段階 では、セルフリラクセイションを朝の会に短時間で行った。また、教科授業の前にざわついている状態の時に行いもした。参加することに強制はしなかったが、ほとんどの子どもがセルフリラクセイションを行っていた。特に教科授業の前でのセルフリラクセイション後は、集中した教科学習に入りやすい雰囲気を味わえた。家庭でもお家の方とペアリラクセイションをやった子どももおり、また「先生、他のやり方も教えて?」と言って来る子もおり、子どもたちの多くが興味を持ってくれているようである。時間がなく連絡などで少々いらついたりした時に、「先生、いらついとるなあ。僕がリラックスさせたろ。」と肩に手をのせてくる子も見られた。ほっとできた感想を伝えると「家に帰ってお父さんにもやるねん」と嬉しそうに言ったのが印象的だった。
こうした実践をしようとした裏付けは、以前、学級担任ではない学年・クラスでストレスマネジメント教育を実施した結果にある。その実践と結果を紹介することにする。
1週間に1回、3週にわたり月曜日の2時間目にストレスマネジメント教育体験授業を行った。授業終了時には「先生こんな感じでいいの?」と援助の仕方を確認する子どもも見られた。休み時間にペアリラクセイションを行うペアも見かけられた。また、リラクセイションをする事で興味をもった子どもは家庭で個々にセルフリラクセイション、ペアリラクセイションを行っていた。さらに、学級担任から次の時間に子どもたちが落ち着いている様子が聞けた。
また、本年度に実践したプログラムと同等の指導案を用いて、他の学校で実施してもらった。その結果も併せて紹介する。
2 授業の指導案
1)対 象 小学校6年生
2)単元名 ストレスマネジメント
(不安・いらいらの解消に向けて)
3)指導目標
学 習 活 動 |
支 援 活 動 |
※一人で 1,椅子にすわる 2,目を閉じて気持ちを落ち着かせる 3,肩の感じを味わう。 4,両肩を開き、他は力を抜く。 5,両肩の力を緩める。 |
深く腰をかけずに背筋を頑張りすぎない程度に伸ばし、軽くあごを引くよう指示する。 肩に注目させる。
頭を前にたれない、腰や足に力が入らない、肩だけギュッと力を入れて反らすことを前説する。
ストンと肩を下ろすように前説する。 |
学 習 活 動 |
支 援 活 動 |
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6,肩(からだ)の感じを味わう 4〜6をくり返す |
肩が温かい、スーッとする、気持ち良い等がリラックス反応 肩を包み込むように手を置くように促す 肩の感じをしっかりと味わわせる
援助者は動きを先行しないように前説する
援助者はジワッと手を離すように前説する |
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※ペアで | ||
体 験 者 |
援 助 者 |
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7,椅子にすわる 8,目を閉じて気持ち を落ち着かせる 9,肩の感じを味わう 10,肩の感じを味わう 11,両肩を開く 12,両肩の力を緩める。 13,肩の感じを味わう 14,9〜13をくり返す 15,肩(からだ)の感じ を味わう 16,援助者と交代する |
7,椅子の後ろに立つ
8,ゆっくりと肩に手をおく 9,体験者の動きに合わせて動かす
10,体験者の動きに合 わせて動かす
11,体験者の動きに合わせて9〜10をくり返す 12,補助の手をゆっくりと離す 13,体験者と交代する |
(6)教示例
@課題の全体を説明する
今から「肩を開き、脱力する」という動作課題をやってもらいます。二人ペアになって、一人はいすに座って肩を開いて脱力します。もう一人は座っている人の後ろに立ちます。そして、座っている人が肩を開いて脱力するのを手伝います。
A構えの姿勢をつくる
いすに座っている人は、いすに深く座らずに浅く、そして背筋を伸ばして座り、上体を楽にします。頭はあまり頑張って固定しないで少しあごを引いたぐらいの所でまっすぐ前を見て楽に静止させます。この時、肩や腰やお腹に余計な力が入らないようにします。 準備ができたら気持ちを集中します。
B深呼吸でリラックス
ゆっくり鼻から大きく息を吸って、口からゆっくりとはきましょう。気持ちが集中できた人は軽く目を閉じてください。目を閉じて自分のからだの感じや気分を味わってください。
C肩に手を置く人の気持ち
後ろに立っている人は自分の前に座っている人を気持ち良くさせるために、どのように肩に手をおいたらよいのかを考えながらゆっくりと肩に手をおいてください。手は肩を包むようにしておきましょう。座っている人は、立っている人の手の感じをを十分に味わってみてください。
D肩を反らす
座っている人は、息を吸いながらゆっくりと肩を開きます。立っている人は座っている人の肩の動きにつき合ってあげてください。自分で肩を開くことができるところまで十分に開いてその位置で止めます。今度は息を吐きながらフーッと力を抜きます。はい、フーッ。力を抜き終わったら自分のからだや気持ちについてよく観察してみてください。
E2回目と3回目
2回目を行います。座っている人は、息を吸いながらゆっくりと肩を開きます。立っている人は座っている人の肩の動きにつき合ってあげてください。自分で肩を開くことができるところまで十分に開いてその位置で止めます。今度は息を吐きながらフーッと力を抜きます。はい、フーッ。力を抜き終わったら自分のからだや気持ちについてよく観察してみてください。3回目を行います。座っている人は、息を吸いながらゆっくりと肩を開きます。立っている人は座っている人の肩の動きにつき合ってあげてください。自分で肩を開くことができるところまで十分に開いてその位置で止めます。今度は息を吐きながらフーッと力を抜きます。はい、フーッ。立っている人はゆっくりと肩から手を離します。座っている人は、自分のからだや気持ちについてよく観察してみてください。味わえましたか?それではゆっくりと目を開けましょう。
F話し合い・役割交代
感じたことを話し合いましょう。
座っていた人と、立っていた人と交代しましょう。
3 授業効果の分析方法
1)調査材料
(1)小学生用ストレス反応尺度
児童が示す微妙な反応をとらえることのできる多面的な尺度の作製をめざし、CMAS(Children's
Manifest Anxiety Scale:児童用顕在性不安検査)、STAIC(児童用・場面−特性不安テスト)などに、からだへの気付きに関する項目などをつけ加え、89項目の質問紙を構成した。
その回収データを主因子法による因子分析後 Varimax回転し、因子負荷量の小さい項目を削除し、さらに、類似した質問項目を整理して30項目からなる小学生用ストレス反応尺度を構成した。
(2)ストレス反応を構成する因子の構造
393名の標本全体を主因子法による因子分析を行い、児童のストレス反応の因子の構造を検討した。
主因子法による因子分析の後、Varimax回転させたところ、解釈可能な4因子が抽出された。それぞれに、「対人関係・不安の因子(11項目)」、「情緒・無気力の因子(9項目)」、「爽快感の因子(6項目)」、「身体的反応の因子(4項目)」と命名した。
2)手続き
授業前に、各授業担当者が調査用紙を配り、児童全員が質問内容を的確に把握し同じペースで回答できるように、質問項目を各授業担任が児童の前で朗読し、児童が質問項目に一斉に答える方法をとった。記入が終わると、体験群は教育動作法によるリラクセイションの授業を、比較群は各クラスの教科授業が行なった。終了時間の少し前に授業を終了し、授業前に行った調査項目と同じ項目での再調査が授業前と同じ方法で実施した。
4 授業実践の内容
1)児童の様子
神戸の事件でA少年が逮捕された日の翌日。教室に入るるとガヤガヤしている。気のせいか児童のテンションが高く感じる。いすを残して机を後ろに運んで広くし、円状になって座ることをを指示する。女子の一人が場所が決まらずに気まずそうにしていたが近くでそれに気が付いた女子が手招き、着席できた。
話題を変えて、自分でセルフリラクセイションをしてみたかを問うと、多くの児童が挙手をした。
各自落ち着いて集中するように言い、集中できない場合には深呼吸を勧めた。特定の男子がふざけるが、周りは気にせずに集中しようとしている。ふざけている男子の肩に手を置いて、全体の児童に肩に注目して感じを味わうように指示すると、その男子もまじめに取り組みだした。全員が落ち着けたことを確認して、教示をしてセルフリラクセイションを行う。先ほどのふざけていた男子には、そのまま援助をしながら教示を続けた。静かな雰囲気の中で取り組めた。次に、今まで組んだことのない人とペアを組むように指示する。一人の男子が「先生、おれ相手おれへん」と発言する。確かに男子1名が休んでいるので奇数人数であった。相手がいないと私とペアを組むことを伝えると、男子数人が立候補した。移動をしてペアを作るように指示する。数人が立っただけで、ほとんどが円状になるときに考えて座ったことがうかがえた。先ほど「先生、おれ相手おれへん」と発言した男子も、何人かにペアリングを試みていたが、断られ私の前に来て座った。相手が決まっていない友だちを見つけて交渉に行った時に、早くペアを組み、役割も決めて肩に手を置いている女子のペアを指さして、「ここみたいに早くしましょう」と言うと、ほとんどは素早く行動できた。児童相互の言葉かけで、いつもペアを組めなかった男子も女子も援助しなくても組めた。座っている児童に軽く目をつむって気持ちを集中して自分の身体と気持ちを味わうように、立って援助する児童には座っている友だちが気持ち良いと思ってくれるような手の置き方を考えるようにうながした。時間がかかる。なかなか集中できない児童が目立った。大きく深呼吸させる。その後、後ろに立っている援助者に軽く前の人の肩に手を置くように指示する。この時点から静かな雰囲気になり、ほとんどの児童が集中しようと努力していることがうかがえた。一人の男子が立ち上がり、「先生、悪さばっかりする」とペアの援助者に困っていることを全体の前で訴えてきた。再度、後ろに立っている人は前で座っている人が気持ちよくなれることに専念するように注意する。沈静化した時点で、教示を行いペアリラクセイションを行う。先ほどまでのざわつきがウソのように全員が静かに取り組みだした。課題が終わり、援助者にそっと手を離すように指示した後もざわつかず、座っている児童は身体の感じと気持ちを味わおうとしていた。リラックスしている児童は「ゆっくり目を開けましょう」と指示するまで味わっていたように思えた。援助者から「気持ちええやろ?」と問うペアが目立つほど、援助者も意識して取り組めたようだ。入れ替わったあと、援助者に座っている人が本当に気持ち良いと思っているか感じ取るように指示する。役割交代して教示を行いペアリラクセイションを行う。静かな雰囲気の中で実施できた。ペアでお互いの気持ちを言い合っている様子がうかがえた。
5 授業の結果
1)結果
図1 ストレス反応得点の平均
対人関係・不安の因子において、授業前と授業後で体験群において統計的に有意差があった。
情緒・無気力の因子においても、授業前と授業後で体験群において統計的に有意差があった。
爽快感の因子においても、授業前と授業後では体験群において統計的に有意差があった。
身体的反応の因子においても、授業前と授業後では体験群において統計的に有意差があった。
2)児童の感想
6 考察
ペアリラクセイションを体験することにより、その直後で児童は有意にストレス反応を軽減できることがわかった。また、回数を重ねる毎に児童自身で様々な課題を解決している。このことから、ペアリラクセイションがストレス反応への対処法として効果があり、ストレスマネジメント教育に有効であると考えられる。
4年生での実践においても、個々の子どもが興味を持ち、学級の雰囲気が変わってきた。また、家庭やクラス、行事などで活用していることは喜ばしいことである。同じプログラムで実施した他校(3年生)でも、STAICの状態不安得点が減少することから、この方法は、極端に指導者を選ばなくても結果が得られることを示唆している。
低学年の適用と導入の工夫は、今後の課題であり、実践が報告されることを願いたい。