定時制三十年の灯火


 働きながら学ぶ定時制があった時代を忘れてはならない。
 本校に定時制が設置されたのは、昭和23年(1948)。
 以後、本校は、成松、佐治(青垣)、山東の各分校とともに、氷上郡の勤労青少年教育の中心となる。
 しかし高度経済成長とともに、定時制課程への入学者は減少。
 最後に残った中心校も、昭和54年(1979)3月に閉校する。
 定時制の灯火は消えても、苦学を共にした青春の心の絆は永く−−。


明かりの灯る夜間定時制教室(中心校)
明かりの灯る夜間定時制教室(中心校)

最盛期の昭和30年(1955)頃には、中心校、各分校を合わせた
定時制の生徒数は500名にも達した。

中心校(昭和53年) 中心校(昭和53年)

昭和23年(1948)9月設置。
昭和51年(1976)4月に生徒募集停止、
昭和54年(1979)3月閉校。

成松分校(昭和25年)

昭和23年(1948)9月設置。
昭和47年(1927)3月閉校。

成松分校(昭和25年)


青垣分校(昭和33年) 青垣分校(昭和33年)

昭和23年(1948)9月設置。
昭和30年(1955)に佐治分校から青垣分校と改称。
昭和51年(1976)4月、『兵庫県立氷上西高等学校』として分離独立。

山東分校(昭和29年)

昭和27年(1952)4月設置。
昭和38年(1963)3月閉校。

山東分校(昭和29年)


青垣分校正門と生徒たち
青垣分校正門と生徒たち

写真は昭和42年度(1967)卒業生。
青垣分校は昭和37年4月、定時制から全日制に移行した。

分校配置図 分校配置図


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