おれやこころのあやにしき


   「もろともに おれやこころの あやにしき
              まこととのりを たてぬきにして」
  (柏原高等女学校校歌)

 柏原高女は、氷上郡の少女たちの憧れだった。
 女学校の存在そのものが、まだ珍しかったのだ。
 「女に教育はいらない」という偏見も根強かった時代に、
 少女達は希望に燃え、学芸にスポーツにはつらつと輝いていた。



創立当初の授業風景
『創立25周年記念写真帖』より。
「明治35年祟廣小学校に女子補習科を設置し、翌年町立女学校とした。 しかし当時は物置同様の空室を利用し極めて不完全な設備の下に習ったのである」と解説がある。
昭和3年(1928)発行。
創立当初の授業風景



大正期の女学生のファッション
大正期の女学生のファッション



寄宿舎生活のひとこま(カルタ会)
寄宿舎生活のひとこま(カルタ会)




学芸会にて
学芸会にて
奉祝紀元2600年出征家族慰安学芸会。昭和15年(1940)。



水泳大会
当時の丹波では、近代的なプール施設は珍しかった。 柏原中学校の水泳の授業も女学校のプールを借りて行われていた。
昭和10年(1935)7月17日。
水泳大会


昭和15年度運動会・薙刀道
昭和15年度運動会・薙刀道




勤労奉仕のひとこま 勤労奉仕のひとこま
昭和13年(1938)ごろの撮影。


百年の青春へ