親友をなくした悲しさから
英知大学教授 高木 慶子


「Kさんの手紙を通して知る『命の大切さ』」
教育現場で,児童や生徒に「命の大切さ」をどのように実感させるかについては,多くの専門家によって研究され,また,アンケートなどを駆使しての実践事例なども提示されていますが,教育現場の先生方にとって問題なことは,どのような教材を使用するかということではないかと考えます。
そこで,ここではたいへん有意義な教材になると思われます一通の手紙を紹介します。Kさんは大学一年生の時,親友を交通事故で亡くしました。Kさんの許可もいただいておりますので,ご自由にお使いください。

【手紙 その1】命は自分一人のものではない
今日は,僕の心に少しの変化がありましたので,手紙を書くことにしました。
A君が亡くなって5か月になり,夏休みも終わりました。大学生になって初めての夏休みというのに,ほとんど外に出ることもなく家にいました。あんなに海と山の好きな僕でしたが,自分でもわからない程,落ち込んでどうしようもありませんでした。
友人を亡くすことが,こんなに辛く悲しいこととは思っても,想像したこともなかったので,自分の中に起こる大嵐のような激しい怒りと悲しさで,心が一杯になり,僕は気が狂ってしまったかと,本気で心配になりました。
高木先生は,この間も,親しい友人を亡くした人の心の状態を説明してくれて,今の僕の感情は人間にとって自然な心の動き,健康な人の状態とか言ってくれましたが,しかし,今でも僕の胸には怒りと空しさが一杯で落ち込んでいます。
そして,事故を起こした加害者に対して,激しい怒りがありますが,でも時々自分も加害者になる可能性もあると気付き,事故だけは起こさないようにと,気を付けています。
3日前,Y君が家に来てくれました。僕が相変わらず落ち込んでいたので,「もう,5か月になるだろう,元気を出せよ」と言ったので,僕はたいへん腹が立ち「俺の気持ちなどわかってたまるか」と言い返したら,Y君は[しっかりしろよ]とどなりながら僕の頭をたたき,そして僕の肩を抱いてくれました。僕は声を出して男泣きに泣きました。Y君も一緒に泣いてくれました。Y君は,本当にいい奴だと思います。僕のことを本気になって心配してくれている友だちがいるのだから,僕も元気になりたいと思うようになりました。
A君の分まで生きなければならないと思うと,やはり頑張るしかありません。
高木先生,ご心配をおかけしましたが,少し元気になったような気分になりましたので,ご安心ください。両親は,今でも僕のことをたいへん心配しています。弟が今も僕の部屋を覗きに来ては,心配げに声をかけてくれますが,僕が「うるさい」と怒った声で言うので逃げて行きます。
先生,両親と弟に僕が少しは元気になっていると伝えてください。そうすると両親も弟も少しは安心すると思いますから,お願いいたします。K.Sより

【手紙 その2】命のすばらしさは,赦し合うことにある
先日電話で話しましたが,A君の両親から頼まれて,加害者とその両親に会いに行きました。ともかくたいへん辛いことで,なかなか足が動いてくれないように感じました。
家の前に行った時,不思議と落ち着きましたが,加害者とその両親の顔を見た時,気持ちが動揺してどうなるかとたいへん心配でした。しかしすぐに落ち着くことができたように思います。それはA君の両親からのメッセージをすらすらと言えたからです。3人はその間,ずっと畳に頭を付けていました。僕もとても辛かったです。僕からの話が終わると,両親は泣きながら「赦してください」と何回も何回も云われました。彼も真っ青な顔で「済みませんでした。済みませんでした」と繰り返していました。
僕はどうしたらよいのか,本当に困りました。「A君の両親に伝えます」と,約束して帰ってきました。考えてみるとあの加害者となった彼は悪いことをしようとして事故を起こしたのでもないのに,非常にかわいそうだと思いました。でも事故で死んだA君のことを思えば,たいへんなことをした人であることには変わりないのですから。
ともかく,A君の両親は本当に偉大な人だと思います。もし僕が両親だったら決して赦さなかったと思います。自分の子どもを死なせた「加害者を赦す」と伝えて欲しいと友人の僕にメッセージを託した両親がいることに驚いています。僕も将来,親になった時にこのような人になりたいと思っています。
高木先生「人を赦す」ことは本当に難しいことですね。でもこのことがあったから僕も「赦すこと」の意味を考える機会が与えられたと思います。また加害者の彼とも会いたいと考えています。
いろいろ心配をかけましたが,今はまずまずの元気でいることをお知らせいたします。K.Sより

まとめ
命は自分だけのものではないことを,友人を亡くしたKさんの悲しみ苦しみから感じ取ることができるのではないかと考えます。お友だちの死がそれ程に強い悲しみや苦しみをもたらすのでしたら,家族,特に両親の嘆き悲しみはどうでしょう。
また,子どもを亡くした深い悲嘆を感じていても,加害者を赦したAさんの両親の心にある勇気と寛容さこそ,今の世界にとって大事なメッセージではないかと思います。現代社会では,人を赦すことができず,そのために戦争が絶えません。国と国との戦争をなくすためには,個人と個人の間における赦し合いがあってはじめて,平和が訪れるのではないでしょうか。戦争こそ「命を尊ばない行為」です。人を赦す姿にこそ,生きていることのすばらしさを見るのではないでしょうか。この両親の姿に,真の人間の親としての生き方を感じ取ります。加害者に自分の子どもの分まで生きていて欲しいとの希望を託される,その姿こそが,現代社会に最も必要な「命の大切さ」を見せてくださっている人のモデルではないでしょうか。