生きるってすばらしい
−今親と子と教師で「命の大切さ」を実感させる教育を推進しよう−
三木市教育長 井本 智勢子


はじめに
過日,『子ぎつねヘレン』を観て,その後映画の原作者竹田津実先生の講演を聴く機会を得た。障害のある動物や傷ついた動物の命を何としても助けたいと頑張るけなげな子どもたちの姿がそこにあった。
「子どもを大きくすることは簡単だが,大人にすることは難しい」
数多くの動物を育てた経験から語られる先生のこの言葉に,人間の子育ての有り様を思わずにはいられなかった。

☆「命の大切さ」を実感させる教育を家庭との連携を深めながら,学級の中で「親子学習」として年間プログラムに意図的,計画的に組みこもう。
家庭はあらゆる教育の原点と言われる。命を大切にする感性を育て,かけがえのない命に気づく場,「老病」「生死」に直接出会う機会や豊かな体験の場,世代を超えたふれあいの場など,家庭はまさに「体験の宝庫」である。命の教育を推進するにあたっては,家庭との連携はどうしても避けて通れない。

<「親子学習」を推進する理由>
少子化,都市化,情報化など急激な社会の変化に伴い人間関係が希薄になり,直接体験や自然とのふれあいの機会が極端に減少し,親も子も教師も命の重みを感じる感性が弱まってきている。
かつては年齢の違う子どもたちが群れて広場や土手をかけずり,自然を相手に終日遊び回っていた。今や,室内でゲームやテレビ,パソコンに興じ,とりつかれたように携帯電話でメールを打ち続ける子どもたち。連日のように報道される子どもにかかわる殺人事件。陰湿ないじめや体罰,虐待と,子どもたちを取り巻く環境はまさに極寒の様相を呈してきている。
「先生,子どもに『いただきます』『ごちそうさま』を言わせないでくださいね。うちは給食費はきちんと払っていますから,食べるのは当たり前でしょ」と訴える親。紙おむつをつけた5歳児が増えている。トイレトレーニングが面倒で,紙おむつの方が便利と,そのまま入園させてくる親。大人になりきらない親が増加しつつある。教師も然りである。教師自身が「命の大切さ」をどう捉え,どう生きているのか。
今,子どもたちを取り巻く大人の生き方そのものが問われている。人間は経済的,物質的に豊かになればなるほど批判の対象を外部に求めるという特性を強く持ち,過密社会になればなるほど人間関係が希薄になりやすい特性を持つと言われる。だからこそ,「命の大切さ」を実感させる教育を家庭との連携を密にし,「親子学習」として意図的,計画的に年間プログラムにとり込み,親も子も教師も共に体験し,同じ思いを分かち合い育ち合うことが必要ではないだろうか。

<4月のPTA学級集会の中で計画しよう>
4月当初の学級集会は,教師の1年間の学級経営方針を発表し,親とともに「この方向で共に育て学び合う」という心合わせをする場である。この機会に「命の大切さ」を実感させる教育を進めるため,保護者とともに以下のことにぜひとも取り組んでほしい。
 ○今なぜ,「命の大切さ」を実感させる教育が必要なのか。
 ○学校教育だけでは限界があり,家庭との連携でより深められること。
 ○年間カリキュラムづくりについて話し合い計画を立てる。
  ・学校(授業)で計画的に進める内容
  ・家庭で力点をおいて取り組んでいただく基本的な内容
  ・親子で共に学び「親子学習」として計画していく内容。「命の大切さ」を実感させる学級PTA行事など

<これだけは育てよう……親との心合わせに>
◎自尊感情を育む
第一歩は,親子の間に信頼を築くことである。その中で,自分への信頼,他者への信頼,命への信頼,人生への信頼が育つ。十分な愛情の中で子どもは「愛されている」「必要とされている」という自己有用感や「自分が好きだ」「自分も頑張れる」という自己肯定感が生まれる。また,「やった!」という達成感や成就感が味わえる多様な体験も大切である。
◎五感で感じる感動体験や自然体験の場を準備する。成功体験と同じくらいの小さな失敗の体験を積ませる。
命を大切にする感性は生まれながらに完全なものとして身についているものではない。それは五感を通して自然や社会における様々な体験を通して身につき肉化され,一人一人の感性として形成されていくものである。子どもはたくさんの失敗をする中で一つ一つ学んでいく。また,発達段階を見極め,子どもに任せ決定させていくことも重要である。子どもに選択させ失敗を乗り越えていく力(耐性)を身につけさせたい。
◎「親子学習」(授業)の取組
「命の大切さ」を実感させる教育への提言の中の実践編には,教育プログラムのテーマとして「誕生の喜びと感動」「成長の支援への感謝」「限りある命の尊さ」「理解し合う心に支えられた命」「尊い命を守るために」が挙げられている。子どもたちの発達段階に応じてこれらの中から,もっとも適切なテーマを設定し,「親子学習」を準備してほしい。

おわりに
親と教師が子どもたちとともに「命の大切さ」を実感させる教育を実践する中で「大人」としての成長があり,「生きるって,すばらしい」と感動する喜びがある。また,たくさんの命をいただいて生きていることへの感謝や遠い先祖から脈々と受け継がれてきた「つながりのある命」を感じ,「生かされている命」の重みを体感することが今求められている。

参考文献
・「生き方の道標 エリクソンとの散歩」佐々木正美著(子育て協会)
・「今からでもできる 人格の土台をつくる子育て」村本邦子・窪田容子共著(三学出版)