「つながり」を実感できる体験活動を
文化庁長官 河合 隼雄


1 「命の大切さ」を教える難しさ
昔の日本は、「命の大切さ」をとりたてて教えることを考えなくてもうまくいっていた。ものがないと分け合う等、いろいろ教えなくても自然に心と心はつながっていた。ところが今はものは豊かになったが、心と心の「つながり」は疎かになっている。こうした社会状況の変化の中で、命を教えることは難しい。親子の間にしっかりした心の「つながり」があれば、「命の大切さ」は実感できる。一番の根本は親子関係にある。この根本的なことを抜きにして学校教育で「命の大切さ」を教えていくことは、大変難しいことである。なぜなら命が大切であるという思いは、子どもたち自身の実感や体感から生まれてくるもので、頭から頭に働きかけても意味がないからである。こうした命の大切さを「教える」ことの難しさを、教える側はわきまえておかなければならない。

2 豊かな自然体験活動をとおして
例えばいろり端に人が自然に集まっていた昔の生活に戻るような体験をすることが必要ではないか。キャンプや合宿等寝食を共にする体験や飯盒炊さんのような「生(なま)の命」と接触する生活を体験させ、心の交流を図っていく。その際には青年の家のような施設とタイアップして行う等の工夫が必要である。指導者や費用面の問題等越えなければならないものはいろいろあるが、兵庫県内の豊かな自然を利用した体験活動を行う必要がある。

3 映画を教材に
映画は映像で体感できるのでよい教材になる。大事なのは映画館に入り映画の世界に入って観ることである。ビデオは同じ映像であっても、自分で止めたり速めたりとコントロールできるため、映画館に入って観るのとは違う。命というものは我々がコントロールできるものではない。子どもたちを取り巻いているバーチャルリアリティの恐さは、自分にコントロールできると思わせてしまうこと、極端になると人間を殺しても生き返ると機械と同じように思わせてしまうことである。そういうことを防ぐためにも自分の方から映画の世界に入るという体験をしなければならない。
小・中学生を主人公にした「命の大切さ」に関わる映画を観て話し合い、そこで出た感想等を記録・研究する。そうして積み重ねていったものを授業に活用することもできる。

4 子どもと関わる大人同士がつながる
体験活動を生かしていくには、子どもと関わる大人の存在が重要である。子ども一人ひとりを大事にし、孤立したり皆から嫌われるようなこともする難しい子どもも取り込んで、皆が『一緒にやってよかったなぁ』と思えるようにできる指導者が必要である。 
子どもというのは、こっちが心を開いていたら面白いことを言う。子どもの本当の声を引き出せる力を持った聞き役が大切である。映画を観た後の子どもの感想が、教員を喜ばせる「命は大切である」と答えるような通り一遍のものにならないように留意しなければならない。そのためには聞き役の人を工夫する。スクールカウンセラー等を活用するのもよい。
学校の行う体験活動にボランティアを積極的に活用したり、家庭や地域の人が連携して参加してもらう等して、学校の教員にとって負担にならないように工夫する必要がある。

5 「つながる」実感と教材をつなぐ
人と人とがつながるということを実感することが大切で、一緒に焚き火を囲んだり飯盒炊さんをして、『人と人は心がつながるんやなぁ』と思いかけた時に、命を大切にする絵本や教材を使って教える。教室で命を大切にする絵本を見せられるのとはかなり違う。