4 「命の大切さ」を実感させる教育の実践のために

子どもたちに学習や体験をさせる時、教育課程上の位置づけを考え、年間計画を立てる必要がある。その上で、子どもたちや家庭の実態、各学校の実情、地域の状況等を踏まえた十分な準備や子どもたちの発達段階に応じたプログラムが必要である。
教員の十分な準備によって、子どもたちの学習・体験がより豊かになるようにしなければならない。また、用意されたプログラムの中から、子どもたちの発達段階や実態に応じて、どのようなテーマ・内容・学習方法で行うのが効果的であるかを検討し、指導案を作成しなければならない。さらに、事前の準備、学習・体験、事後の振り返りのプロセスから新たな課題を発見し、テーマや内容・教材・学習方法を検討し、指導案を改善していくことも必要である。
また、生き方についての価値観や考え方は多様であり、子どもたち一人ひとりの家庭環境も様々であるので、実践に当たっては個々の状況を十分に考慮した上で、家庭・地域からの理解や協力を得る必要がある。

(1)教育プログラムモデルの準備
  ア 子どもたちの発達段階に応じて準備する
子どもたちの命についての認識は個人差が非常に大きい。そのため命の大切さを実感させる教育を行う際は、子どもたち個々の発達段階に配慮して準備し、体験させていくことが大切である。
まず、身近な生活の中から命あるものの存在に気づかせ、自然や人々とふれあうことで、自分が生きている喜びをしっかりと味わわせることが必要である。
次に、身近な生活の中で動植物や自身の成長を、生きている喜びとして実感させるとともに、老いにふれる体験や死の悲しみにふれる体験をとおして、命には限りがあることを感じとり、命あるものすべてを大切にする心を育てる。
成長が進むにつれ、人間の命だけでなく身近な動植物をはじめ生きとし生けるものの生命の尊厳に気づかせ、互いに支え合って生き、生かされていることに感謝の念を持たせる。自我意識の芽生えとともに、自己を深く見つめたり、自己の存在の意味を問い直すことで自己の存在価値を確かめ、与えられた生を精一杯生きることの大切さに気づかせるように配慮する。
そして、すべての生命に対する畏敬の念を培うとともに、社会の中での自己の確かな存在価値を知り、自分が生かされていることへの認識や自分が社会に貢献する喜びや達成感をとおして社会とのつながりを実感させていくことを目指すのである。

イ 喜びと悲しみを組み合わせて準備する
発達段階に応じて多様な側面を組み合わせることが重要である。年少の段階においては、生きていることの喜びを実感させることを中心にプログラムを構成し、老いや病にふれる体験や死をはじめとした悲しみにふれる体験は慎重に扱うよう配慮する。そして次の段階では、生きる喜びを実感させるとともに、老いや病にふれる体験や死の悲しみにふれる体験もプログラムの中に少しずつ組み入れ、命の有限性に気づかせるようにする。成長が進むにつれ命の誕生から死に至るまでの過程を理解できるようになるので、喜びの体験と悲しみにふれる体験をプログラムの中にバランスよく配置する。
特に、死の存在については小さな時から気づかせなくてはならないが、死そのものについてはそれを受けとめられる子どもたち個々の発達段階に応じて向き合わせるようにする等、慎重に行うことが肝要である。

ウ 様々な体験を準備する
「命の大切さ」を実感させるには、生老病死等いくつかの入り口がある。それぞれについて、発達段階に応じたねらいを設定し、効果的な学習方法や体験方法を検討していく必要がある。また、豊かな人間関係を築くためのコミュニケーション能力を育てることやインターネットやメディアの適切な活用法を身につけさせ、仮想現実と現実の違いを理解させることも必要である。
プログラムを準備する場合、ねらいとともに子どもたちの具体的な心の動きを想定することが大切であり、子どもたちに対して事前の準備を注意深く検討するとともに、指導する教員自身も十分な準備をしておく必要がある。また、学習や体験の後は、子どもたち自身が学習や体験を振り返り、その成果を日常生活での実践につなげられるように配慮するとともに、家庭や地域と連携することも必要である。
学習や体験を計画・準備・実施する際には、感動を味わう場面を設定し、子どもたちの感性や想像力を育む必要がある。感動、感性、想像力は指導の視点として、欠かすことのできないものである。

(2)実践を支える研修
学習や体験をとおして子どもたちの心がいきいきと動き、生きる喜びを深く感じとれるよう導くためには教員の心の準備が欠かせない。教員自身が自分も他者も大切な命を持つ存在であることを実感し、自己の命や生き方を見つめ直すために人生を振り返り、新たな視点から自己をとらえ直す体験をすることが必要である。
死と向き合う人々からの話を聞き、その生き方にふれることにより、命のかけがえのなさを感じ、生きることの意義を考えることができる。また、犯罪被害者・遺族の声を聞くなどして、かけがえのない人を失った悲しみや怒りに教員自身がふれることは、命のかけがえのなさを真摯に受けとめる貴重な体験となる。
他者を思いやることや自他の命を大切にしようという思いは、具体的なコミュニケーションを重ねる中で培われる。自分の考えや気持ちを相手に伝え、相手の気持ちを汲み取ったり思いを重ねるといった伝え合う力を高めることをとおして、教員自身が豊かな人間関係を築く力を身につけることが必要である。
さらに、電子メールやチャット、掲示板等の新しいコミュニケーション手段の問題点を把握するために、教員自身がその仕組みを理解することも大切である。有害情報が子どもたちの行動や考え方、そして時には死生観にまで強い影響を及ぼしていることを考えると、インターネット等の利用に当たっての基本的なルール、モラルやマナーを理解するとともに、指導力の向上を図ることも必要である。

(3)授業実践の在り方
  ア 準備から振り返りまで
実践に当たっては、特に、事前の準備と事後の振り返りを充実させることが必要である。事前の準備では、学習や体験の内容について子どもたちに多方面から興味を持たせるとともに、子ども自身が活動にどう関わるかを明確にし、主体的に取り組めるように工夫する必要がある。また、学習や体験の中だけでなく、その後の生活においても「命は大切である」という実感を持ち続け、そうした思いを行動に反映できるようにしなければならない。
また、学習のねらいやテーマに合った学習形態を工夫することが必要であり、例えば自尊感情を高めるためには構成的グループ・エンカウンターの技法を用いたり、死や老いにふれるためには絵本や手記等を用いたりすることが考えられる。グループ学習をとおして、集団で一つの目標に向かって協力する体験も有効である。このような体験をとおして子どもたちは自然や社会、人々との関わり方を学ぶとともに、感動したり、葛藤したり、模索したりするのである。
学習や体験後の子どもたち自身による振り返りは、学びによる変化や成長をとらえる作業となる。振り返ることで、学習や体験による変化や成長が、子どもの中に内面化され、その後の実践・行動へとつながるのである。

イ 家庭・地域との連携
子どもたちの学習や体験をより豊かなものとするためには家庭や地域との連携が不可欠である。そのためには、学校だより等を通じて、家庭・地域に学習や体験の趣旨及び目的、内容等を知らせて理解や協力を得ることが必要である。子どもたちは、家族と共同作業をする中で、家族の思いや家族から見た自分を知り、自己認識を深めることができる。また、地域にはよき生き方のモデルが必ず存在するはずである。そうしたモデルとの出会いは子どもたちの人生を豊かにしてくれるのである。
生や死の現実から子どもを遠ざけ過ぎるのではなく、直接向き合わせることも必要である。身近な人の死という現実をとおして、また、その死を悲しみ故人を懐かしむ大人たちの姿をとおして、子どもは死を理解していくのである。このように日常の生活の中で、大人と子どもが死や命について共に体験し同じ思いを分かち合っていくことが求められるのである。家庭や地域の中で、子どもの発達段階に十分配慮しながら、命の様々な側面、つまり生老病死の現実に、自然なかたちで立ち会わせる体験をさせることも大切である。