2 「命の大切さ」を実感させる教育の推進にむけて

日ごろの行動に反映され、子どもたちの生き方に影響を与える心の奥底の実感的基盤は、感動をはじめとした様々な体験から得られるものである。その感動は、豊かな感性と深い想像力によりもたらされ、生活の中で生きる喜びを味わうことがきっかけとなって湧き上がるものである。子どもたちは他者との関わりの中で豊かな感情を身につけ、生きる意味を見いだすのである。つまり、子どもたちが生きる喜びを味わうのはすべからく他者との関わり合いにおいてであり、そのためにも相互に理解し支え合う気持ちやその思いを伝え合う力を養っていかなければならない。

(1)実感するということ
「命は大切であるか?」と尋ねられれば、「大切である」と子どもたちは答えるだろう。しかし大事なのは「命は大切である」と言葉の上で理解することではなく、一人ひとりが心から実感することである。実感は体験する中で得られるものであるが、ただ体験さえすれば実感できるものではない。子どもたちの生育過程をとおして形成される心の奥底の実感的基盤があってこそ得られるものなのである。そのためには、見る、聞く、触れる、嗅ぐ、味わうといった経験そのままの感覚、つまり自分の身体をとおして感じるものを出発点としなければならない。そして、経験そのままの状態、いわば言葉になる以前の感覚を大切にする必要がある。なぜならこの言葉以前の感覚が価値あるものに「ハッ!」と気づくきっかけになり、気づくことが全身の共感を呼び起こし、それが実感へとつながるからである。
そして、実感がそれだけで終わるのではなく、その実感が具体的な行動となって現れることが大切なのである。体験の中でどのような気づきが得られたか、どのような感じ方をしたのか、どのようなものの見方、考え方を身につけたのか、そしてそれらをもとにどのような行動をとれるかが重要なのである。

(2)大人たちに求められること
様々な環境から子どもは学んでいくものであるが、とりわけ周囲の大人の存在はその中でも重要な学習環境である。したがって、大人が豊かでしなやかな感性を持ち、実生活において他者との関わりを深め、その中で喜びや悲しみ、楽しみや苦しみ等の豊かな体験をし、命と向きあうことが大切である。大人たちの生や死に対する真摯なまなざしが、子どもたちに命の大切さと向き合う力を与えるのである。
特に、直接子どもたちと接する親や教員にとっては、与えられた命を生きていることを自覚し、子どもたちと一緒になって命の大切さを考えようとすることが大切なのである。

(3)「命の大切さ」を実感させること
子どもたちは、自分自身を肯定し、自分自身をかけがえのないものとしてとらえることで、今生きているその喜びを感じることができるようになる。また、命には限りがあるが、祖先から子孫へと伝えられることや、他の生き物を食物としていただいて自らが生きていること等から、命はつながりそして互いに支え合っていると感じることができ、生きているということに感謝の気持ちを持つことができるのである。そして、それらの喜びや感謝の気持ちが自分の命をはじめ、すべての命を大切にする心につながるのである。

  ア 生きる喜び
「生きていてよかった!」「生きるって素晴らしい!」と子どもたちが感じるのは、様々な活動の中でほめられたり認められたりする体験、自分のよさを見つけたり自分の存在を認めなおす体験等をとおして「自分もいいところがあるんだ」「今のままの自分でいいんだ」と感じる時である。また、学校行事等でクラスの仲間や友だちと心が一つになるような連帯感が味わえる体験、何かの課題に一生懸命に取り組んで「できた!」という声を思わずあげてしまうような感激の体験、人の役に立てたという満足感を味わえる体験、読書や音楽等への没頭体験等も喜びの体験となる。
そして、唯一無二の存在である自分自身が限りある命を生きていることで、様々な喜びの体験や他者と共に支え合って生きていることへの感謝の気持ち等が、生きることの喜びをより深めるのである。

イ かけがえのない命
あらゆる命には限りがあり、生あるものは必ず死を迎える。そして命は一度失うと取り返すことができない。だからこそ命はかけがえのないものなのである。祖父母や家族等の身近な人の死を経験した子どもたちや、学校や家庭で飼っていた動物の死を経験した子どもたちは、こうした命の有限性や死の不可逆性に向き合わざるを得なくなる。大切な人やものを失うことによって、その存在やかけがえのなさを実感するのである。
今生きている自分は、世界中にたった一人しかいない唯一無二の存在である。その自分を見つめることは、自分をよく知り、自分のよさを認めることから始まる。今生きている自分の存在を認め、今生きている自分のかけがえのなさを理解することにより、他の命、他者の存在を尊重するようになるのである。

ウ 命のつながり
私たちは様々な人々、あるいは自然や動物等との関わりの中で生活している。今自分自身が生きているのは、直接あるいは間接を問わず、様々な人々や自然の営みのおかげである。私たちが日々食べているものはすべて命あるものであり、その命によって生かされているということ、それをいただいて生きているということをしっかりと受けとめる必要がある。また、今の自分の命は、遠い祖先から祖父母、父母、自分へと脈々と受け継がれてきたものであり、そうして受け継いだ命は未来に向かってもつながっていくものであること等、命というものが決して自分だけのものではなく、つながっているものであるということを感じとる必要がある。自分はたった一人で生きているのではなく、他者と共に生きている存在であるという思いを持てることが大切なのである。