彷徨い迷路

思ったままに書いた人H泉 零稀  
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「ようやっと見つけたで」
そう言って彼女の前に現れた。
右に悪魔の翼、そして、左に天使の翼を持つ、それであった。


ここは、彼女の住むマンションの屋上。
夕暮れ時、海に沈む夕日がとてもきれいに見える。
朝、いってきます≠ニ家を出たものの、足はここへ向かっていた。
学校へ行っても何も無い、家も居心地が悪い。休まる場所はここだけ。
「は〜ぁ……」
柵にもたれ掛かり、大きなため息を吐く。
いつからだっただろう。同じ毎日の繰り返し。
生きることがつらい≠「っそのこと、この世から消えてしまいたい≠サう思い始めたのは。
その時だ、彼女に声がかかったのは……。


「つかさ…時雨つかさっつーんは、あんたやなぁ」
そう言って空から舞い降りた。
悪魔?それとも、天使?両方の翼を持つ。
年の頃なら17・8といったところ。つかさ≠ニ呼ばれた彼女とそう変わらないだろう。銀の髪≠ノ金の瞳≠ニいった変わった容姿をしているが、自分に似合うもっともな姿をしている。しかし、それよりもっと目を引くのは。
左右ちぐはぐの、背中の翼だろう………変異体≠セ。
「あ…あなたは、一体……」
驚きもするだろう。突然こんな変異体が現れれば、誰だって。
「ああ?オレか?オレはフェルナディスト・アスタナル・ヴィダトレスっちゅーねん。よろしゅう」
そんな長い名前をすらすらと話す、関西弁の少年。
「……あ、あのぉ、もー一回言ってくれます?」
つかさは目が点になっている。
そんなつかさを見て、彼は大爆笑。
「あっはははははぁー。すまんすまん。ウソやウソ。そんなけったいな名前なわけあるかい。ほんのジョークや、ジョ・オ・ク。真に受けるとは、あんたけっこーオモロイやっちゃなぁ」
言ってまだ笑っている。
そうだろうとも、そんな名前嫌さ。それはさておき。
彼の言動に、未だ目を点にしているつかさ。
「お〜い、いつまで目ぇ点にしとる気や?せっかく人が望み叶えたろ、思う来たったっちゅーのに、最近の女子は冷たいのぉ……」
そう言って泣きまねをしている。
つかさははっと我に返る。
「あたしの望み……?…それより、あなた誰……ってぇいつまで泣きまねしてんのよ!」
「あたっ」
言ってパコンと彼の頭をたたくつかさ。どっちもどっちだこの2人……。
「っとまぁ冗談はこのへんにして、と。オレの名前か。あんまかんけーないんやけど、一応ゆーとこか。オレはリラ、リラ・ローグ。あんたの望みを叶えに来たんや」
何もかも見透かしたように、リラは言った。


「……望みを……叶える?」
何が何だか。リラの言うことがいまいち理解できないつかさは、怪訝な顔をしている。
「せや、あるやろ、願い事。何でもゆーたってや。あ、けど、本当の願い事しか叶えられんから」
にこにこ笑顔で、ひょいっと柵に腰を掛けて言うリラ。
まだ納得ができず、つかさは疑いの眼差しをリラに向けている。
(本当の願いしか、ってじゃぁ何でもとかゆーなよ……てゆーかなんであたしなわけ?空から降ってくるし、関西弁のくせにカタカナネームだし。それに、背中の羽は何だっつーの!…激意味不明〜)
「意味ふめーでわるーございましたね」
リラはポソッと言葉をもらす。
「???何か言った?」
やはりつかさの耳には届いていなかったようだ。
その言葉に、
「いんや。何もゆーてへんよ。それより、願いは?」
と笑顔でかえす。
「じゃ…じゃぁ一億円!今すぐ現生でрチてゆーのは、だめ?」
リラはまだにこにこ笑っている。返答はない。
「………だめなの?…返事くらいしろぉ!」
少し苛つきを覚え、つかさはジト目でリラを見る。
そんなつかさの態度に、リラはため息を吐いた。
「せやから、ホントの願いしか叶えられへんゆーたやん。ちゃんと話し聞ーとった?あるやろ、ホントに叶えてほしい願い事が」
頭を掻きながら、もう一度ため息を吐く。
「だ…だから、お金が無いのだって……」
つかさが言い終わるより先に、リラは言葉を発した。
「ちゃうちゃう、そーゆー物欲やのーて。あるやる、ココの奥に秘めてる想いが」
そう言って胸に手をやる。
「胸の奥?」
「心や、ココロ」
リラは柵から降りて、下を見下ろすようにもたれ掛かる。
つかさはキョトンとリラを見ている。
「ほら、あそこのガキ。あいつ今日学校でいじめられたみたいやなぁ。それにあの女、これから彼氏に貢がせる気や。彼氏も大変やなぁ。…おいおい、おっさん何処見てんねんな、あの女乳デカやって、アホとちゃうか」
つかさにはリラが何を言っているのか分からなかった。リラが指差す人はみんな、ただ道を歩いているだけ、それにここからでは表情の区別なんてできない。なぜそんなことが分かるのか。
「あんた、何言ってんの?」
呆れたように言うつかさ。
つかさの言葉には答えず、リラは話し続ける。
「前から気にはなっとった。ずーっと、死んでしまいたい℃vとー子がおったんやけど。それが、一ヵ月ぐらい前かなぁ。消えてしまいたい≠ノ変わったんや」
その言葉につかさははっとする。
そして、リラはつかさに向き直る。
「オレ、人が心ん中で思とーこと、分かんねん。っつーか聞こえるんや」
「……そ……それで?」
つかさはリラから視線を逸らす。
リラは夕日に向き直り話を続ける。
「死ぬ≠チちゅーんはまだええ。他の人の心には自分が生きとった≠艨[事実が残る。けど、消える≠チちゅーんは、最初から無かったことにする≠艨[ことや。誰の心にもおらん、存在しとった≠艨[事実さえ残らん……」
つかさはずっと下を向いていたが、リラが話し終わると、となりに歩み寄り、同じ様に柵にもたれ掛かり、話し始めた。
「……家にいると、ねーちゃんの小言聞かされるし、弟が勉強デキるから母さんは弟にかまいきり。父さんも仕事忙しーし。ガッコ行っても授業わかんないし、親しい友達もいない。その他大勢ってヤツ?はっきし言って、いてもいなくても、どーでもいー人≠チて感じ。はは、どこ行っても居場所ないんだよね、あたし。こーゆーのを、生きててもしょうがない≠チてゆーんだよね」
そう言って笑ってはいるが、その表情は悲しみに満ちている。
リラの表情から感情は読み取れない。ただ横目につかさを見ていた。
「……オレはかめへんけど、ホンマにええんか?それで」
リラの言葉につかさは苦笑する。
「いいよ、それで楽になれるなら。あたし、けっこーがんばったと思うんだ。…けど、一人で生きるのってしんどいし、つらい。ムリしてた。生きてるのに地獄なら、死んだ方がマシかもって……。でも、死ぬのは怖かった。死ぬ勇気もないのに、生きる気力もなかった……」
つかさは言葉を切り、風を感じる。夕日もかなり海に沈み、道路を走る車にもライトがつき始めていた。

しばし沈黙が続いたが、
「生きることを強制はせん。自分の人生や、したいようにしたらええ。何も、逃げることは悪いことやあらへん。心決めたら、目つむり」
リラの言葉が沈黙を破った。
つかさはリラと向き合う。そして…一言礼を告げ、瞳を閉じる。
二人の唇が重なり合い。
リラはつかさの生気を全て奪い取る。
空っぽになった身体。
そっと手をかざし、ヒトには発音できない言葉を紡ぐ。
身体は塵となって、消えた。


左の白い翼が、黒に染まっていく。
「ノルマ達成。人の命なんて、ちっぽけなもんやなぁ」
そう言って、夜空に浮かぶ月を眺める。
(そう、オレは神の使いにも、魔王の使者にもなれるんやった。………おまえの存在知ってからか、やっと決めた。おまえを取り込みたかった…から……)
「礼をゆーんはこっちやな」
彼女の最後の言葉を思い出して彼は呟く。
アリガトウ≠ゥ。
「久しく聞いてへんかったな、そんな言葉……」
そっと唇に手を当て、彼女のそれと重なり合った温もりを、微かに感じる。
「よう似ててん。オレとおまえ」
そう言った彼の顔には、少しだが、悲しみが浮かんでいる様に見えた。
生きることを放棄して、安らぎを求めた 罪深き、人間。
彼もまた、その一人……。
そして、両の黒い翼を翻し。
彼は、漆黒の闇に消えていった。


おしまい


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