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宵闇風物詩・外伝
〜宵の刻〜


作:草月叶弥 画:速水苑

厳しい日差しが和らぐ夕刻、私は蔡(さい)に辿り着いた。

「いらっしゃい・・・と、何だ、秋也(あきや)か。何の用だい?」

「いや、特に用はないよ。散歩がてら寄ってみただけさ。」

そう云って、私は店の中をぐるりと見回した。

古着屋と壁一枚で隔たれただけの処此(ここ)は、ねいの趣味で集められた

ガラクタもどきが整理されているのかいないのか判らない状態で置かれている。

暇潰しがてらに良く来る私は、勝手知ったるなんとやらで、狭い通路をすいすいと進んで行った。

・・・と、見たことの無い人形が目に入り、私は足を止めた。

別段おかしな所は無い様に見えるその人形の表情が何とも悲しそうに見えたのである。

「この人形・・・最近入った物かい?」

「ん?あぁ・・・知り合いの物だったんだけどね、そいつが死んじまったんだよ。

この人形を可愛がってるって話は聞いてたからね。引き取ったのさ。」

この話を聞いて、私は何だか納得がいかなかった。

そんなに可愛がられていたと云うのなら、なぜ、この人形はこんなにも悲しそうな顔をしているのだろうか?

「・・・なぁこの人形・・・何かあったんじゃないか?」

「何かって?」

不思議そうに聞き返すねいに、私は少し口篭(くちご)もりながら云った。

「何と云うのかな・・・この表情・・・とても悲しそうじゃないか?

可愛がっていたと云うのならもう少し・・・明るい顔になると思うんだが・・・。」

ねいは少し驚いた様だったが、すぐに微笑み、云った。

「時間が有るなら聞いて行くかい?少し長くなるかもしれないが・・・。」

その言葉に、私は静かに頷(うなず)いた。




《その知り合いの名前は羌 史邑(きょう しゆう)と云う。

人形にも名前があってね、琴夜(ことや)と云う。

羌が余りにも琴夜、琴夜云うんで、私は初め人間だと思っていたくらいさ。

二人が出会ったのは、月が綺麗な夜だったそうだ・・・。》

その日、羌は友人と酒を酌み交わした後、ほろ酔い加減で家路に着いていた。

満月を見ながら善い気分で川辺を歩いていると柳の木の下に坐り、月見をしている人を発見した。

(風流な事をしている人もいるもんだな・・・。)

そう思いながら近付いて行くと、月明かりに照らされて顔が見えた。

何やら物悲しげなその横顔に心引かれた羌は、声を掛けてみた。

「もしもし?綺麗な月夜ですね。」

返事はない。

不思議に思い、再度声を掛ける

「もしもし?聞こえてますか?」

「・・・・・。

返事が無い事に痺(しび)れを切らした羌は、肩に手を掛けた。

そして驚いた。その人の身体からは体温が感じられなかったのだ。

良く見てみると、その人に思えた物は等身大の人形だったのだ。

何とも云えない哀愁(あいしゅう)を漂わせた人形に心引かれた羌は

酔った勢いも手伝って、家に人形を持ち帰った。


昼頃、痛む頭を抱えながら目を覚ました羌は、自分の部屋に見知らぬ人間が居る事に気付き、驚いた。

「誰だっ!?」

答えは――――無い

それもそのはず、人間に見えた物は昨夜持ち帰った『人形』だったのだ。

昨夜は気付かなかったが、日の光の下で見てみると、人形は東方の国の服を着てはいたが、

彼方此方(あちこち)虫に喰われて穴が開いており、裾がボロボロになっていた。

羌は食事を済ますと、知り合いの古着屋へ行く事にした――――――。

《この時はさすがの私も吃驚(びっくり)したよ。なんせ店に来て開口一番

 『人形に着せる服をくれ!』

 だからね。

 よくよく話を聞いて、それじゃあ選ぼうかって時に気付いたのが

 『男か女か判らない』

 だよ。

 でもまぁ、見ての通り綺麗な顔をしてるって話だったんでね、女物にしたのさ。

 まぁ一応、男物も持たせてやったがね。》

そうして蔡から戻った羌は、さっそく買ってきた服を人形に着せてやった

その際、右の大腿部(だいたいぶ)の所に[kotoya]という文字を見付けたのである。

初め、製作者の名前かと思ったが羌はこれが人形の名前だと根拠の無い確信を持った

そして読み方はそのままで、[琴夜]と字を当てたのである。


その日から、二人の生活が始まった。
人や物に執着を持ったことが無かった羌だが、琴夜に対してはある程度の執着を持っており、

蔡で色々な服を購入しては、毎日着せ替えていた

羌は人形との恋愛ゴッコを楽しんでいたのである。

―――――初めは只(ただ)のお遊びだった筈(はず)のそれが、本気となって来たのはいつの事ったのだろうか・・・・――――

(・・き・・・たい)

いつものように琴夜を着替えさせていた羌は、いきなり聞こえた声に戸惑った。

首を傾(かし)げつつも着替えを終わらせ、最近では琴夜の指定席になっている庭に面した椅子に坐(すわ)らせてやる

(さわ・・・り・・い)

又聞こえる

羌は何が何だか理解(わか)らずに耳を澄ました。

(さわり・・・たい

(触りたい。声が聞きたい)

(声が聞きたい。・・・抱きしめたい・・・

とても切実な声・・・しかし周りには自分以外誰も居ない。

そうして気付く

その『声』が自分の『声』だという事に。

気付き、愕然(がくぜん)とする

自分が琴夜に好意を持っているという事に。

いや、愛してさえいる事に

認めたくない・・・だが確実に自分の中にある思い。

人形を・・・琴夜を愛しているという強い感情

その感情に羌は驚き、苦悩した――――――。



《自分の気持ちに気付いた羌は私に相談して来たよ

 『どうすればいい?』

 ってね

 でもそれは私が決めて良い事じゃ無いからね。自分で考えろって云ってやったよ。

 まぁ話だけは聞いていてやったがね

 そのうち決心が着いたのかパッタリと来なくなってね。

 だから此処からの話は羌からの手紙に書いてあった事さ

自らの欲望を認めた羌は、友人や知人だけでなく、仕事の取引相手など

自ら行使しうるありとあらゆるコネを使い、古今東西、集める事の出来る文献などを全て集め始めた。

そしてそれら全てを一つ一つ丁寧に紐解いてゆく

羌が探しているのは〈物体に魂を吹き込む方法〉だった。

人形・・・琴夜に魂、いや、心を与え、言葉を交わし触れ合うために・・・・。

探し始めて一年が過ぎようとしていた。すでに狂気とも思える執拗(しつよう)さ

文献を紐解き続けていた羌は、友人が持って来た一冊に、目当ての内容が書いてあるのを発見した。

羌は喜び、すぐさま琴夜に報告した

「やっと・・・やっと見付かったよ・・・。

 思っていたより時間が掛かってしまったけど、これから一緒に過ごす事の出来る時間を考え

ば苦にはならない・・・・。

 もう少し・・・もう少しだから・・・・

・・・・・・待っていて・・・・・。」

そう云い、羌は琴夜を強く抱き締めた・・・

大した物は必要なかった

いや、只一つを除いては何もいらないと云っても良い。

そして、その唯一必要な物とは十歳になるまでの幼児だった

少し手間が掛かったが、人身売買の商人と繋(つな)がりのある友人を頼りに手に入れる事が出来た。

こうして準備は整ったのである

夜、月明かりに照らされた庭で白いドレスに包まれて坐る琴夜は、とても美しかった

その姿に見惚れていた羌は、雲が月明かりを遮(さえぎ)ったため、正気に戻った。

そして母屋(おもや)から薬によって眠らされている幼児を抱えて来

静かに地面に横たえると、腰から抜き放った青龍刀で一気に首を斬り落とした。

斬られた頭部を掴(つか)み、ゆっくりと琴夜の全身に血を浴びせ掛ける

白かったドレスは見る見るうちに紅(くれない)に染まってゆく。

「ιδψξλτθηζρσωγ!

ゆっくりと呪文を唱えると、琴夜の身体は真赤な霧に包まれ、浮かび上がった。

そして一陣の風が吹き・・・其れが吹き去った後には幼児の死体は愚か、血の一滴すら残っていなかった

残ったのは羌と琴夜、二人のみ。

術が成功した事に羌は歓喜し、琴夜に話し掛けた

「成功したよ・・・これで君と話す事が出来る!触れ合う事が出来る!

 あぁ・・・なんて倖せなんだろう・・・・

 速く目を覚ましておくれ・・・僕の琴夜・・・・。」

愛おし気(いとおしげ)に頬をよせ、髪を梳(す)く

そのまま琴夜を抱き抱えると、羌は家の中へと入って行った―――――。

一日・二日と何も変わらない日が続き・・・一週間が経った。

朝起き、食事をし、仕事を片付け、琴夜に話し掛ける。

話し掛けても何も反応は帰って来ない

そんな当たり前の筈の日々。

そしてそんな日常に対して、羌は・・・壊れかけていた。

術を行ったあの日から、今日は・・・・今日こそは反応が有る筈・・・と、思い続けている。

だが実際には琴夜に魂が・・・心が宿る様子は微塵(みじん)も無い。

そんな日々に耐え切れなくなって来ていた羌は『術が失敗していた』という事に気が付いた。

そして――――――――

二ヶ月後、羌は既に九人の幼児を殺(あや)めていた。

そうして・・・今日は十人目。

何時もの通りに首を斬り落し、血を浴びせ、呪文を唱える。

霧が生まれ、風が吹いた後には何も残らない。

(あぁ・・・・・又失敗だ・・・・・)

(如何(どう)すれば良い・・・一体如何すればっっ・・・・・!)

身を切り裂かれる様な苦悶の中、羌は狂気に呑まれてゆく。

そして―――――悲劇は起こった―――――――――――。

十人目の幼児を殺めた後、羌は完全に壊れてしまっていた。

「愛してる・・・愛しているよ・・・」

繰り返される言葉。

「あぁ琴夜・・・何故(なぜ)返事をしてくれないんだ・・・・。

 こんなにも愛しているのに・・・・・。

 こんなにも君の言葉を・・・・愛を欲しているのに・・・・・。」

どんなに強い想いも、心を持たない人形の前では脆(もろ)く崩れ去る砂の城―――。

「やはり・・・・駄目なのかっ!?

 僕では君に心を・・・魂を与える事は出来ないというのかっ・・・・

 それなら・・・・君の声が聞えないと云うのなら・・・・・

 こんな身体は要らない。

 ずっと・・・ずっと一緒だよ・・・・・琴夜・・・・」

そうして羌はゆっくりと琴夜の唇に口付け、そして――――

微笑みながら青龍刀で自らの首を掻(か)き切った―――――――――



「これで話は終わりさ。

 羌は死に、琴夜は此処に来た。」

ねいの言葉に私は暫(しばら)くの間、答えを返す事が出来なかった。

やっとの事で搾(しぼ)り出した声は、みっともないほど掠(かす)れていた。

「それで・・・・それで彼は・・・いや、彼等は・・・・一緒になる事が出来たのか?」

「さぁね・・・私には判らないよ。

 只、お前さんには琴夜が悲しそうに見えたんだろう?」

「あぁ・・・・・」

「なら・・・・無理だったのかもしれないねぇ・・・・」

そう云ってねいは煙管(きせる)を吹かした。

夕闇に混ざりながら立ち上って行く煙が、何だかとても―――――悲しかった―――――。


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