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『金で区切った遠い夢』

作者:R.KANZAKI

やっと冬が終わる様子を見せた頃、静かに雨が降っていた。冷たく突き刺さるような空気の中で、濡れながらコンクリートに座り込んでいた。
腹部だけが温かいもので溢れている。そこを抑えている左手も。
(感覚もないか…)
現実とはかけ離れた意識の中で呆然と、自分の置かれている状況を考える。並の出血量じゃない、その上人通りも無いので救急車も呼べない。既に力は抜け落ちている。このままだと死ぬだろう。
(大変だ。死体の処理が。もしくは第一発見者が)
どう見たって自然死とはかけ離れている。見付けた人は警察にいろいろ訊かれることだろう。
(俺だって刺されるなんて思ってなかったしなー)
いい加減、人生の歩み方を真剣に検討したほうがいいのかもしれない。取り敢えずまだ生きていけるならの話だが。
半ば死んだ気でいるのに、こつん、こつんと歩く音が聞こえてくる。迷うこともなくこちらに近付いて来るようだ。
(気の毒に)
助かるかもしれないことよりも、こんな血塗れの男を発見するだろう人間に同情する。繊細な人なら悪夢として数日間はうなされることだろう。
「…ねえ、生きてる?」
同情されていた人はどうやら目の前に立って生死の確認をしているらしい。案外冷静だ。怠いが顔を上げる。
セピアの髪、オレンジの瞳、白い服。傘もささずに微笑んでいた。幼さを残す容貌からは性別が窺えない。可愛らしい、けれど少女とも少年とも判別出来なかった。ただ、俗世からかけ離れた存在だろうとは予想した。こちらに何も悟らせようとはしないのだから。
(普通、見ただけで年齢とか、育ってきた環境とか、ちょっとは分かりそうなもんだろ)
今にも死にそうな状態で、助けも求めずに相手を観察していた。それだけ不可解な、興味を誘う人間だった。
「助けて欲しい?…今から救急車を呼んでも、貴方はきっと死ぬでしょう。けれどぼくは貴方を助けることが出来る」
見下げる格好のまま、その人は喋った。穏やかな口調。ぼくと言う中性的な響きがよく似合っていた。
「まだ、死にたくはないでしょう?」
何かしらの意図を含んだ言い方に首を傾げたくなる。死にたくない。そんな人間の本能が、この身体に残っていただろうか。現に今、どうにかして生き延びようとする努力を全くしていない。
「そうでもない」
息をするだけでも意識がぐらつくのに、律儀にも返事をしていた。すると相手は酷く驚いた様子で寄ってきて、片膝を付き、目線を合わせてきた。
「どうして?」
何を慌てているのかは分からないが、死んで欲しくないようだ。
「…さぁ?」
「だって、貴方、まだやり残したこととかあるでしょう?」
「ない」
即答すると相手は戸惑って泣きそうな顔をする。
「…でも、いろんなもの背負ったまんまだよ?」
放って置いてもいいの?
『あの鳥が啼くことをやめたまま、飛ぶことを諦めたままで』
意味不明な言葉が脳裏に突き刺さる。雨の音だけが響いていた。
 その後、何て言ったのか覚えていない。

夕日影に消えて逝った
翼は月白を映し
声は虚に飲み込まれた

春も怠さを醸し出し始めた五月中旬。大学に午後から出勤すると決めて、だらだらと家で心理学の資料を読んでいた。
(犯罪の遺伝…環境の影響が色濃く出るだけってのが結論じゃなかったっけ?まだ研究してんのか?)
日当たりのいいリビングの机に向かっていると、視線の先に大きなものが転がっているのが分かる。ベランダに出る等身大の窓の横で横たわって、猫と一緒に日向ぼっこをしている。セピアの髪は光に透けて、金に鮮明度を上げていた。人畜無害そうな幼い顔がふにゃんと緩みきっている。
(すっかり馴染みやがって)
一ヶ月半前、こいつを家に連れてきた。一応命を助けて貰った恩として食と住を提供したのだ。人間じゃないこの者に。
こいつは数分で傷口を塞いだ。軽く触れただけで。それだけでも信じがたいのに、その時華奢な背中から真白の羽が生えていた。
まるで天使のように。
けれど天使のようなその姿を見て感じたのは神々しさなどではなく、虚しさと悲愴だった。なぜかは分からない。ただ哀れで、痛々しくて、辛かった。自分がなのか、この羽を持つ者がなのか。それとも別の誰かなのか。
(ま、どうでもいいけどな)
何事もこの一言で決着をつけていた。
「羽流」
名前はいろいろあった、けれど今はどれも使いたくない。羽流がそう言ったから勝手に付けた名前を呼ぶ。真白の羽を思い出させる名。自分も呼ばれる本人も気に入っていた。
「何?」
「リラの相手してやれよ」
さっきからぼーっとしている羽流の前で飼い猫はねずみの玩具をくわえて座っていた。
「リラー」
今更のように構い始めた。リラはやっとか、という雰囲気を出しつつ遊んでいる。一種奇妙なのだが穏やかではある光景。だがこんなもんはぶち壊されるのがお決まりなのだ。
ぴんぽーん。ぴん、ぽーん。ぴん…ぽーん。
「嫌がらせみたいなチャイムの鳴らし方しやがって」
新聞の勧誘、新手の宗教団体なら即座に断るまでだ。
「へーい。どちら様で?」
ドアを開けると高速で靴が割り込んでくる。
「っお前、高崎っ!」
「はろー。元気してたかい?櫻居麻生君」
「お前は押し売りか。足を退けろ」
「入れてくれると約束してくれるなら」
「ああ、入れてやるよ」
厭そうに答えると有り難いねーと簡単に信じて足を退けようとする。そのスキにドアを閉めにかかった。
「うそつきめ!極悪非道!」
「やかましい!お前に関わるとろくなことにならん!第一足を退けろと言っても少し引いただけでまだドアを押さえてるじゃねえか!」
「入れてーくれーぇー。後生だー」
「近所迷惑だ黙れ害虫!」
「酷いなぁ。これでも君の先輩なんだよ」
「あっれー、先輩。今年も二回生じゃないんですか?」
「留年した。それでも君の先輩には変わりない。だから入れてー」
「何が先輩だっこの駄目人間!」
「…麻生さん?」
あまりの騒がしさに奥から羽流が様子を見に来た。羽流の姿を見た途端、高崎の動きが止まる。
「羽流!部屋に戻って鍵を」
「か、っわいー!」
ばんっと馬鹿力でドアをこじ開け高崎が羽流に抱き付いた。
「いっ」
すごい勢いに羽流が硬直した。ひたすらこっちに目で救いを求めてくる。
「放せおっさん。警察呼ぶぞ」
高崎の首を掴んで羽流から引き剥がす。さすがにあっさりと離れてくれた。                                    「この子どうしたんだよ!誘拐したのか?」
「お前の脳味噌はそんな言葉しか思い付かんのか。拾ったんだよ、この間」                                    「何歳?女の子?名前は?なんでこんな奴についてきたの?」
「えーっと。羽流という名前なんですけど」
「いい名前だね」
「俺が付けたんだがな」
「何歳?」
麻生の存在を完璧に無視して、高崎は喋り続ける。
「年は忘れました。性別は…お任せします」
羽流は、自分に性別は無いと麻生には言っていた。自分という者に性別は必要ないから、だそうだ。羽が生えたり消えたりするやつの言うことだ、気にしないことにした。
「ミステリアスだねー」
「高崎。それ以上変態に成り下がる気なら、本気で追い出すが」
「失敬」
苦笑して羽流から視線を外した高崎の顔に只ならぬものが窺えた。
(あ、やばいなー)
経験と勘で悟る。高崎は厄介事を押し付けに来たのだと。
「悪いが高崎」
「実はなー。櫻居にしか出来ないことなんだ」
「黙って帰ってくれ」
「頼む!この通りだっ!」
麻生の願いも空しく高崎は土下座をして手を合わせてきた。ここまでされると無下に断れなくなってくる。
「ホントに困ってるんだよ。助けてくれ」
途方に暮れる中で、羽流が腕を掴んできた。
「麻生さん、聞いてあげて。ぼくは聞きたいから」
 この人が持ってきたものが、ぼくは欲しい。
口を動かすだけで声を出さずに告げた言葉に惹かれる。高崎が持ってきたものを羽流が欲する理由。見当が付くなら一つしかなかった。
(それって、厄介だろ)

『人間が持てる感情には限りがあるんだ。許容量を超えてしまった感情はその人を飲み込んで暴れ始める。気が狂うとか、自殺するとか、表だってくる。そうする前に、もしくはなってしまったらぼくは大きすぎる感情を食べてしまう。そのほうが周りの人も、本人も辛くない』
『食べるって、どうやって』
『よく分からない。欲しいと思えばその人に触れる。後は自然に食べちゃってる。もちろんぼくが食べた感情はその人の元にはもう二度と生まれない。大きすぎた哀しみも、重すぎた愛情も、ぼくが食べれば生み出すことは出来ない』
『哀しむこともないか。それって楽だな』
『歪んでいるけどね』

「と言うわけだ」
「まだ説明も何もしてねえだろうが」
一言も語らず締めに入った高崎の頭にシャーペンを突き刺す。リビングの机の前に座らせて、話は聞いてやることにした。話は。
「羽流ちゃんも聞くのか?」
ちゃんと隣に座って参加する気でいる羽流に高崎が笑いかける。
「はい」
笑顔で答えると「そう」とへらっと顔を緩ませた。今度は鋏を高崎に刺しておく。
(ますますやばい人種になっていくな、こいつ)
「実は、俺の隣に住んでるおっさんの気が触れたんだ」
「精神科に連れて行けよ」
「それがなー、取り敢えずまともなんだよ昼間は。だけど夜中になると誰か呼んでるし、がたがた物音はするし。酷い時は泉鏡花を音読してるんだぜー。形容詞があんなに長いのに」
「あれだけ説明を書かれると頭が混乱するな。綺麗な文章だからいいけど」
「やたらと句読点が多いだろ。って、んなことはいいんだ。そのおっさん、この前奥さんと一人娘を亡くしたばっかでな、精神科に連れていくのも可哀想だしって放って置いたんだ」
「んで?新興宗教にでもハマッて、変な呪文でも唱え始めたのか?」
「お前んとこの隣じゃねえよ」
そう、半年前まで隣に住んでいたやつは、熱心な宗教家だった。悪魔崇拝を夜中に行っていたようなので、人間の恐ろしさとやらを教えてやったら三日後出ていった。
(安眠妨害の腹いせにチェーンソウ持って暴れたのはきいたみたいだな)
「ある日突然静かになったんだ」
「いいことじゃねーか」
「アホかっ!怖いだろ!滅多に家から出てこないし」
頼むよ、何とかしてくれよと手を合わせてまた拝み始める。
「知ったことじゃねえな。なんで俺なんだよ」
「ろくでもないバイトしてるだろ。それに精神病理、犯罪心理専攻。その上都合の悪いことを隠蔽するのはプロ並み。すごいねー櫻居君」
「何ら関連性を見出せないのだが」
「亡くなった奥さんと一人娘、バラバラ殺人の被害者なんだ。あの犯人まだ見付かっていない」
近所だということでこの辺りでは随分騒いでいたのを思い出す。殺人事件というものが絡んでくると途端に心が引かれる。
どうしてもその中に入らなければいけない、知りたいと思う。殺した人間と殺された人間、生きている人間と、死んだ人間の心理を。
「可哀想だろ。かける言葉なんてあったもんじゃない。なんとかしてくれよ。おっさんも、俺も」
高崎の頼みをきいてやる恩も義理もないが、気になって黙り込む。ここでいきなり部外者が接するのもどうかと思うのだが、その辺は何とでもなる。
「助けてあげようよ、麻生さん」
「羽流ちゃん!そうだよな!そう思うよな」
「…どうなるか分からんが」
渋々といった具合に了承すると「オッケー!」と叫び「頼んだぞ!」と言う言葉を残して出ていった。その間二十秒。断れないようにするためだ。
「どこまでもせこい奴だな」
「有り難いことだね」
「…俺にとってはそうでもない」
羽流は膝の上に乗ってきたリラの頭を撫でる。その横顔が現実感を失わせる。

 現と幻の境がどこにあるのか
 一体何が知っていると言うのだろう

「…突然尋ねて行くの?」
大学の講義の都合上、高崎の言っていたおっさんの家に着く頃には、日が暮れかかっていた。
「理由なんてもんは後から付ける。おっさんがまともそうなら適当に言いつくろって帰るしな」
「まともじゃなかったら?」
「…お前はどうするんだ?」
ここに来たのは羽流が望んでいると感じ取ったからだ。羽流は高崎の話に真剣に聞き入っていた。食事になるかどうか、判断していたはずだ。
「食べると思うよ。最近全く食べてないから」
何となく話が重く感じて黙って歩く。空の色が橙を帯びてくる。アパートの二階の端に、その部屋はあった。
「…金井田」
高崎の表札を掲げた部屋の横にはそうあった。こんこんとドアをノックしても中から物音一つしない。
「いないのかな?」
羽流はドアに耳を付けて様子を探っている。考えるのも面倒なのでいきなりノブを捻ってみた。
「開いてるな」
「入るの?」
「不法侵入には慣れてるから大丈夫だ」
「問題発言だね」
そう言いながらも羽流は止めない。ドアを開いた先は夕日に染まった閑散とした部屋。まず台所で、その続きに居間があった。時間の流れに取り残された感覚がする部屋の居間で、一人正座をしている人間がいた。逆光で表情などは見えなかったが想像は容易だった。無表情だろう。彼に心は残っていない。
「金井田さん」
声をかけてもぴくりともしない。ずかずかと侵入し、すぐ隣に立っても眼球を動かさない。
「全てを拒絶したのですか?」
身に余る哀しみに耐えきれずに。
だてに神経病理学を囓っているわけではない。彼の神経が破綻しているだろうと分かっていた。狂えなかった者の末路だ。
「…もう何も出来ることはない。感情も残っていない」
帰るぞと羽流の腕を掴むが、羽流は首をふって動かなかった。
「まだだよ」
「は?」
「あの人はまだ感情を持っているよ」
するっと手の中から腕を引き、羽流は金井田の前に立った。
「ねぇ、助けて欲しい?」
 その哀しみと怒りと憎しみから
穏やかな羽流の声に金井田が初めて反応を見せた。否応なく気を惹き付けられる存在へと、羽流は変化していた。
艶やかに綻んだ唇が凛とした響きを奏でる。
「ぼくは貴方を楽にしてあげられる」
ゆっくりと顔を上げた金井田に慈悲に満ちたほほえみが向けられた。
「もう、いいんだよ」
そう言われ、糸が切れたように金井田は涙を零した。一つ、二つ、雫が畳を濡らすと両手を振り上げた。がん、がんと畳を殴っては泣き喚く。やり場のない怒りと哀しみが彼を支配していた。
部屋中にこだまする金井田の悲痛な声が、直接頭に入り込んではかき乱す。ここから逃げたい気持ちでいっぱいになるが、羽流は違った。
「金井田さん。もう苦しみたくない?哀しいこと全て忘れたい?」
凛と清水のように届く羽流の言葉に、金井田は何度も頷いた。がりがりと畳を引っ掻く音がする。
「楽になってもいいんだね?」
羽流が跪いている金井田の頭にそっと触れた。
(…?)
朱色の光が二人を照らしていた。だが羽流の背中に夕日とは違う別の光が宿り始めた。それは段々形を表す。空を飛ぶためのものとして、鳥が得た進化の証。白い、翼。
「羽、流」
翼を見るのは二度目だった。だが前は死にかけで、まともな精神状態じゃなかったからあまり何とも思わなかった。
翼がある程度実体を持つと、今度は髪が風になびくようにふわりと揺れては伸びてゆく。肩、腰と長くなればなる程セピアの髪は銀を帯びた金へと変化した。
有り得ない光景に圧倒される。
「ぼくがその哀しみを、消して上げる」
再び顔を上げた金井田の目に移る翼。
恍惚とした彼は、神を見ていた。自分を救ってくれる神を。
(…こいつ、は…)
羽流は金井田の顔を両手で包み込んで微笑む。優しさに満ちた表情、慈愛の肖像。きっと人は天使だと言うに違いない。それは美しい天上の光景だから。けれど静かに、確実に身体を戦慄が走る。
今まで生きてきた経験と生まれつきの勘が警告を下す。
こいつは危険な存在だと。
(死神だな)
次第に金井田の目がうつろになり、遂には瞼を下ろした。羽流が手を離すと金井田ははた…と畳に倒れ込んだ。
(死んだ…?)
疑うほど力が入っていない様子だった。
「生きているよ」
心を読んだようにタイミングのいい羽流にぎょっとする。硬直するとくすくすと笑ってみせた。
「死んだって顔してたもん。麻生さん」
「…翼出てるな」
深紅に近い、強烈な色彩に深みを増した夕日に照らされて、純白が優美を増す。そして、溶けるような金の髪。
「すぐ消えるよ。この髪も何日かすれば戻るしね」
膝まで伸びた髪を後ろに掻き上げる。
「おっさん、気を失ってるだけか?」
「うん。もう一つ大切なものも失ってるけどね」
言った通り、翼はゆっくりと透き通ってゆく。朧気な光だけになったころ、やっと現実感を取り戻した。
「…帰るか」
「そうだね」
すぅっと微かな光も消えて、翼の跡が何も残らなくなったので部屋を出ようとする。
「…さよなら」
小さく囁くように羽流が部屋に言葉を残す。そこあったのは、複雑な響きだった。

初めから何も無かったら
求めることも失うことも怖くなかったのに

日は沈みきって、空が夜の片鱗を見せ始めた。
二人で並んで、家路を歩く。
「髪の色が濃くなってきてるな」
金からもとのセピアに色が変わっていた。
「長さも二、三日で元に戻るよ」
「便利だな」
人気もなく淡々とした空気の中で、金井田の恍惚とした表情が思い出される。
「あれで良かったんだろうな」
「どうかな」
独り言に羽流が首を傾げた。
「楽になれたとは思うよ。でもそれがいいことかどうかは分からない」
「苦しむよりかはいいんじゃねえの?」
「人間は苦しんだり、哀しんだりしないと駄目だよ。楽なだけじゃ、何の価値もない。その人自身の意味を誰も必要とはしない」
「重い御言葉をどうも」
柔和な外見からシビアな一言。気分が一気に落ちた。
「でも、哀しすぎるのも駄目だよね」
言葉の行き先が宙に浮いたままでおぼつかなくなった。
「俺はあのおっさんはほっといたらあのまま死んでたと思う」
「…麻生さん。ぼくはあの人を助けたかったわけじゃないんだ。自分の欲を満たしただけ。善悪の問題なんてぼくにはないんだよ」
人を助けたんだから、あれで良かったんだ。そう締めくくってしまおうとしていた。羽流はそれを見越して全てを否定する。
(複雑な思考回路をお持ちで)
「…飯食って帰るか」
「中華にしよ!ラーメンっ!」
三秒前とは別人のように目を輝かせて擦り寄ってくる。羽流は人間じゃないくせに食い意地がはっている、おまけに大食漢だ。
「この近くに万里って美味しい中華のお店があるんだって」
「どこでそんな情報を…」
行くところもないので大概家にいるはずなのに、そんなマイナーな情報をどこで仕入れてくるのだろう。
「地方雑誌に載ってたよ」
「余計な物なんか買うんじゃなかった…」

月白は物語りはしないだろう
静かに吐息を待つだけで                        
                                        完

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