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静寂の君

新・参・者 作

1

木々の間から漏れる陽光を浴びながら、カイは歩いていた。
一歩踏み出す度に、土の感触がブーツ越しに伝わってくる。
時折、鳥のさえずる声も聞こえる。心地よい風が頬を撫で、草の匂いが心を安堵させる。
ここが、都会の真ん中の小さなシェルターの中だということを忘れさせてくれる程に、だ。
そこにポツンとあった一軒の昔風の家の前に立った。木でできた扉をコンコンと叩く。
「誰だい?」
中から、女性の声がした。親しみやすく、どこかに母を感じさせる声だ。
「カイです。」
カイははっきりと答えた。まるで少女の様な声でもあるが、彼はれっきとした男性である。
「カイ?そんな所で突っ立ってないで、入っておいでよ。」
女性が柔らかい声でそう言った。声の主は、明らかにカイの訪問を喜んでいる様だった。
「失礼します。」
扉を開けた。古臭い、木の扉が開く音と、家の中の匂いがカイを何故か安堵させる。
「久し振りだねえ。」
中で待ち受けていたのは、一人の女性だった。
カイの記憶では二十七歳のはずだ。しかし、彼女の美貌のせいか二、三才は若く見える。
長い黒髪を後ろでくくり、顔に微笑を浮かべている。彼女に会った十人が十人とも、彼女に好印象を受けるだろう。
身につけている物は、若干汚れた白いシャツと、薄い灰色のジーパン。おしゃれなど一つもしていない。
しかし、彼女自身のもつ美しさのためだろうか。決して薄汚れては見えない。
だが、なにより彼女を見たときに最も目立つのはその左腕だろう。
いや、正確にはその左腕が有るはずの空間か。
彼女には左腕がなかった。肩からだ。
「少し見ない間に立派になったじゃないか?…リンゴでも食べるかい?」
彼女の言葉にカイが頷くと、彼女は手慣れた手つきで、右腕一本でそばにあったリンゴの皮をむき始めた。
「相変わらず器用ですね。」
カイは椅子に腰掛けて、彼女がリンゴをむくさまを見ていた。
「…ハーティーさんに義手は必要ありませんね。」
カイは感心したように呟く。ハーティーというのが彼女の名前である。
「それはいつまでたっても義手をつけない私への嫌味かい?」
ハーティーが、クスリと含み笑いをしながら言った。
「え、ええ…。まあ…そんなところです。」
カイは少し苦笑いを浮かべる。
「まったくこの子は…。ほら、食べな。」
ハーティーは、いつのまにかリンゴをむき終わり、皿に盛りつけていた。
「…それにしても…。」
「なんです?」
ハーティーがカイを見ながら呟いた。
「…あんた、立派になったよね。」
そうハーティーが褒めるカイの容姿。赤毛で青い瞳、そして、まるで少女の様にも見える顔立ちである。
着ている物は、ジーンズと、茶色のレザージャケット。また、装飾品なのか、右の耳に白い金属でできた、
薄い板の様なイヤリングをしていた。女らしい顔のせいか、そのイヤリングはカイに似合っている。
シャクシャクとリンゴを食べているカイを見ながら、ハーティーは微笑んでいた。
彼女のカイに対する感情は、母に近い物が有るのだろう。
なにしろカイとは、カイが十二のころに知り合い、それからの成長を見続けていたのだから。
「ところでさ…。あんた、まだアイツの事を追ってるいのかい?」
「ええ、まあ…。」
ハーティーの言葉に、カイは何ら気にする風でもなく言った。
「…いいかげん止めたら?アイツを追うのは。」
ハーティーはそう言ったが、カイはその言葉を無視し、小さな窓から外の景色を見ていた。
沈黙したカイを見てハーティーは、ヤレヤレ、と言った風にため息をついた。
「…ま、あんたは聞かないと思っていたけどね…。普段はおとなしいのに、
なんでアイツの事となるとそうムキになるのかね…。」
そこでハーティーは一呼吸をおいた。カイはまだ景色に目をやっている。
「あの『静寂の君』のことになると、まったく…。」
木々がこすれ、ザワザワと心地よい音をたてていた。

 

 

 

ここ、世界で唯一の機械都市、ドゥームの歴史に、初めてその名が刻みつけられたのは五年前である。
当時の権力者、ウッドテイルが暗殺されたのだ。
それだけならば何も問題はない。ただ、犯人がウッドテイルを守る全てのセキュリティを
難なく突破したということが問題なのである。
後に、護衛をしていた一人の傭兵はこう語っている。
「…あいつが屋敷の近くに現れると、突然すべてのセキリュティシステムが動きを止めちまった。
俺たちは銃を撃とうとしたが、なぜか銃のスイッチが入らなかった…」
その暗殺者と戦った護衛の者たちは口をそろえてこう言う。「訳がわからない」と。
「機械が動かなかった」とも言うだろう。そう、なぜかは分からないが、
その暗殺者が近づくと全ての機械が動きを止めてしまうのである。
そうなってしまっては、銃を撃つこともその他、近代兵器も何の役にも立たない。すべて機械仕掛けだからだ。
その暗殺者の側では全ての機械が動きを止める。静寂の時だ。
その静寂の時の中、その暗殺者は武器をいっさい使わず、素手で敵を打ち倒していく。その戦闘力は桁外れである。
一体誰が言いだしたのだろうか?いつのころからか、その暗殺者はこう呼ばれる様になった。
全ての機械が動きを止める静寂の時をもたらし、その場に生きる物すべてを抹殺し、真の静寂の時をもたらす…。
だから人はこう呼ぶ。『静寂の君』と…。

 

 

 

「ねえ…」
ハーティーはそう言いながら、すす…、とカイの側に近寄る。
「…なんであいつの事がそんなに気になるのさ?」
『あいつ』とは、『静寂の君』のことであろう。
「…あいつは…。」
ぼそり、とカイが呟いた。
「あいつは強かった。俺なんかよりも…ずっと…」
ハーティーは、そんなカイの両の眼を覗き込んでいる。
「初めてあいつを見たとき、俺の心は恐怖で震えていた気がする。なにもできなかった。
そして、あいつは俺を殺そうと思えば殺せたはずなのに殺さなかった…。」
「…だから、かい?」
ハーティーは、リンゴがきれいになくなった皿を、台所の流しに持って行きながら言った。
「…別に見逃されたからどうこうじゃなくて…。あんなに強い人間は見たことが無かった。だから…」
「なんだかよく分からないねえ…」
ハーティーは流しで食器類を洗いながら言った。
「…特に理由なんてないけど…。とりあえず…なぜか気になる。あいつは…」
「…変わってるねえ…」
洗い終わった食器を拭いて、側の戸棚に戻す。
「…でもあんた…」
「なんですか?」
「…まるで恋しているみたいだよ。あの『静寂の君』にさ。」
ニヤリと笑ってハーティーが振り向きながら言った。
「な!?な、なにを…!?」
カイが赤面して慌てて否定する。
「ほう、ちょっとは自覚があるんだ。」
「ち、ち、違いますよ!」
カイがむきになって怒鳴る。だが、一度こういう話をはじめたハーティーを止めることはできない。
「そうかい?あいつの話をしている時のあんたの眼は、明らかに恋をしている眼だったけどねえ。」
「そんなこと…!」
「ああ…。敵対する物同士の恋、かあ…。いいよねえ、昔はそういうのに憧れてたんだけどなあ…」
ハーティーの言葉に、カイは顔を真っ赤にして、両の肩を振るわしながら怒鳴った。
「だ、だいたいあいつは男でしょう!?」
「あ、そうなのか…。ふ〜ん…、だったらあんたってちょっとソノ気があるんだ。」
「なんでそうなるんですか!?」
カイは、ハーティーの言葉に完全に翻弄されている。
「だけどさあ…。あんたが見たのって…。やつの顔だけだろ。」
「え、ええ…。」
「だったら女かもしれないじゃないか。」
ハーティーにそういわれて、カイは一度見た『静寂の君』の姿を思い出す。
紅のローブとフードに身を包み、その隙間から銀の長髪と、なんら感情を持ち合わせていない瞳が覗いていた………
「ほら、また恋する目になってる。」
「なってませんよ!!」
ハーティーはニヤニヤ笑いながらカイを見ている。
余り面白いこともないご隠居生活を送っている彼女にとって、カイをこうしてからかうのは楽しい物なのだろう。
「まったく…。なんでそういう事を言うんですか…」
そう言いながらも、カイは静寂の君に対する自分の執着心を、おかしな物だとも思っていた。
何故か分からないが、もう一度奴に会いたい。会って…。
何をしたいんだろう?
自分は何を…
「う〜ん………。カイ?何ボーッとしてるの?まさか本当に…」
「ち、違います!」
心の中をハーティーに見透かされた気がして、慌てて否定する。

 

 

 

ハーティーはぼんやりとカイを見ていた。
立派になった。確かにそう思う。しかし、まだカイは若干17歳の少年なのである。
(『静寂の君』とは関わらないほうが良い…)
常々思っていることである。できることならば傭兵の仕事も辞めて欲しいのだが、
さすがにそう言う訳には行かないらしい。
その時、カイの内ポケットから、ピピッ、と機械的な音がした。
カイは内ポケットから、一枚の突起物やらレンズがはまっている機械の板を取り出した。
手のひらサイズだが、これ一枚でパソコンやら電話やらいろいろなことができるスグレ物である。
カイは黙ってその板についているボタンを押した。
「…ふぅん。」
「どうしたんだい?」
ハーティーもその板を覗き込む。
「…いや、知り合いに奴に関する情報を調べてもらってたんです。」
「愛しい人の事をかい?」
「…ハーティーさん。あんまり言うと怒りますよ。」
「はは…。ごめんごめん。」
そう笑ってやりすごした。確かに、少しカイをからかいすぎたようだ。
カイは、しばらく板に映し出された文字を見ると立ち上がった。
「行くのかい?」
「ええ。なんでも、北部地区の長官が何物かに狙われているそうで…。
『静寂の君』と関連している可能性が高いと…。」
「ふぅん…。ま、身体には気をつけるんだよ。」
カイは、板を内ポケットに納めると、床に置いていた物を背中に背負った。
「また来なよ。こんどは料理をご馳走してやるからさ。」
「はい。リンゴ、おいしかったですよ。」
そう言って、カイは扉を開けて外へと出ていく。その背には、一振りの剣が背負われている。
「…まったく。あの子は変わっているよ…。」
ハーティーはそう一人呟いた。
ハーティーただ一人となった家の中に陽光が差し込んでいる。
鳥のさえずりと、木々のこすれる音、頬を撫でる風が、窓から流れ込んでくる。
ハーティーはしばらく、この平和な時を感じていた。

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