みなみんの教え ~偏差値20アップする魔法の習慣~ 
                                     (作なおみん
)        
毎週木曜更新

東北ボランティア編(ちょっと長編2週分)

☆主体的な取り組みと受動的な取り組み☆

釜石まではバスで16時間かかるので、東北ボランティアに参加する24人の生徒は、バス休憩のたびに座席を1つずつ移動し、隣に座った人と自己紹介をしたり話をしたりして、交流することになっていた。
 3回目の席替えで紗保里の横に座った男子は「城田李人(しろた りひと)、物理部。」と自己紹介した。きれいな顎のライン、優しそうな切れ長の目、通った鼻筋、見れば見る程美しい男の子だと、紗保里はじっと顔を見てしまった。

車窓を流れる青く穏やかな日本海をバックに、城田君は落ち着いた声で震災への思いを語った。部活がサボれるのと、まきちゃんに誘われたからという安易な理由で参加した紗保里とは雲泥の差である。

1日目は夜11時過ぎにホテルに着いたので、シャワーだけ浴びて寝ることになったが、バスでずっと寝ていたのと、気分が高揚しているのとで、みんななかなか寝付けない。布団に寝転んで、同部屋4人のおしゃべりが始まった。
 「ねぇ、参加してる男子、みんなかっこいいよね。バスの席替えは面倒だと思ってたけど、ちょっとラッキー。」同じクラスの船越知己(ふなこし ちき)ちゃんが言うと「でも、城田君がダントツ。知性派って感じ。」とまきちゃん。

「城田君が隣に座った時、震災から5年半経った、今の復興の様子と被災者の気持ちの変化を知りたいって言ってた。」と紗保里が言うと、まきちゃんと知己ちゃんは大いにうらやましがっり、網島美奈代(あみしま みなよ)ちゃんは、「私も被災者の気持ちを直接聞いてみたい。」微笑んだ。

笑うと左側に薄くえくぼのできるかわいい口元、透けるような白い肌に薔薇色の頬、まばたきすると風が起きそうなくら長い睫毛に囲まれた琥珀色の目、美奈代ちゃんは学校でも評判の美少女だ。紗保里は美奈代ちゃんを横目で見ながら、私が美奈代ちゃんだったら、芸能界デビューして、左手でタバコ吸いながら、右手を振ってマネージャーに飲み物持って来てって言うなぁと考えていた。しかも、美奈代ちゃんは成績上位で、誰にでも優しい。

ボランティア当日、釜石市中妻北コミュニティ消防センターで震災当日のビデオを見ながら「釜石の奇跡」の講話を聞いた。海の底が見えるまで一旦潮が引いてから、大津波は襲って来た。堤防を1つ2つ3つと、やすやすと超えてくる。圧倒的だった。何十件もの家が押し合いへし合い流されていく。そうしてまた潮の引く力で家が粉々に壊される。そんな大津波が何度も何度も襲って来た。人間の技術も、奢りも、退屈な日常も、夢も、祈りも、大津波は有無を言わさず根こそぎ沖へ持ち去ってしまった。

震災直後、釜石東中学校の生徒達は避難所に向かって走っていた。隣の鵜住居(うのすまい)小学校をとおりかかった時、校舎の3階に避難している小学生達を見て、中学生達は「津波が来るぞ。逃げろ。」と口々に叫んだ。
 それを聞いた小学校の先生は、「中学生に続いて逃げろ。」と指示を出し、一緒に避難所に向かって走り出した。中学生は小学生の手を引いて走った。ございしょの里(避難所)に到着すると、裏山が崩れているのに気づいた中学生が先生に「この避難所は大丈夫ですか。」と問いかけた。先生はそこで、もっと山の上の避難所に逃げるよう指示し、小学生と中学生はさらに上へ上へと逃げていった。やまざきデイサービス(山の上の避難所)に着いて、下を見ると、大津波が全てを飲み込みながら、近づいてくるのが見えた。山の上から見ている、自分達の目線の高さまで津波は盛り上がり迫ってくる。この上に、もう避難所はない。先生は「てんでんこに逃げろ!」と叫んだ。自分の力でばらばらに逃げろというのだ。中学生は小学生の手を引いて、ばらばらにさらに上へ上へと逃げた。

大津波が去った後、小学校の三階には流されて来た車が突き刺さり、ございしょの里(避難所)も津波に襲われたが、一緒に逃げた小学生、中学生は全員助かった。

講話の後、お昼ご飯は箱崎町の仮設住宅集会所に準備されていた。陽気な4人の女性が、手作りの味噌おでんとそうめんとおにぎりをご馳走して下さった。「遠い所を長時間かけてよくきんさった」と何度もお礼を言って下さった。食事の後、クッキング部の作った米粉クッキーを仮設住宅を回って配って歩いた。

昼食をご馳走して下さったうちの1人が一緒に回って下さり、「ここの人は夜の仕事だから今寝てる。」とか、「ここの人は今病院に行ってる。」とか、「このうちの孫はあの部屋で遊んでる。」とか話しながら、一件一件声をかけて紗保里達を紹介して下さった。

その後、仮設近くの農場で草刈をした。雑草は紗保里の背丈より高く生い茂り、庭木のように太い幹で、しっかり根を張っていた。紗保里達は軍手と鎌を武器に敢然と立ち向かい、分け入っては掴んで抜き、抜けないものは鎌で刈り、踏んで折って千切りと、汗だくで格闘した。

格闘しながらふと見ると、美奈代ちゃんが黙々と草を刈っていた。こめかみを流れる汗に夏の日差しがきらめいていた。
 

 夕食後、港で円陣を組んで座り、ミーティングをした。港は所々縦長の窓がある新しい防波堤で囲まれ、コンクリートの船着場にはイカ釣り漁船が一艘繋がれていた。一人一人、感想を述べて行くが、暗いので誰が話しているのか、はっきりとはわからない。

「5年半たっても、まだ工事が続いているんだなぁ。」と感想を言う人がいた。「被災者のみなさんが、明るく親切に接してくれて嬉しかった。」と言う人もいた。

次に一人の男子が話し出すと、場の空気が変わった。落ち着いた城田君の声だ。

「仮設住宅は思っていたよりずいぶん狭かったです。クッキーを配る時、案内して下さった人は、住人の仕事や家族関係、行動を細かく知っていらっしゃいました。プライバシーなどないのだと思いました。そんな状況で、寄り添うように励まし合って悲しみや苦しみ、やりきれなさをみんなで乗り越えて来たんだ思います。でも、仮設は3分の1くらいが空家になっていました。残っている人はお年寄りが多かったです。平日の昼間、何をするでもなく、忘れ去られ、取り残されるのをただ心配しているように思えました。もし、震災がなければ、自分の家でゆっくりと老後を楽しめたのにと思います。」

みんなが黙り込む中、歌うようなきれいな声が聞こえてきた。美奈代ちゃんの声だ。

「私達は今日とても苦労しながら草刈りをしました。でも、私達の作業は草刈機があれば、少人数で、短時間でもっときれいにできることだと思います。ボランティアのために残してある作業だと思いました。だから、このボランティアの目的は、被災地の役に立つというより、私達が震災を学び、被災者のことを忘れないことにあるのだと思いました。」

波の穏やかな港には、涼しい海風が吹いていた。

みなみんを呼び出して東北ボランティアの出来ごとを話し終えた紗保里は、「同じ経験をしてても、感想の深さが違うんだよねぇ」とため息をついた。
 「さぼりちゃんは、まだまだ薄っぺらいからしかたないみん。」

「薄っぺらで悪かったわね。」
『みなみんの教え10でも言ったけど、
「物事をいろんな角度から見て、自分の頭で深く考える習慣を身につけないといけない」みん。それと、今回、その差はどこで生まれたか分かる?」
「あの二人はもともと賢いから自分の頭で考える習慣が身についてたってことでしょ。」
「それだけじゃないみん。」

「え〜。どこが違うの?教えて、みなみん。」頬杖をついたまま、ぶっきらぼうに紗保里が言う。
「じゃあ、教えてあげるみん。
みなみんの教え15
『主体的に取り組んだ人と受動的に取り組んだ人では、同じ経験でも学びの量が違う』

城田君も網谷さんも、目的を持って主体的にボランティアに参加したみん。クラブさぼりたくて、友達に誘われたから参加した、受動的参加者とは違うみん。」

「げっ?なんで知ってんの?」
「だから仕事でも、部活でも、勉強でも、同じことを同じ時間やっても、学びの量に差が出る。それが積み重なって、大きな差が生まれるみん。目的を持って主体的にやることは、大切なことだみん。」

「ふーん。」帰りのバスから見た北琵琶湖花火大会の花火が上がるのを、声を上げて見入っていた美奈代ちゃんのかわいい横顔を思い出して、紗保里はため息を一つついた。

第17回