FOOD

 ということで、魚(らしきもの)の名前も決まり、そこそこ大変なことも起きない平凡な日々が過ぎ

ていった。適当にギルドの仕事を済ませ日々の糧を得て、時にはどこかへあおと出かける、と

いう極平凡な日々を。

 そんないつも通りの日にある事が起こった。

   

「・・・・・・・食料が・・・・・・・」

 お昼を作ろうと食料を保存してある場所の扉を開くと、ラーシスは驚愕の声を漏らした。

 開いた扉の中には――――――

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ない・・・・・・・・」

「空っぽ」

 なのである。

 確か数日分の食料は買っておいたはず――――と頭を抱えつつ、何故こうなったのか深く考

え込んでみる。が、いくら考え込んでも思い出してみてもこうなった理由がわからない、というか

おかしいすぎるのである。

 朝、ラーシスは朝ごはんを食べようとここを開けて、パンと色々ごちゃ混ぜたスープを作った。

そのとき扉の中には、まだちゃんと数日分の野菜と肉が残っていた。それは確かである。

 では一体何故無くなったのか。 

 この場合誰かが食べた、と考えるのが妥当である。

 そうすれば、第一に自分が食べたのではないとしたらあおが容疑者に挙がる。

 しかし、朝ご飯の後、ラーシスはあおと二人で散歩に出かけていた。そして当の第一容疑者の

あおは現在バケツの中でくーすかぴーすか、一人前に鼻ちょうちんをだして眠りこけている。

おそらくしなくても散歩のコースが激しかったせいだと思われる。

(・・・・・確かに、往復4キロ耐久森の中お散歩!はきつかったか・・・・・)

 あれはやっておいた自分もむちゃくちゃに疲れた。そう、食後の運動といいつつあまりに激し

い散歩で、疲れのあまり先ほどまで眠りこけていたのである。

「!」

 そこでラーシスははっとした。ただ単に密かに寝起きだったため、意識がはっきりしていなかっ

ただけなのだが。

 今までラーシスは寝ていた。あおも寝ていた。ということは誰かが家の中に入り込んできても

分からないと言うわけである。疲れのあまり怒涛の眠りに、1人+1匹ともついていたのだから。

「あお!」

 むんずと未だ眠りこけているあおのしっぽを掴んで、バケツの中かからあおを引きずり出す。

 しかしあおは余程疲れていたのか、しっかりまだ鼻ちょうちんをぷくーと膨らませては縮めて眠

りこけている。侵入者(決め付け)が家に入って食料を奪っても気が付かない飼い主といい勝負

である。

 ともかくラーシスは「食べ物の恨みは恐ろしいんだ!!」と叫びつつ、手にあおを握り締めて家

を飛び出した。

    

   

   

 ちちちと鳥のさえずりが森の中に響いている。その中をどどどっと不釣合いな音を立ててラー

シスが走り抜けていく。手に握り締めたあおい魚――――ではなく、あおはまだ鼻ちょうちんを

ぷーと膨らましている。

 ラーシスのお腹が鳴る。鳴ったと同時にラーシスの頭の中の線がぷちっと切れる。

 普段のほほんを信条にしているラーシスだが、食べ物関係にはとことんうるさかった。食べな

いでいるとエネルギー切れといって倒れてしまうか、異様なほどに怒りやすく(切れやすく)なるの

どちらかで。今回は後者の方が選ばれた。

「あー!!!!!どこに行ったぁ!!」

 さながら3日間ぐらいは何も食べていない獣のような殺気と瞳で森の中を駆け抜ける。

 ちなみにラーシスが今走っているあたりは結構人を襲うモンスターの類が出るあたりなのだが

ラーシスの放つ異様な殺気に気おされて手を出せないでいた。というより、ださなかった。獣にも

分かるようである。こういうときに手を出したら一体どうなるのか。懸命な判断だった。

 それはともかく、ラーシスは森の中を朝の激しいお散歩より多い量で走り回った。空腹時の怒

りは疲れと言うものを失念させるものらしい。ラーシスはそれが人より何倍か大きいというのも

あるが。

「・・・・・・・・」

 ぜいぜいと肩を揺らして、弾む息を整える。その間にもお腹は空腹を訴えてラーシスを余計に

苛立たせた。

「・・・・・・・(ちらり)」

 ラーシスが手にもったあおを横目で見る。あおは恐ろしいことにいまだに違う世界にて幸せな

時をまどろんでいた。

 ――――――――静寂が流れる。

「あお・・・・・・」

「ZZZZZZ・・・・・・・・・」

「あんた・・・・・・魚よね?」

「(びくっ!)」

 ぽそりと呟いたラーシスの言葉(+異様なオーラ)にあおが思い切り体を震わせて目覚めた。

「ちょっとぐらい・・・・いけるよね♪」

 恐ろしいほどの満面の笑顔。ここまで来るとその笑顔にノックアウト☆とかではなく、殺気を昇

華させたとんでもなく恐ろしいもの以外にしか感じられない。そしてあおは今自分の身に迫りつ

つある危機に激しく否定の意味で体を激しく振るわせた。

「そういわないでさぁ・・・・♪」

 ラーシスの手には密かにちゃっかりと小型のナイフが握られていた。

 必死にあおが「脂身ばっかで美味しくない」「雑食だから美味くねぇっす」と否定の表現を表す

が、空腹に頭のネジが一本どころか数本飛びかけているラーシスにそれは伝わらなかった。と

いうより、魚(らしきもの)の言葉はラーシスには通じないのだったが。

 必死にいやいやをするあおにお構いなしに、ラーシスの手の小型のナイフが近づく。

 今まさにあおの体にナイフの先端が届く――――瞬間。

「あ」

 べちっと手に握ったあおを地面に叩き落としてラーシスが頭上に広がる木の葉を見た。

「あー!!」

 木の枝にたわわに生る赤い果実。ラーシスはその果実の名を知らなかったが、旅先or仕事

先にてよく食料が不足していたときに食べていたものだったのだ。味はそこそこいけるもので、

ラーシスがそういうときに食べるものの中では好きなほうの部類に入るものだった。

「わ〜♪♪」

 先ほどまでの怒りはどこへ行ったやら。ラーシスは満面の笑みを浮かべると木の幹に走って

いき、木に上ると赤い果実を食べ始めた。

 ―――――地面にめり込んだあおは気にとめず。

    

    

 そうしてあらかたお腹を膨らませたラーシスに泣きながらあおが後で噛み付いたのはもちろん

のことでした。 

    

   

――――――家の食料のことは触れずにEND

 

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